初めての

 高校に入ってまず思った事は思ったほどでもないなって事だった。それまでの人生でドラマチックな事は何一つ起こらずにこれから先もそうなんだろうと思わせるグレーの立方体に近い学校だ。

 幸いにも家の近くにあるので通学は大して苦ではない。逆に言えばそれ以外には特に言及すべきところもないのだった。

 入学式に参加してクラスに移動する。まだ皆クラスの位置を知らないのでカルガモの子供の様に列をなしてゾロゾロと歩いていく。

 そして着いた教室の中、既に一人の女生徒がいた。

 「皆さんこんにちは。巳鏡みかがみかがみです。仲良くしてくださいね」

 フライング自己紹介だ。少しばかり男子の平均よりも高い身長に黒のロングヘア。それに整った顔立ちの女子だった。控えめに言ってもビューティフル。俺はこの女子に何か頼まれればなんでも聞く自信がある。

 突然の自己紹介で少しざわつく教室内でそんな事を思っていると担任が入ってきて言った。

 「それじゃー皆適当に座れー」

 皆好き好きに座る。俺はさっきの美少女の隣に座った。

 「今日からその席で一年間過ごしてもらう事になるからよろしくな」

 皆座り終わった事を確認し、担任が告げる。多少出た文句を黙殺し、その後は自己紹介が始まった。無難な事を言って適当に切り抜ける。可もなく不可もなくありふれた一人として溶け込むことが出来たと自分自身で思う。

 そして隣に座る彼女の番になる。

 「先ほども自己紹介しましたがもう一度。巳鏡かがみと言います。宇宙が好きです。後はホラー映画。よろしくお願いします」

 先程は分からなかったが少々変わった子の様だ。だが圧倒的に見た目がいいからなのか周りから奇異な目で見られたりする事は無さそうだ、と勝手な評価を心で付けつつそれ以降の自己紹介を聞くでもなく聞く。

 そうして俺は巳鏡かがみと出会った。

 出会ったとは言ってもそれ以降なにかがあったわけじゃない。

 どうやら巳鏡は人付き合いが苦手な様だった。

 休憩時間には知らない間に突然いなくなり、昼食は一人で中庭のベンチに座り摂っている事が大体でそれすらも見かけない時があった。あれはそもそも食べていないのであろう。なんて省エネボディなんだと思いながらその姿を見ていた。

 そんなある日、俺は声をかけてしまった。

 しまったと言うのはなぜならそれによって一気に親しげに話しかけてくるようになったからだ。たしか初めての会話はこんな風だったと覚えている。

 「おう。皆とご飯食べたりしないのか?」

 「ええ。ああいう団体はとても苦手で・・・・・・」

 「へえ。じゃあ俺と一緒に食べる?」

 なんてなと言いながら巳鏡を見ると、すごい顔をしていた。

 「是非!!!」

 教室中に響き渡る爆音。ここから一気に親しげになっていったのだった。

 さてそろそろ初夏になり暑くなってきた冬服をそろそろ夏服に着替えようかと言う季節、相変わらず巳鏡は変わらない元気さだった。

 「それで私、母に言ったんだけど」

 適当に聞き流しつつ相槌を打つ。最近は巳鏡と二人でいるだけで男子に凄い顔で睨まれる事がある。俺の日常はどこへ行ってしまったのか。夏休みにパワースポットに行こうと言う会話に適当に頷きしまったと思ったところで会話は終わった。

 明後日からの夏休みは大変になりそうだ・・・・・・

 そんな事を思った次の日、巳鏡がやたら元気がない。話しかけても生返事だけだ。何があったのか聞いてみればなんでもないとテンプレ回答。

 まあそんな日もあるだろうとその日帰ろうとすると下駄箱に手紙が入っていた。

 『今日23時、学校の中庭に来い』

 そりゃあ最初は悪戯だと思ったさ。だが23時と言う微妙な時間設定、家から5分の学校という事もあって来てみることにした。正直危険な匂いしかしないが昔はドラマチックに憧れた身だ。何もなければ無いでそれもいいだろう。

 そうして23時少し前。俺は学校の中庭にいた。ここまでの道は空き巣が開けたものの何も盗まずに帰ったんだろうと思うくらい見事に鍵が開いていた。

 ようやく23時。俺を呼び出した奴は誰なんだろうか。高鳴る胸を抑えてこちらにやってくる足音を聞いていた。

 もうすぐ顔が見える。あと少し・・・・・・

 そこにいたのは意外な人物だった。

 「巳鏡、お前だったのか」

 「え?なんでここに」

 「お前が呼んだんじゃないのか」

 「知らない!早く帰って!ここにいちゃダメ!」

 「なんだよ一体」

 「早く!あの時間が来ちゃう!」

 巳鏡は焦っているが何に焦っているか分からない。落ち着かせようと近づいたその時だった。

 「ごめんね」

 呟いた後、破裂音。それと同時くらいのタイミングで巳鏡の額に小さな穴が開いた。

 力無く倒れていく巳鏡の体。そこには先ほどまで大きい声を出していた活力は感じられなかった。

 「え?」

 目の前で起きた事が信じられない。なぜ?誰が?何のために?渦巻く疑問の中、俺は辛うじて掴んでいた意識の尻尾を手から離した。

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