第6話 胸の奥に溜まっていく重いもの
頭は冷静だった。
と、思う。
薄い布団の上から、体にそっと触ってみた。ぬくもりはなく、硬い。人の体に触れている感覚はなかった。
僕は困ってしまって、カーテンの隙間から山崎さんを見た。
山崎さんは、入口のところに立ったままだ。
「あの……」
だけど、何を言ったらいいのかわからなかった。
これまで育ててくれた人が、知らない人のように横たわったままで動かない。そんな場所で、一体何をどうすればいい?
僕の戸惑いをわかっているのか、いないのか、山崎さんは言った。
「夕方、ショッピングモールで、いきなり倒れたそうです。救急車で搬送されましたが、病院に着いた頃にはもう手を施すことはできなかったと言うことです」
僕はふと思った。
「そうだ、キクエさんは?」
きっと、僕と同じで動転しているに違いない。
「このフロアの、待合室に」
どうしてここにいないんだろう?
と、思った。
「あの、僕は、どうしたら……?」
涙も出やしない。ただただ、驚いているばかりだった。
キクエさんのそばにいたい。
「もしそうしたければ、」と、山崎さんが言う。
「お帰りになってもかまいません。もろもろの手続きなどは、全部私の方で。高太郎さんからは、くれぐれもと頼まれていましたのでご心配には及びません」
正直なところ、ああ良かった、と思った。
「僕、キクエさんのところに。」
と言うと、山崎さんは少し意外そうな顔をした。
「待合室は部屋を出て左になります。私は下で手続きをしてきます。それでは、明日にでも、落ち着いた頃に、また」
そう言って、山崎さんは先に出ていってしまった。
僕は、もう一度ベッドの上をみた。さっきと何も変わらない。時間が止まってしまったように。ああそうか。実際に、止まってしまったんだ。
この、胸の奥に溜まっている重たいものはなんだろう?
待合室といっても、廊下の一部分が広くなって、ベンチやテーブル、自動販売機などが置いてあるスペースだった。
その片隅だけ明るくなっていた。キクエさんがぽつんと座っている。
「ああ、クウちゃん?」
キクエさんは僕をみて、驚いたような顔をした。
「キクエさん、僕……」
僕は、ただただ不思議で、現実感がなく、実感があるはずもなく、誰かに、お前はこうすればいいんだ、と言ってほしかった。
キクエさんなら、きっと、何か言ってくれると思った。
だけど、キクエさんは僕をみることはなく、真っ暗い窓を見ている。反射して自分が映っているだけの窓を。
そして言った。
「山崎さんはどうしたかしら?」
「……手続きをするって。下の事務所に行ったんだと思う」
「そう」
キクエさんは立ち上がった。大きな封筒を持っている。やはり事務所へ行くのか。
「僕、どうしよう……」
キクエさんは、はっと気がついたように、鞄から財布を出すと一万円札を渡してくれた。
「これで、ね?」としか、言わなかった。
キクエさんがいなくなったあとのベンチに、僕は座った。
窓に僕が映っている。
静かだ。
胸の下の方に溜まっている重たいものが、どんどん大きくなっていくような気がする。僕はこのまま立ち上がることもできなくなるんじゃないだろうか。
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