勇者の残党
クロスボーン城の北には何もない。
見渡す限り、原野が殺伐と広がり、はるか彼方には雪の山脈がそびえている。
山脈の足元から一本の線が、原野を蛇行しながら城に続いている。
魔物たちが通った後であるが、道と呼べるほど立派な物ではない。
その上を、ローブに身を包んだ男が一人、城に向かって歩いている。
「一夜明けた。ワシはこうして生きておる」
風が強い。
ローブがはだけ、男は一瞬、素顔をさらした。
魔物ではない。人間の顔だ。
魔導士であろうか。
突然印を組み、呪文を唱えた。
「出でよ、紅蓮なる炎の従者! ルデニ、ボサットワ!」
ボウッ!
頭上に巨大な火球が現れた。
印を組み直し、別の呪文を唱えた。
「カラハ!」
火球は城壁を越えて行った。
城内の会議室で、ルドルフは職員たちと向き合っていた。
「一体どういう事なのですか、師匠に合わせて下さい!」
ルドルフは思わず大声で叫んでしまった。
ダンデル師匠に何かあったのだろうか。
ようやく一人前と認められたとは言え、まだ一人きりでやっていく自信はない。
それに、引退だなんて、師匠からは何も聞いてはいない。
職員たちは下を向いている。
静まり返った室内に、ドアノックの音が響いた。
さっきの美人職員だ。
目の前にティーカップが置かれた。
「どうぞ、そのままお召し上がり下さい。」
シュガーとミルクはないらしい。
ミーシャの前にはコーヒーが置かれた。
「ささ、どうぞ先生。冷めないうちに」
年長の職員が、ハンカチで額の汗を拭きながら勧めた。
中は普通のお茶みたいだ。紅茶の一種だろう。
ただ、ルビーのような鮮やかな色合いをしている。
「すみません、では・・・・・・」
ルドルフは両手でティーカップを持ち、そっと口元に運んだ。
湯気がなんとも芳しい香りを放っている。
ひと口飲んだ。・・・・・・ブッ!
噴いてしまった。
「ゲホッ、ゲホ。か、辛いっ」
「だ、大丈夫ですか、先生! 誰か水をお持ちしろっ!」
「テーブル拭きと、それから、先生の上着にシミが残らない様、きれいなタオルをっ」
「先輩、大丈夫ですか?」
ミーシャがハンカチを取り出して、ルドルフの口元を拭いた。
「すまないミーシャ、自分でやるから」
ルドルフは緊張が解け、少し愉快な気分になった。
「ハハ、今流行ってるから飲んでみたけど、こんなに辛いとは思いませんでした」
職員たちは緊張の面持ちで自分を見ている。
「皆さんも飲まれた事はありますか」
シュニンが恐る恐る答えた。
「ええ、ちょくちょくと・・・・・・」
「うん、辛いけど後味がいいです。おいしい!」
ルドルフのその一言で職員たちの顔がみるみる和らいでいくのが分かった。
「分かりました、やってみましょう! ダンデル師匠も同意してるんですよね?」
「おおっ!」
室内に歓声が上がった。
「その代り条件があります」
再び、しんと静まった。
「まずは被害状況の調査が必要です。それなりに時間が掛ります。それをご承知の上でと言う事なら」
「分かりました。そのお言葉で充分です」
年長の職員が応じた。
その時だった。
ドオンッ!
激しい衝撃音が響いた。
ティーカップの中に赤い波紋が浮かぶ。
「勇者の残党か!?」
職員の何人かが窓に駆け寄った。
ルドルフも窓の外に目を向けた。
羽を持つスガーラ族の戦士が、次々上空に飛び立つのが見えた。
誇り高きスガーラ族の伝統、三又の鉾を手にし、クチバシを突き出して急上昇していく。
怒声が聞こえてくる。
「北だ! 曲者は北に居るらしいぞ!」
「勇者の残党なら生け捕りにしろ! 魔界の恐ろしさを教えてやる!」
魔王宮騎士団が、屋根から屋根へ飛び移り、北へ急行していく。
会議室では、年長の職員が、焦った様に声を上げた。
「では先生、一つよろしくお願いいたします! 以上、解散!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
ルドルフは慌てて声を張り上げた。
立ち上がりかけた職員たちが、再び座に着いた。
「教えて下さい! 皆さん、何か焦っておられませんか!?」
ルドルフがそう言うと、年長の職員は両手の指を組んで卓上に置いた。
「では申し上げましょう・・・・・・。実は・・・・・・」
彼は押し殺すような声で話し始めた。
勇者を倒したはいいが、次いつまた別のパーティーが挑んで来るか分からない。
魔王様は老齢に鞭打って勇者を倒され疲労困憊、主治医によると三か月は絶対安静だそうだ。
だから、魔王宮を修理して、勇者を寄せ付けぬ頑丈な造りに今すぐ改めよ。
それができないならば、お前ら全員クビだ!
「・・・・・・と、大臣から厳命を受けているのです」
「それはまた無茶な・・・・・・」
「ですよね。しかし、我々宮仕えは上の命令に逆らえないのです」
「・・・・・・」
ルドルフは居たたまれない気持ちに包まれた。
(よし、この方たちの為にも何とかやってみよう)
安易に引き受けてしまった。
この魔王宮に根本的な問題が眠っている事を、ルドルフはまだ知らない。
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