戦いの後
長い赤髪の女戦士。見事なウェーブがかかっている。
整った目鼻立ち、華奢だが均整のとれた体形。美形が多いとされる魔族の女性にあって、ひときわ美しい。
しかし、見た目とその行いとが、余りにもミスマッチすぎる。
「こちらこそ、大変ありがとうございました。私は魔王宮の建築デザイナー、ダンデル。こちらは弟子のルドルフでございます」
「あらそう、有名な方ね。私はセイレン。お城の衛兵よ」
甘い匂いがする。それはセイレンの体から出ている匂いだった。
「あの、その兵隊さんは・・・・・・」
ぐったり倒れ込んでいるグンカを見て、ルドルフは心配げに訊ねた。
「あ、グンカなら大丈夫、いつもこんな調子なのよ」
「いつも……」
「今日はもう、お城に近づかないでちょうだい。勇者の仲間が付近に潜んでいる可能性があるの。兵たちは皆殺気立っているわ」
ルドルフはゴクリと唾を飲んだ。
勇者の仲間なら、自分たち魔族を躊躇なく攻撃して来るだろう。魔界に生きる命、それを一体葬る毎に報奨金が出るらしい。コツコツ貯めた金で、強力な武器や防具を買い、更に力の強い魔物を狩る。そう、魔物を襲うという事は、人間にとってゲームのようなものなのだろう。
ひどい連中だ。
二人は素直に帰路についた。
帰途、ダンデルは何か思いつめた顔をしていたが、ルドルフには何も話さなかった。
疲れ切った魔城に、冷たい雨が容赦なく降り注いでいる。
翌日、被害状況の風聞がわずかに伝わって来た。
中央棟、またの名をグレイト・キャッスル……は、半壊。
その他の棟は、窓ガラスが全て割れ、火災の被害を受けた個所も多数あるらしい。
現地を確認したい。早ければ午後にも呼び出しの連絡が来るはずだ。
ルドルフは自分のアトリエで、待機していた。
魔王宮のパース図を手にし、繰り返し眺める。
レンガ造りの外観であるが、至る所に鉄筋コンクリートで補強が施されてきた。
もともと廃城だったのをリフォームして、壮大な魔王宮に改築したのだ。
デザインしたのはもちろん、師匠のダンデルである。
「はい先輩、どうぞ。何も食べてないんでしょ」
助手のミーシャが昼食とコーヒーを用意してくれた。
建築家を志し、一年前にダンデルの元を訪れたのだが、なぜか自分の下につけられた。
指導しろと言う事らしい。
当初は面倒に思ったが、大変気が利く上に明るい性格なので、今では師匠に感謝している。
「ありがとう」
ルドルフは顔を上げ、ミーシャに微笑みかけた。
魔族の女性にもれず、ミーシャもまた美しい女性である。
長い黒髪を束ね、なぜかいつも作業着を愛用している。
元々測量技師だったらしいのだが、ダンデルに憧れてこの業界に飛び込んできたという。
それ以上詳しいいきさつは、ルドルフは何も知らない。
「ミーシャ、君は食べたのかい。」
「ええ、さっき外で食べてきましたよ。裏の通りに新しいお店が出来たじゃないですかぁ。『魔麺亭』っていうお店。オープンしてからずぅーっと混んでいたんですけどね、昨日の事件でみんな外出を控えてるみたいなんですよね。それですごく空いてたから入ってみたんですよ。そしたらですよ、これがめちゃくちゃ美味しいんですよね。今度先輩も一緒に行きましょうよ」
ミーシャは一を聞くと返事が十倍になって返ってくるタイプだ。
賑やかで楽しいが、元来無口なルドルフは、会話についていけない事が良くある。
ルドルフはうなずいて、再びパース図に目を戻した。
経年劣化していたとは言え、あの壮大な建物がそこまで痛めつけられるとは……。
戦いの激しさが容易に思い起こされる。
実際の修復作業は職人たちが行うにせよ、そのための設計図は我々が作らねばならない。近々、師匠のダンデルは、その為に忙殺されるだろう。自分は弟子として、どこまでも支えねばならない。
「……ぱい、先輩。お電話ですよ、大丈夫ですか」
「ああ、済まない。誰からだい。」
「師匠のダンデルさんからです。すごく急いでいるみたいで。えっ、あ、はい。替わらなくていい? はい、分かりました」
ミーシャは受話器を置いた。
「すぐ魔王宮に来いですって」
「分かった、すぐ行こう。ミーシャ、一緒に来てくれ」
ルドルフは製図台に掛けてあった上着に手を伸ばした。
城下町の大通りを魔王宮に向かって急いだ。
ここは魔界の首都、普段は様々な魔族が往来している場所である。
だが、ミーシャの言う通り人通りは少ない。
「先輩、あそこだけ何だか賑やかですよ」
「本当だ。あそこは確か、宿屋だな」
看板が出ている。
『素泊まり可 ビジネスホテル 羅刹』と書かれている。
「何かあったんですか」
ミーシャが年配の女性に尋ねてみた。
「ええ、何でも一昨日、ここのホテルが勇者一行を宿泊させたらしくて、今、魔界警察が事情聴取してるらしいのよ」
「なんですって! 勇者たちを?」
「そうなのよ。魔物に変化していたらしくてね。なんで気付かなかったんだ、って警察の方たちが怒ってるらしいんだけど、そんな事言われたってねえ。ホント勇者って、迷惑だわ」
建物の中から魔物が複数出てきた。
「いや、ですから! 本当に何も知らないんですって!」
「分かった分かった。詳しい話は署で聞こう。おとなしくついて来たら悪いようにはせんから」
「本当ですね。全くもう! 朝来てみたら、ディスプレイしていた壺は全部割られてるし、クローゼットは根こそぎ物色されてるし、クロークの宝箱に保管してあった売上金は全部消えているし、盗人猛々しいって言うのは勇者のことです!」
宿屋の経営者らしい。魔獣馬車に乗せられ、警察と共に去っていった。
勇者たちによる被害はこんな場所にも及んでいたのだ。
気落ちしている市民のためにも、魔王宮の一刻も早い修復が望まれるだろう。
ルドルフは、大通りを先へ急いだ。
しばらく歩くと、傾いた城塔が目に飛び込んできた。
「思った以上にひどそうだな」
ルドルフの目にはそう映った。
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