第4話 遠くで電話が鳴っている

 遠くで電話が鳴っている……

 僕は目を開けた。

 電話は鳴り続けている。キクエさんはどうしたんだろう?

 なんだか眠くて、そのまま目を閉じてしまった。

 次に起きたのは、玄関のチャイムの音だった。

 何度も押されるチャイム。ドアを叩く音。誰かの声もしているような……

 感覚の全部がどこか遠くにあるようで、どうしてそんなにぼんやりしていたのかは、わからない。

 体を動かすのが億劫だった。

 キクエさんはどうしたんだろう?

 ようやく体を起こして部屋を出た。

 階段の下は真っ暗だ。手探りで電気のスイッチを押してから、階段を下りる。

 気がつくと、チャイムは止まっていた。

 あれ? 夢だったのかな。

 と、また電話が鳴りはじめた。真っ暗な居間からだ。

 なんなんだよ、もう。

 妙にイライラする。嫌な感じだ。

 居間の電気をつけてから、電話に出た。

 懐かしい声だった。

「なにやってんだよ、クウ!」

 直登だ。

 いきなり、ぼんやりしていた周囲にピントが合った。

 僕の声はきっと嬉しくて弾んでいたはずだ。

「どうかしたの?」

「あーもう! 玄関開けろ」

 その声と一緒に、ドアを叩く音もする。

 チャイムを鳴らしていたのも直登だったんだ。

 僕は大急ぎでドアを開けた。

 携帯を握った直登が飛び込んでくる。

「お前のじいちゃん倒れた。すぐに病院、行け!」

「え……?」

 僕は言葉を失った。

「キクエさんには、うちのかーちゃんが話したから、もう行ってる。北部病院、お前も早く」

「え、待って、待って……」

 じいちゃんは、昼間の仕事に行っているはずだ。時計を見た。六時過ぎていた。もうそんな時間。いつもなら、じいちゃんは風呂で、キクエさんの夕食の支度も終わっていて……

 台所は冷たいままだ。

 僕は混乱していた。

「どうして直登が?」

「細かいことは後でいーだろ。急げって!」

 直登に急かされて、僕は上着と財布を持った。

 外はかなり寒かった。自転車の鍵がうまく入らない。手が震えているからだ。寒いせいだ。

「貸せよ」

 見かねた直登が鍵をはずしてくれた。

「ありがと……」

 声も震えてうまく喋れない。

「いいから、早く」

 いや、震えているのは心の中なんだ。

「気をつけて行けよ。ちょうどいい電車がなかったらタクシー使え」

 僕は何度もうなずいた。

「……ありがとう、直登」

 ようやく、それだけ言えた。




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