第3話 大きな眼の少女と黒い人影

 なにもない、牢獄のような場所だった。

 透明なケースの中に寝ている。体は動かない。棺桶の中って、きっとこんな感じだ。

 高いところにある小さな窓から空が見えた。青い空ではなく、薄い紫色だった。

 ここは、自分が知っている、どんな場所とも違う。

 たぶん、夢なのだ。

 意識はぼんやりとしていて、何も考えることができない。ただ、漠然とした、途轍もない寂寥感があった。

 そして、その中で、小さく小さく輝いている、ひとつだけ確かな思い。

 必ず帰る、という。


 ここのところ同じような夢をみる。

 今朝もそれだった。いつも同じ部屋で、横たわった男がいる。それだけなのだが、頭がおかしくなりそうなほど悲しい気持ちになる。あの男は僕ではない。だけど、僕はあの男だった。目が覚めるといつも涙がにじんでいる。朝からこれは、ちょっとつらい。

 あれから一週間ほどたったけれど、直登とは一言も話していない。

 朝、いつものように迎えにいっても、直登はいなかった。次の日も。だからもう迎えにいくのはやめた。帰りも別々。

 つまらなかった。

 クラス中の人たちが、なんとなく気がついている。そして知らないふりをしている。さいわい学期末で通常授業はなく、時間は慌ただしくすぎていくからそれほど苦痛ではなかった。年が明けてからのほうが心配だった。それでも三学期はまだ短いからいい。早く二年になりたい。僕は進学希望だし、直登は就職するのだろうから、別々のクラスになる。そうなれば、今よりは気持ちが楽だ。たぶん……

 時間が過ぎるのが遅い。そして、帰り道がこんなに長いとは知らなかった。

 ダラダラと長い上り坂がずっと続く。山のこっち側は住宅街で、一番高いところを越えると、家はまばらになる。空き地が多いし、ところどころに藪が残っていて見通しが悪い。街路灯は少ないから夜は暗い。防犯上、問題になっている場所のようだったけれど、高校生の、少なくとも男子は特に気にしていない。

 山越えの道を徒歩で通う者はほとんどいない。鼻歌をうたってもスキップをしても、誰も見ていない。一人って楽だな。って、無理矢理すぎるか……

 閉鎖されている古いアパートがぽつんと建つ場所に、一台の車が止まっていた。周囲は枯れ草もそのまま放置されている空き地だ。

 その車は、そんな場所には不釣り合いな外国の高級車だった。詳しい車種は知らないけれど、直登のおかげで多少はわかる。確かイタリアの車。でも、どうしてこんな所に?

 運転席には、いかにも運転手といった感じのスーツを着ている人がいる。たぶん白い手袋もしているんだろう。後部座席には人影があった。

 近づいていくと、運転手の白手袋が見えた。

 やっぱりそうだった。

 と思いながら横を通り過ぎるとき、後部座席をなにげなく見た。一瞬、心臓が止まった。

 ものすごく瞳の大きな女の子が、こっちを見ていた。眼が合った。眼が離せない。

 白い顔。真っ赤な唇。大きなレースのついた服。高級ブランドの広告に出てきそうな、完璧に整えられた感じ。きれいすぎて、まるで人形のようだった。

 彼女は大きな眼を瞬かせた。バサッと音がしそうなほど長くて濃い睫毛。

 ああ、ツケマか。

 僕はドギマギしながら通り過ぎた。足を止めなかったのは、良かったのか、悪かったのか。

 振り返ったのは、かなり先まで行ってからだ。

 車はなかった。

 僕は茫然と立っていた。古いアパートだけが見える。

 女の子の顔が脳裏に焼きついている。眼が大きかったから幼い子に見えたけれど、あのメイクだと少なくとも同じ年以上の人だと思う。

 誰だったんだろう。都会ならともかく、こんな街には似あわない。

 ふと思い返すと、後部座席には彼女のほかにもう一人いたような気がしてきた。ほとんど覚えがないが、確かに。奥のほうだったから、よくは見えなかった。黒いっぽい人影。

 胸がざわざわする。なんだろう。

 どこか、不自然なのだ。

 見られているような気がする。あの大きな眼のせいか。

 いや、あの、黒い人影か。

 なんだか急に風が冷たくなったような気がした。

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