第3話 柔らかい表情の清算
もう珍しい話なのか、まだよくある話なのか
私の母親から「お見合いの話があるんだけど」
と、退勤後にはあまり見たくはないiPhoneへの留守番電話が1件。
返信するのが面倒だなと思いながら、
職場の自動販売機で買った微糖の缶コーヒーを口に含んだ。
帰宅した後、お風呂の湯を沸かし、
スリープ状態にしたままのノートパソコンをYouTubeの画面に切り替え、
その間に小さなスーパーで買った半額のお寿司を食べた。
お腹が空いていたから、寿司10貫はすぐに片付いた。
さっき含んだ缶コーヒーの微糖が舌に残って、嫌な感じがした。
気が進まないような気分が残る。
もう一度、母からの留守番電話を聞き直した。
「お見合いの話があるんだけど」
職場の帰り、車内で私の脳裏に浮かんでいたのは別れた女の顔だった。
「もう関係ないことだ」と、脳裏に浮かぶたびにかき消そうとしていた。
そんな時にまた浮かび上がるのは、写真に残されたその顔だった。
別れたあと、手元に残ったデートの写真。
写真屋でポストカードサイズに画像を並べていた。
破り捨てた。
破り捨てた後、画像として残っていることに気づいた。
消去しようと何度も何度も思えど、新しい人が出来てからでも良いかなと
渋って、デジカメに挿しっぱなしのSDカードに残していた。
デートで撮った画像。私の照れくさい思いもあったから、量は少ないと思う。
照れくさかったから、相手に構えさせないうちにさっと撮った記憶がある。
撮った時には気づかなかったが、その場で私が感じていたよりも、
その女は柔らかい表情を残していた。
「楽しくないんかな?」「会話がうまく弾んでないなあ」と、
私が感じていた不安は気のせいだったのかもしれない。
私は自分をうまく取り繕うことで精一杯だったのかもしれない。
普段気づかなかった横顔に浮かべた柔らかい表情。
その女とは職場恋愛だった。
職場では私にそのような柔らかい表情を浮かべることなく、
浮かべる先は同僚やお客様に向けてのものだった。
その表情が好きだった。
誰かと分かち合った時に見せる柔らかい気を許した表情に思えた。
私には職場の外で会うときにもそれを見せないのは、
まだ緊張しているからなのかと、そう感じていた。
職場恋愛だったから、周りに関係がバレないように気を遣ったりもして
冷めた関係でもあった。
バレても構わなかった。
そのことはその女にも話していた。
だけど「変な噂を流す人がいるから慎重に進めたい」
それが女の願いだった。
女はその慎重さを丁寧に守った。
私もそれを見習って、素っ気なくしようとした。
いつしか表情を忘れていった。
女は私にもう笑顔を見せることなく、私との会話には素っ気ない一言で
どう受け取って良いのかわからない冷たさになっていった。
舌に残った缶コーヒーの微糖が、また嫌な気分にさせる。
YouTubeの次の動画がタロット占いに切り替わる。
「復縁できるかどうか」
この手の動画は、別れたばかりの頃によく観ていた。
未来を占いタロットは、私の軌道を逸らして行った。
私がそれを見習って願ったことは守られず、嫌な気分にさせられた。
その都度、その都度に。
iPhoneを手に取り、母親に電話をした。
「昨日、急に知り合いから連絡が着て、母さん驚いたの」
「昔、あんたの婚期を占い師に見てもらったけど、本当だったのかもね」
35歳になった。
ちょうど当たっていた。
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