魔王宮のデザイナー

タチバナハッサク

雷鳴と共に

 魔王宮の上空では激しい稲妻が轟き渡っていた。

 雲を裂く閃光、耳をつんざく雷鳴。


 今、勇者と魔王との最後の戦いが行われている。

 激しい戦いは、もうどれくらい続いているであろうか。

 双方肩で息をしている。お互い次が最後の攻撃になるかも知れない。


 勇者が剣を振り上げた。

 だっ! という掛け声と共に駆け出し、跳躍した。

 渾身の剣が魔王の頭上に振り落とされる。


 必死の形相でそれを撥ね返すと、魔王は空を仰いで何かを叫んだ。

 いや、叫んだのではない。呪文を唱えたのだ! 


 低く垂れこめた黒雲をかき分けるようにして、強大なドラゴンが顔を出した。

 燃えるように赤い口を開くと、一瞬、全ての物が白く染まった。

 巨大な雷を吐き出したのだ。


 少し遅れて、激烈な轟音が響き渡った。

 衝撃が、はらわたを揺さぶる。

 爆風が、城下までもなめ尽くす。


 ルドルフは思わずその場にうずくまった。

 これが魔界の王者の力なのか。

 戦慄が止まない。


 どれ程の時が経過したであろうか。

 ルドルフは恐る恐る顔を上げた。

 既にドラゴンの姿はなく、黒雲の隙間から陽が差し込んでいた。


(魔王様は……)


 勝ったのか、負けたのか。

 魔王宮に目をやった。


 広大なバルコニーに影が二つ。

 大きい方は……魔王様だ! 

 ならばもう一つは勇者か。


 勇者は真っ黒に焼け焦げ、炭化していた。

 そのとき、魔王宮に一陣の風が吹いた。

 黒炭と化した勇者は、パウダーの様に風に溶け、その姿を消し去った。


 ……勝ったのだ。


 魔王宮の内外は歓喜の渦と化した。

 狂喜乱舞する者、抱き合い涙を流す者。

 いずれも異形な魔界の住人達である。

 人間たちから忌み嫌われ、恐れられてきた魔物たちである。

 長きにわたり人間たちから蔑視の目で見られてきた者たち。


 ルドルフもその群衆の中に居た。

 しかし一人だけ険しい顔をした者がいる。

 ルドルフの師、ダンデルである。

 無理もない。

 長い歳月をかけ、自らの手で作り上げた至高の魔王宮が破壊されたのだ。 


「至る所、損傷が激しい。どこから手を付ければ良いものか」


 年功を経た横顔に濃い苦悩の色が浮かんでいた。

 荘厳な威容を誇る魔王宮。

 しかし、わずか一日にして無残な姿に変わり果てていた。


 崩れた塔屋、焼けただれた城壁。

 そして、至るところに深い亀裂が入っている。

 いずれも激しい戦いを色濃く残している。


 いつの間にか薄陽が陰り、霧の様な雨が降り出していた。


「いかん、城壁が崩れる! すぐに避難させねばならん!」


 ダンデルは王宮に向かって走りだした。

 ルドルフは慌てて後を追った。




 魔王宮の付近では、魔王直属の軍が厳戒警備を行っていた。


「なんだ、お前ら。今忙しい。民間人、近寄るな」

 巨体の兵に、道を塞がれた。


「わしは建築家のダンデルだ。急を要する、誰でもよい、責任者に合わせてくだされ」

「駄目だ、明日に、せよ」


 巨兵は頑として譲らない。


「ロッカク殿はおらぬか、ダンデルが急用だと伝えて下され」

「なに」


 巨兵が、上から睨みつけてきた。

「ロッカク様、勇者たち、と戦い、瀕死の重傷」


「なんと!」

「深手、負ったが敵の、剣闘士、の息の根、止めた。しつこいと、貴様らも、息の根、止める」


 ルドルフはたじろいだ。身の丈三倍はあろうかという、毛むくじゃらの大男である。自分を殺すのは造作もないだろう。


 城壁からパラパラと、小石が降って来るのが遠くに見えた。崩れる前兆である。


「ならば、ならば、城壁の付近に居る者を避難させてくれ。崩れるのだっ」

「何を、言う、うるさいわっ」


 巨兵は毛むくじゃらの腕をブン、と振り回した。

 手には長く太い金棒が握られている。

 ルドルフはへたり込みそうになって、目をつむった。


 ガン! という衝撃音と同時に甘い匂いがした。


「グンカッ、おやめなさい!」


 恐る恐る目を開けると、金棒がダンデルの頭上で止まっていた。

 いや、別の金棒が止めていたのだ。

 驚いたのは、その金棒の持ち主が自分と同じ位の背丈の、女性だった事だ。


「セイレンンンッ、ウオォォッ!」


 グンカと呼ばれた巨兵は全身を総毛立たせ、狂った様に女性に襲い掛かった。


「お前っ、いつも、いつもっ、邪魔してっ、こ、殺す!」


 鉄と鉄がぶつかり合う、激しい音が響いた。

 女性は涼しい顔で攻撃を受け流している。


「アンタたち、何の用?」


 攻撃を受けながら女性が、ダンデルに顔を向けて訊ねた。

 さすがのダンデルも驚きを隠せなかったが、はっきりと答えた。


「城壁が崩れかかっているのです。更に雨のせいで、一段と崩れやすくなっています。大至急付近の者を避難させてください」

「分かった」


 そう言うと女性は金棒をガランと捨てた。

 グンカはそれでも容赦なく攻撃しつづけ、金棒を振り下ろした。

 女性はグンカの懐に飛び込むと、丸太の様に太い毛むくじゃらの腕をつかみ、同時に足払いを掛けた。


 それは一瞬の動作だったが、グンカの体はスローモーションの様に宙を舞った。

 ややあって、ドォンッ! 音を立てて地に落ちた。


「さあグンカ、言う通りにしなさい」


 いばらの様に棘がついたチェーンが、いつの間にかグンカの頭に巻き付いている。

 女性は、伏せたグンカの背を踏みつけ、グイッとチェーンを引っ張った。

 グンカの体がエビの様に反り返える。


「グオオォォォォッ!」

 魔獣のごとき咆哮が響き渡る。


「さあ、言いなさいっ」

 女性は鋭い命令口調で怒鳴った。


「いやだぁあっ」


 雨脚が強くなってきた。グンカは泥水に塗れながら必死にもがいている。


「言わないとアンタの弱点をばらすわよっ、いいのっ?」

「分かったぁぁ、何でも言うっ!」

「城壁が落ちる、すぐに避難しろ。さあ言いなさい!」

「城壁がぁああ、落ちるからぁぁ、逃げろおおぉぉっ」

「もっと大きな声でっ!」

「ガアァァぁ、ああ、城壁がぁ、落ちるぅぅ、早く逃げろお!」


 声が届いた様だ。城壁の上に居た兵たちが、その場を離れていくのが見えた。

 城壁の下に居る者も、慌てて逃げた。

 次の瞬間、うなりを上げて城壁が崩れ落ちて行った。

 土埃が湧き上がった。

 雨が降っていなければ、ここまで土埃が届いたかも知れない。


 ルドルフは呆然としてそれを見ていた。

 辺りは騒然としている。


 ジャラリ、女性がチェーンを持つ手を緩めた。

「ありがとう、大勢の兵士が助かったわ」


 ルドルフは、ハッとした。

 女性はダンデルとルドルフに笑顔を向けている。


 美しい……。


 ルドルフは思わず息を飲んだ。

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