第12話 父親

「ちょっと、待って。僕の両親は、死んだ、って……」

「嘘ね」

「嘘って……」

 世界がぐるぐる回っている。僕は回る世界の中心に浮かんでぐらぐらしている。

「高太郎は、まあ、死んじゃったけど。クウちゃんのお母さんも生きてる。まったく、よくもそんな嘘をつけたもんね。さすがだわ」

 ミヤさんは忌々しそうに言った。

「とにかく、クウちゃんがあたしたちの所に来れば、やっと元の鞘に収まるってことで、一件落着なわけよ。わかった? そりゃ、わかんないことがいっぱいだろうけど、今はそういうことなの。いい?」

 いい? と言われた。

 頷いていいんだろうか。

 僕は、ぐらぐらしているから、何も考えられない。


 お父さん。

 一度も、誰かのことをそう呼んだことがない。

 呼んでみたかった、のかな。

 僕は、これまで不自由を感じたことがなかった。ほんの少しの喪失感はあったかもしれないけれど、トラウマになるほどじゃない。

 それは、じいちゃんが、いや、お父さんが……いや、やっぱりじいちゃんが、そうしてくれていたから。

 ……でも、どうして?


 ミヤさんは、誘拐犯と言った。

 父親が、実の子を連れているのに、誘拐犯。ということは、父親には親権がなかった、ということかな。

 つまり両親は離婚していた。

 そして、僕の父親ということは隠していた。

 きっと、いろいろな出来事があったんだろう。それはいまさら言っても仕方ないことだ。

 でも、揉めたんだろうなあ。

 ミヤさんの様子からすると、かなりのことだろう。

 じいちゃんの頑固さは相当だから。

 あの頑固さを思い出すと、思わずため息がもれた。


 あ。

 アルバイト。

 できるけど、もう、できない。

 この家を出なきゃいけない。学校も変わる。たぶんこれから先、直登には気軽に会えなくなる。

 直登は、唯一、僕が繋がっていると言える友達だ。

 なんだかんだあったって、僕を心配してくれている。そうだ。じいちゃんのことも話さなきゃ。


「ちょっとだけ学校へ行ってもいいですか。友達に会いたいんです」

 もうすぐ下校時間になる。帰り道に直登に会えるだろう。

「できるだけ、早く出たいのよね。時間がかかるから」

「ほんのちょっとだけでも、だめですか」

 だめなら、いずれ直登の携帯に連絡をいれればいいか……と思ったとき、サアルが言った。

「今から出て、車で学校へ寄ればいいじゃない。お友達にお別れ、言いたいわよね。いきなりいなくなったんじゃ、あんまりだもの」

「そうね……」

 ミヤさんが頷いた。

「さ、クウちゃん、急いで支度しましょう。手伝うわ」

 サアルはそう言って、もう立ち上がる。僕も慌てて立ち上がった。

 階段をのぼって、部屋に入る。そこで気がついた。持ちものなんて、そんなにない。

 一番大きなスポーツバッグに、服を入れた。冬服と夏服を全部入れても、バッグには余裕があった。

 学校が違えば、教科書は変わるから使わないだろう。どうしても持っていきたいもの……特にない。

 支度は、十分もかからなかった。ミヤさんは満足したようだ。

 車は家の前に止まっていた。いかにも運転手といった感じの白い手袋をした運転手がいたので驚いた。

 サアルが助手席に座った。僕が後部座席に入ると、隣にミヤさんが座った。

 山崎さんは乗らない。

 動き出した車の窓から後ろを見ると、山崎さんは深々と頭を下げていた。 


 ところで、これから僕はどこへ行くんだろう。

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