魔城にて

 クロスボーン城。


 この城は、魔界の住人達からそう呼ばれ、畏怖されている。

 真上から見ると、城壁が壮大な六芒星を形作っているはずだ。

 魔王宮はこの中にある。

 昨日の雨で崩れた城壁の、復旧作業が始まっている。


 雑な組み方だ。ま、応急処置だから仕方ないか。


 魔王宮は未だ完成途上であった。


 元々数十年がかりのプロジェクトであり、仕上げの内装工事が行われている所だった。

 ところが、完成を目前にして、勇者来襲に遭い、無残な姿に変わり果ててしまった。

 関係者の憤りと落胆は激しい。


 また、並行して舞踏会場の新築工事が進められていた。

 敷地の一角に壮麗な舞踏会場ができれば、魔王宮は一段と輝きを増しただろう。


 舞踏会場の建築デザインを担当したのは、ルドルフであった。

 長い下積みを経て、ようやく一仕事任されたのだ。


 建設中の自分の作品に被害はなかっただろうか。ルドルフは気が気ではない。

 不意の勇者来襲は、ルドルフたちにとって天災以外の何物でもなかった。


 魔王宮一階のエントランスロビーで、かばんから自分の書いた設計図を取り出した。

 表紙の下の方に『設計者:グレンダリオ=デ=ルドルフ』と、自身の名が書かれている。

 パラパラとめくった。

 六角形のレイアウト、中央の先端が空に向かって突き出た大屋根。


 何度も基本レイアウトを作成しては、その都度師匠からボツにされてきた。


「働く人の事を考えていない」


 時に斬新なデザインで、魔界に話題をもたらす師匠から、そのように言われたのは実に意外だった。

 だがその一言でルドルフは、ハッとした。


 この舞踏会場には魔界の各所から一流の魔物たちが集う。

 時には魔神クラスが招かれる事もあるだろう。

 それら一流のゲストをおもてなしするのは、やはり一流のスタッフなのだ。


 ルドルフは奇抜なデザインを捨て、調理場やバックヤードの配置から検討し直す事にした。

 ホール係りの動線、受付スタッフの動きなど、徹底的に従業員の目線に立って、基本設計図を書き上げた。

 スタッフ休憩室を思い切って広く確保し、シャワー室まで設けた。


 三日目の昼、師匠のアトリエを訪れ、恐る恐るそれを見せた。

 師匠は眉間にシワを寄せ、項を繰っていく。

 少しやり過ぎた感は否めない。また、ボツかな。そう思ったが、意外な言葉が帰って来た。

「これでいい」

 その後細部を詰め、苦心の末に出来上がったのがこの設計図なのだ。


 その頃からだった。師匠の仕事の意味が分かって来たのは。


 なぜこんな職人泣かせの無理なレイアウトにしたのだろう、と言う事が、実は地に沈む瞬間の太陽が、室内を荘厳にして禍々しい赤一色に染め上げる為の仕掛けであったり、壁に開けられた小さな穴の数々が、朝日を浴びると向かいの壁に、光の六芒星を浮き上がらせたり、と。その他数え上げると枚挙に暇がない。


 師匠の建築は謎解きの連続である。


 建物が完成して初めて、「そうか、そういう事だったのか」と唸らされる。

 そんな師匠だが、基本的な事以外は何も自分に教えてくれなかった。


「見て、自分で覚えるのだ。私もそうしてきた」


 それが口癖だった。

 そして、この設計図が完成したとき、自分のアトリエを構えるよう、師匠に勧められた。


 一人前と認められたのだ。


 ゲストやスタッフ、全ての利用者たちが気持ちよく使える空間をプロデュースする。

 そして、もっともっと自分の創意を表現する。そう、それがこの私の仕事だ。


「……ぱい、先輩」


 ミーシャに肩を叩かれ、ハッとした。

 目の前に男性が立っている。


「ルドルフさんですね。魔王宮 第一建設部 営繕課で担当をしております、シュニンと申します」


 そう言うと彼は名刺を差し出した。見るからに生真面目そうな男である。

 ルドルフも名刺を差し出し、交換した。


「ではこちらへどうぞ」

「どうぞよろしくお願いします。ところで師匠のダンデルはまだ来ておりませんか」


 そう訊ねると、シュニンは複雑そうな顔を見せた。


「ええ、今、魔王様のお見舞いに行かれておりまして・・・・・・」


 それならば後で合流してくれるのだろう。

 ルドルフはシュニンの後に続いた。


 案内されたのは、会議室であった。

 中に入ると複数の男たちが一斉に立ち上がった。

 魔王宮の職員たちであろう。皆スーツにネクタイをしている。

 自分はノーネクタイな上に、カジュアルなジャケットである。

 しかもこの中で自分が一番若いだろう。少し気まずい。


「どうぞお掛けください」


 促されて座ると、他の全員も席に着いた。


 ドアをノックする音が響いた。

 美しい女性職員が入室し、自分に尋ねてきた。


「コーヒーになさいますか、それとも灼熱の赤いお茶にしますか」


(しゃ、灼熱? ああ、今流行りのアレかな)


 良く分からないが、横に座っているミーシャが、一度飲んだことがあるらしい。

 その、灼熱なんとかのお茶をお願いした。


 一番年長らしき職員が口を開いた。

「良く来て下さいました、先生」


 せ、先生だって! 

 ルドルフは仰天した。先生と言えば、ルドルフにとってダンデルしかいない。


「単刀直入に申し上げましょう。魔王宮修復プロジェクトのチーフデザイナーを務めて頂きたい」

「・・・・・・それって、ダンデル師匠の仕事では?」


 年長の職員は、ただでさえ魔界の住人らしい青白い顔を、更に青くさせてこう言った。


「ダンデル師は、引退をほのめかしております」

「えっ、引退! 聞いてませんよっ」


 急な話しの連続で、ルドルフは頭が混乱した。

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