第4話 もう一回撮ってみますか?


お見合い先の人は遠い場所に住む人だった。

同じ国土に住むのだが、私が北の方で、その人は南の方だった。

なんだか現実的ではない話に思えたりもした。


見ず知らずの人が、見ず知らずの人の許へ渡っていくのだから。

余程の覚悟なり、賭けみたいなものだと思った。

結婚するとしたら、その人が私の北へ来ることになるのだろう。

私はその賭けに応える準備が出来るだろうか?

またあの女の顔が浮かんだ。


とにかく、まずは写真を送ってほしいとのこと。

iPhoneのカメラで良いのだろうか…いや、さすがにそれは相手に悪いのか。

デジタルカメラは持っているが、どうしたものか。

それに服装はどうしたら良いのだろうか?

なんとなく自然体な感じが良いのかなと思い、チノパンにジャケット?

ジーンズとフード付きパーカーしか持っていない。

ブランドはどうしようか?

どうせ買ってもほとんど着ないし、安価なユニクロだろうか?

いや私はユニクロよりも、無印良品の方が好きだ。

そういえば、全身写真でなくても良いと言っていたから、ジャケットだけか。

かっこいいジャケットが欲しい。

それでパソコン検索をした。

婚活写真の服装は、男性はスーツでも良いらしい。


スーツは持っている。



あとは写真だが、せっかくだから写真屋に頼んでみようと考えた。

近くの住所でパソコン検索をした。

なんとなく目についた写真屋を選び、電話で予約をした。

翌日、休日を利用して予約した写真屋へ行った。



外は雪が降っていた。

その日は強風と大雪になるとの警報が出ていた。

写真屋の駐車場から降りると、ぱらぱらと雪が降っていて

髪の毛とスーツのジャケットに白っぽい粉を乗せた。


写真屋の外観は小さな店舗で、何とか経営しているといった印象だった。

閉店したレンタルビデオ店を思い出した。

誰かにとっては「見ていたはず」の風景になるのだろう。


店内に入ると、奥に撮影スタジオが見えた。

店舗の奥行きは少しあるようだった。


撮影スタジオの横に並べられたプリンターから店員が立ち上がり挨拶をした。

初老で白髪が混じった父親と同世代くらいの男性だった。

スーツを着ていた私は、そのまま奥の撮影スタジオにある椅子へと案内された。

私の背景にある布はグリーンだった。

店員がカメラをセットした三脚を正面に運んだ。

やや右側を向くように指示をした。

ファインダーを覗くと、私の身体の歪みに気づいたようだった。

おそらく父親からの遺伝で顎が少し上がり、若干左側に傾くわたしの顔。

顎を引き、顔を若干右側に傾けるように修め正した。


私は、ファインダーに視線を向け、

目を閉じないように意識した。

口角を上げるように店員が指示を出した。

私は正面にいる店員ではなく、写真を送る先の顔も知らない女を意識した。


印象が悪くならないように。



「お見合い写真って、緊張しますね」

私は、私自身の窮屈さを写真の内に残してしまった。

店員は、そんな私の不安をファインダー越しからも感じたのだろう。

「確認してみましょうか」と、撮った画像を見せてくれた。


10枚ほどの画像になって、私の緊張具合が見て取れた。


「ちょっと、もう一回撮ってみますか」




「最初のは表情が硬かった」


私が浮かべた表情は柔らかくなっていた。




自分が思っていたよりも、自分が感じていたよりも

柔らかく、写真になり

もしかしたら、私が私自身に感じるよりも、相手には柔らかい私がいた


あの女が浮かべていた写真の表情

あれもそうだったのか




今日は荒れる予定の天気だった。

今のところは荒れず、粉雪が舞っていた。


私は柔らかい表情を浮かべた写真とともに、

簡単な自己紹介文を綴り添え郵送した。

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