第7話 妙な人たち

 なんだか馬鹿らしくなって、立ち上がった。

 体は別に重たくもなんともない。なんなんだ本当に馬鹿らしい。

 一階まで下りた。来た道がわからくなって、広いロビーに出た。

 非常灯の明りしかない。どっちに行けばいいのかわからないので、横にずっと長く続くロビーを歩いていた。

 細長いベンチが三列、ずらっと向こうまで並んでいる。

 その中に人影があった。息が止まった。

 薄暗い中で、ベンチに座ってる人と、立っている人。話し声などはまったくきこえなかった。

 こんなところでなにをやっているんだ?

 心臓がバクバクしながら、足を止めるのおかしいと思って近づいていく。立っているのは背の高い、髪の長い女の人だった。別の意味で心臓に悪い。

 座っている小柄な方も女の人のようだった。

 前を通り過ぎる。

 二人とも黙っている。

 目。視線。

 見られている。

 緊張感。

 半端ない。


 本当に馬鹿らしい。

 やっと明るい通路を見つけて、夜間通用口にたどり着いた。窓口で入館証を返し、タクシーを呼んだ。

 廊下のベンチで座って待つ。

 足早に入ってきた人がいた。暗い色のスーツの男性。こんな時間に急いで来たなんて、何かあったに違いない。あ、僕もそうか。

 僕は彼の一大事の邪魔をしたくなくて、なるべく気配を消し、息をころした。

 それなのに、彼は足を止めた。僕を見た。

 若そうなのに、銀縁眼鏡の下で眉根を寄せて。いかにも気難しそう。背が高いから、見下されている感じだ。なにか言われたら嫌だな、と思いながら僕は顔を伏せている。

 不自然な間があった。

 気まずい空気。

 だけど彼はそのまま行ってしまった。

 なんだったんだ。さっきから。もう。


 救急車の音が近づいてくる。すぐ近くで音が止まる。ここが病院だから当たり前だ。

 守衛さんに声をかけられた。さっきから妙な人にばかり会っているから、身構えたけれど、ごく普通の人だった。なんだかほっとする。

「タクシーから連絡があって、なんだかね、こっちの入口辺りに車が何台も止まってるので、駐車場の方に待機してるそうですよ。ここ出たら建物に沿って左に行くと近いです」

 僕はお礼を言って外に出た。

 右手に明るく照らされた救急外来の入口があって、救急車が止まっている。

 人が何人もいる。静かなのに、どことなくざわっとした気配。

 僕は反対方向へ向かった。暗く、先が見通せない方へ。

 タクシーはすぐにわかった。手前の道路脇に止まっている。乗り込んで行き先を言うと、この辺りには詳しい人のようで、すぐにわかってもらえた。助かる。

 車はすぐに走り出す。

 駐車場には、こんな時間だけど車が何台も止まっている。そして、誰かいる。ああ、まただ。この妙な感じ。

 僕よりも少し年下に見える男子。駐車場に立って、こっちを見ている。

 だけど車はあっという間に彼から僕を離していく。僕はもう見なかった。

 もうたくさんだ。

 家に帰るんだ。部屋のベッドで眠るんだ。そうしたら、朝が来て、それから先は、そのときに、なるようになる。

 

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