第9話 リベンジ

「で、会長さんのお考えはどうなの?」


 高田はどこか西の方の出身ぽいアクセントが残るゆっくりと低い声で尋ねた。土曜日の昼前のファミレスはまだモーニングセットが注文できて高田はゆで卵に軽く塩を振っている。ミサトは返す言葉が出てこないまま、ドリンクバーのカプチーノの表面の泡が一つひとつじわじわと消えていくのをじっと見つめていた。


「この間の総会では、会員は保護者と教職員だって書いてあるから自動的に保護者は会員になるっていうようなお話でしたけど、会長さん個人のお考えとしてもそうお思いですか?」


 高田は静かに質問を重ねる。そう、こちらの考えなどお見通しだということなのだろう。


「あの……、高田さんがおっしゃっているのは、会則に書かれているのは会員になれる資格のことであって、保護者が自動的に会員になるわけではないってう意味なんですよね?」


 ミサトがおずおずと聞き返す。高田はぴくっと右の眉を上げるとニヤリとほくそ笑んだ。


「なんだ、やっぱりわかってるじゃないですか。それなのに総会の場ではああいう風にしか答えることができないっていうことなんですかね、会員さんたちの手前」


 高田はしてやったりとでも言いたげな顔を浮かべた。


「いえ、そういう考え方もあるかなっていうのは私も思ったんですけど、総務の役員さんたちといろいろ話し合って……、みんなの言うこともたしかにそのとおりだなって思ったんで……」


「でもね、会長さん。会則の解釈は多数決で決まるわけじゃないんですよ。たまたま私は事を荒立てるつもりもなかったので引き下がりましたけど、相手が悪けりゃ総会の席で会長さんが答えに詰まって立ち往生してたかもしれないんですよ」


 高田は背もたれに身をあずけると両腕を大げさに組んだ。


「それにね、おおごとになれば総会の場だけじゃ収まらないことだってある、そういうことも考えたほうがよかったんじゃないですか?」


「――おおごとになるってどういうことですか?」


「例えば裁判とかね。どこかの県じゃ裁判になってるらしいじゃないですか、PTAに入会したつもりじゃないのに会費を勝手に引き落とされた、返してくれってね。それに、裁判には至らないまでも、PTAをめぐって全国で揉め事が起こっているのは会長さんもご存知ですよね?」


 ミサトも新聞か何かで見かけたような気がしていたが中身まではきちんと読んでいなかった。他人事だと思っていた。自分がそんなことに巻き込まれるとは思ってもいなかったし、一部の特殊な人の話だろうと思っていたのだ。


「ええ、詳しくは知らないですが、PTAの役員をどうやったら断れるかとかそういう話がネットに出ているのは見たことがあります」


「ああいう人を自分勝手だとかわがままだとか思ってたんじゃないですか、会長さんは、いや会長さんみたいな人たちは」


「いや、そんなことは……」


「PTAの役員をやっている人は比較的時間の都合を付けやすい人が多いですよね、専業主婦だったりパートだったり二世帯で住んでいておじいちゃんおばあちゃんが子ども見てくれてたりで。でも、そうでない人もたくさんいるんですよ、最近じゃ夫婦ともにフルタイムで働いてるなんて当たり前だし、ひとり親家庭も多い、介護なんかの事情を抱えている人も多い。そういう人たちの立場に立ってみれば、PTAなんて余計なものに見えるんじゃないですかね」


 ミサトは総務の役員の顔ぶれをひとりひとり思い浮かべてみた。まるっきり働いていない専業主婦だという人はいないが、パートだったり自宅での仕事だったりで比較的都合をつけやすい人ばかりだ。かくいうミサト自身も近くにある夫の実家がやっている葉物野菜の畑を手伝っているが、直売所やスーパーへの納品のスケジュールさえ合えば日中の予定の調整は比較的容易だった。


「でも、私たちも無理強いはしてないつもりですし、できるときにできることをってことで、忙しい人にはスケジュールを調整しやすい役員をお願いしてますし」


「そりゃ表向きはそうですよ。でもね、みんな感じてると思うんですよ、いつまでも断っていたら何言われるかわからないっていう無言の圧力、同調圧力を。そんな人たちに向かってPTAへの入会は強制です、自動的ですって答えたことになるんですよ、会長さんは」


 高田は温くなったブラックコーヒーを一口すすった。


「とにかくね、もっと深く考えて言葉を選んだほうがいいですよ、自分ではそう感じていなくても会員にとっては会長の言葉は重いんです。とくに、PTAのあり方そのものに疑問を持っている会員にとってはね」


 あれ、その「疑問を持っている会員」が高田さんなんじゃないですか――。ミサトは軽い戸惑いを覚えた。高田こそがPTAに不満があって言いたいことがあって、役員を困らせてやろうと総会でわざわざ発言してくる人だと思っていたのに、これではまるで自分が会長みたいな言いぶりだ。


「その、あり方――なんですけどね。市P連の方でもなんだか委員会とか作って検討するっている話らしいんですよ。でも、わたしはそんなに当てにならないような気がしてて」


「はっ、そんなのはポーズですよ、ポーズ。市Pなんかに現場のトラブルを解決する力なんかありませんよ」


「まあそうなんですけどね、それで前に市P連の副会長さんをやっていた小金沢さんって人に相談したら、とにかく高田さんに会ってみろって言われたんですよ」


「小金……沢ぁあ……だってぇ?」


 高田は口元に持っていきかけたカップの手をぴくっと止めた。


「それはあれか、嘘のようだが――」


「本登田ブルース!」


 ミサトはついつい身を乗り出して右手の人差指を突き出さずにいられなかった。


「はは、は、はは――、そうか、そうだったのか……」



 高田は背もたれにそっくり返って天を仰ぐと右手で顔を覆った。くく、くくっと、しばらく断続的に圧し殺した笑い声を拾いこぼした後、居直ってカップの表面をじっと見つめていた。


「相変わらずだな、いやいや相変わらず人が悪い、――いや、人が悪いのは僕の方だろって言いたいんだろうな、あの人のことだから」


「小金沢さんをご存知なんですか?」


「知ってるというかね、なんて言ったらいいか……、もしかしたら『戦友』っていうのがピッタリかもしれないな」


 高田は観念したように話し始めた。



 高田が上の娘、今年から高校に通っている長女が通う小学校のPTAの会長を引き受けたのは六年前のことだった。創立以来五十年近い歴史を持つその学校は、元々は駅からも遠い、古くからの住民が多い小規模な学校だったが、三十年ほど前に近くまでモノレールが通ってからは都心方面に通勤するサラリーマン家庭も増え、クラス数もそこそこ多い中規模校だった。高田自身はそれほど熱心に仕事を頻繁に休んでまで活動する必要もなく、入学式や卒業式、青少年育成委員会などの地域の会議などに顔を出す、言ってみれば名誉職的な位置づけの会長だったという。


「それじゃ高田さんの前の学校では活動はほとんど副会長以下のお母さんたちが仕切ってたんですね」


「そうなんだ、もともと会長の出番なんて行事で挨拶するくらいですからって言うんで引き受けたんだけどね。あれは、そう、会長なんて楽ちんだと思っていた二年目の最初の総会のときだよ」


 高田は冷めてしまったトーストをちぎってひとかけ口に運ぶ。


「総会の終わりにね、他になにかご質問ありませんかって聞いたときに一人だけ手を上げた男の人がいてね」


「この間の高田さんみたいですね」


「あれは事前に『犯行予告』があったでしょ。そうじゃなくていきなり質問が出たんだけど、その頃は自分でも会長業に少し自信が出始めていたから気楽に構えてたんだよ」


「で、どんな質問だったんですか?」


「この間の僕の質問とだいたい同じ、PTAって強制的に保護者全員入会なんですか、とか、入会するかどうか一度も聞かれたことがないのになんで会費を払わないといけないんですかとかね」


「あ、だいたい同じですね。それでなんて答えたんですか?」


「会長さんと同じだよ、会則に書いてありますから保護者は自動的に会員です、自分の子どもがお世話になってる学校のために協力するのは当たり前でしょってね。で、その場はそれで収まったんだ。まあ、その人もブツブツ文句言ってたけどね。まずかったのはその後だったんだよ。その人が色々とネットで調べ出してね、なんとかっていう法律学者の先生とかPTAの活動に疑問を持ってる弁護士とかのグループと繋がっちゃったんだ。それからが大変だったんだ」


 高田は冷たくなったカップの底のコーヒーを苦そうに飲み干した。


「その人はPTAを退会する、入会も退会も任意のはずだ、おかしいって言い出してね。書面で退会届を持って教頭先生のところに乗り込んだんだよ。教頭も剣幕に押されて受け取ったんだけど、それが面白くなかったのが、活動を仕切っていたお母さんたちだ。退会の規程なんて会則にないにもかかわらず退会届を独断で受け取ったのはおかしいって言ってまずは教頭を吊し上げてね。どうしてくれるんだ、説明のお便りを校長名で全家庭に配布しろって詰め寄ったんだ」


「それは教頭先生もたまったもんじゃないですね」


「そうなんだよ、それで教頭も音を上げてしまってね。ある夜に僕が呼び出されて学校に行くと、校長と教頭の二人がかりでね、保護者の間の揉め事は保護者の中で解決してくれないと困る、学校を巻き込まないでくれってことでね、僕のところに回ってきたわけだよ、PTA入退会問題っていうお鉢がね」


 ミサトは校長と教頭から問い詰められて青い顔をしている自分の姿を想像してぶるっと身震いした。


「そんなわけで、挨拶さえ読んでればいい名誉職のはずだった僕は揉め事の最前線に投入されたってわけだ。まずは会費の徴収で一悶着。お母さんたちはちゃんと会費を集めなかったら退会を認めたことになる、会長が責任持って会費を受け取ってこいって言い出してね。でも向こうには学者も弁護士もついてるでしょ。一度電話で話をしたんだけど取り付く島もなくてね。そしたら僕が袋叩きですよ、会長は弱腰だってね」


「そりゃ多勢に無勢、あんまりですよね」


「そう思うでしょ。でもこれが両方に火をつけちゃってね。お母さんたちは言うわけですよ、運動会のときに入賞した子どもたちに出している賞品も参加者全員に配っている参加賞も全部PTAの会計から出ているものだ、だから自分は退会したって主張して会費を払っていない人の子どもには参加賞はあげられないってね」


「子どもも巻き込んじゃったんですか。理屈はわからなくもないですけど親の心情としては子どもがかわいそうですよね」


「そうなんだよ、僕もそう言ったんだけどね。まあそれまでお飾りだった会長の言うことなんか誰も聞きやしないよ。今まで何もしなかったのに口出ししてくるなんて偉そうだってね」


「でも相手の人も黙ってないですよね」


「もちろん黙ってないさ。運動会の本部に乗り込んできてね。子どもが不利益を受けるのはひどいじゃないか、参加賞の実費を払うから子どもにも同じものを出してやってくれないかってね。だって予備の賞品が目の前にあるんだよ、目の前にさ。どうしてあれをくれないんだ、なんなら実費と言わず年会費と同額を寄付するから他の子と差をつけるのはやめてくれってね」


「で、どうしたんですか」


「僕はね、実費で譲ってあげればって言ったんだよ。でもね、お母さんたちは自分から退会するって言い出して会費を払ってないんだから当然の報いだ、PTAの会員から預かった会費で買った参加賞を勝手に会員以外に対して売り渡すような権限を自分たちは持ってない、そんな事業は計画にもないし会則のどこ見たってそんなことは書いてない、そんな越権行為はできない、どうしても実費を受け取って参加賞をあげたいんだったら今ここで臨時総会を開催しなけりゃムリだって突っぱねられてね」


「そこまでうるさく言わなくてもいい気はしますけどね」


「僕はあのときほどね、オンナは怖いと思ったことはないですよ。自業自得ですよねって勝ち誇ったようにクスって笑ったあの人たちの顔を見たときにね」


 高田は両肘を抱えて身をすくめた


「でもそんなことされたら相手の人も黙ってないんじゃないですか。だって後ろに頭のいい人たちがついてるんですよね」


「相手側はこの事件ですっかり結束してしまったね、子どもを守るんだって。まずは紙爆弾だ。質問状がね、会長あてに送られてくるんだけどね、これがまた悔しいほどよく練られてるんだよ、まあ、その道のプロが何人も寄ってたかって義憤に燃えて書いてくるわけだから当然だよね。しかも、その内容はネットで公開されていてね、いついつまでに回答を求めるっていう体裁で来るわけだよ。でもさ、爆弾喰らったこっちの陣営は言えばだよ、学校はもうそれは保護者の問題ですって完全に腰が引けててね、質問状のコピーすら受け取ってくれないわけですよ。じゃあ保護者の方はどうかって言えばね、お母さんたちは真っ二つに割れてね、学者だとか弁護士が出てきた時点で恐れをなして、もう相手の言うとおりにしたらいじゃないか、私たちは別に退会したい人は退会しようが何しようがかまわないからほっといてくれっていう人もいればね、余計に火が点いちゃって、徹底抗戦だ、法律だか何だか知らないが母親コミュニティでそんなことが通用すると思うなよ、転校するまでいびり倒してやるって息巻いちゃう人もいてね。でもそんなお母さんたちもね、ある一点では一致団結するわけだよ」


「なんですか、それは?」


「この問題は会長が責任持って対応しろってね。でもそんなこと言ったって僕も一介の営業マンにすぎないでしょ、そんなか弱い僕一人に日本中の『反PTA』の叡智が結集してぶつかってこられたってね、勝てっこないですよ」


 高田はクイッとカップを煽ってからもはやコーヒーが空になっていることに気づいた。


「で、結局どう返事したんですか?」


「返事するったってこっちの陣営は四分五裂して誰に了解取ったらいいかわからないし、校長と教頭は僕の顔見るなり全速力で逃げていくしで、ズルズルと時間だけが経ってね。そうしたら向こう側は勢いづいてくるんですよ、誠意ある回答が見られない、われわれプロを甘く見てもらっては困る、こうなったら草の根一本残さず焼け野原になるまで徹底的にやるってね」


「そんなこと言ったってもう会長さん一人で孤立無援なんですよね」


「そこからだよ、本当の地獄は。まずは弁護士が出張ってきてね、入会の意思確認がないままPTA会費を引き落としていたのは違法だって言ってね、返還訴訟をやるってぶち上げたんだ。次に、彼らのネームバリューと人脈を総動員してね、メディアを総動員したPTAバッシングが始まった。学者は新聞や雑誌に論説やコラムを寄稿してね、PTAの強制入会は結社の自由を侵す憲法違反だって論陣を張るわけだよ。で、かれらのお仲間の子育てに一家言あるタレントとか社会派気取りの意識高い系お笑い芸人とかがね、ブログやツイッターで書くんだよ、ちょっとおかしいんじゃないか最近のPTA、とか、僕は僕の心の自由をPTAに縛られたくない、とかね。そうやってネットを炎上させて世論を沸かせたところで、市役所の記者クラブで記者会見も構えるんだよ。われわれはPTA会費返還訴訟も辞さない覚悟だ、高田会長は早急に誠意ある態度を見せるべきだってね」


「その記事は見たことありますよ、高田さんだったんですね」


「これでもうこちら陣営はもう総崩れだ。もはやその人の退会を認めるなんていう話の次元ではなくなってしまってね。副会長から総務の役員まで全員が揃って役員を辞めるって連名の辞表を突きつけてきてね。他の保護者からも、私たちも入会するなんて一度も言ったことがない、会員でないことを認めて会費を返せって声が上がるし、予定されていた活動は全部ストップ。学校側は連日市教委に呼び出されて校長も教頭もいないしでね。まさしく焼け野原になったわけだよ、あの人たちのシュプレヒコールどおりにね」


 高田は店員を呼び止めてコーヒーのおかわりをもらうとそのまま一気に飲み干した。


「じゃあ高田さんはずっと一人で対応に当たってたんですか?」


 ミサトの脳裏に昔の為替ディーラーのように両手に三つくらい受話器を持っててんてこ舞いになっている高田の姿が浮かんだ。


「そのときなんだよ、あの本登田ブルースの小金沢さんが手を差し伸べてくれたのは。当時の市P連はね、この問題の筋の悪さと戦火の大きさに会長の腰が引けてしまってね、市Pとしては静観する、単Pの中の問題はよく保護者同士で話し合ってくださいってスタンスだったんだ。でもね、そんな中で副会長を務めていた小金沢さんはね、単Pが困っているときに助けるのが市Pの役目でしょっ、こんなときに一歩踏み出さないでどうするって言ってね、一人で助けに来てくれたんですよ。他の県で起きている入退会をめぐるトラブルをたくさん調べてきてくれてね、難しい法律の専門書を解説してくれる大学の先生をツテをたどって紹介してくれたりね。いやぁ、ありがたかったなぁ。何よりね誰も助けてくれないと絶望的な気持ちになっているところで、これは本当に地獄で仏を見た気持ちだったね」


 高田はホッとしたような顔で遠くを見た。ミサトは小金沢があの赤いタキシードを着て学校に乗り込んでいく姿を想像して小さくくすりと笑った。


「小金沢さんはそんな事態をどんな風に収めたんですか?」


「まずやったのは体育館での保護者の意見交換会。そこで最初に辞めたいと言い出した人も交えて腹を割って話し合おうって言ってね。ともかく思っていることを話して並べてみようっていって、教室棟の方からホワイトボードを四枚も五枚も並べてね、みんなに自分が思っていることを話してもらってそれを書き出していったんですよ。そのときにはあの取り巻きの学者の人達も来てたんだけど、あとで発言の機会を与える、しばらく保護者だけで話をするから端っこで黙って見ててくれって言ってね。それでみんなが思っていることを話していくとね、いまのPTAのやり方に対してはいろいろな意見や不満もあったけど、子どもたちのためにはね、保護者と教職員が力を合わせるしくみは大事だよねってところに落ち着いたんだ。取り巻きの学者さんたちは、現在の日本のPTAのあり方は~とか大げさなことを言って不満そうだったけど、もともと言い出した人自体もね、黙って言うことを聞けみたいなPTAのやり方に不満を持ってただけでね、こんなおおごとになってしまったことに本人も戸惑ってたところもあったんだけど、振り上げた拳を下ろすに下ろせなくて困ってたみたいだったんだ」


「それから、高田さんが中心になってPTAの建て直しをしたんですか?」


「いや、僕自身すっかり参ってしまったしね。家族にも心配かけてしまったんで、会長以下新役員は改めて決めることにして、僕は裏方に回ってたんだ。小金沢さんにアドバイスもらいながらね」


 当時を思い出したのかボルテージの上がっていた高田の話し方のトーンが少し落ち着いてきた。


「小金沢さんは、その、大丈夫だったんですか? 市Pの方針に反して勝手に行動しちゃったんですよね」


「結局、それ以来訴訟騒ぎはすっかり火が消えてしまったのでお咎めはなかったみたいだし、事態を収束させた手腕に対する評価もあって次の会長にって声もあったみたいだけど、当時の会長さんとの間のわだかまりは残っちゃったのかな、次の年には役員を降りてね、小金沢さんは後悔してないって言ってたけど申し訳ないことしちゃったなって思いはあるんだ」


「そんな経験があったからわざわざ質問状をくれたりしてくれたんですか」


「あれはね、あとで妻からもちょっと怒られたんだけどどうしても一言言わなきゃっていう気持ちが抑えられなくてね。本当は今度の学校ではおとなしく黙ってようと決めてたんだけどね」


「そんなことないですよ。今日はありがとうございました。また、お話聞かせてくださいね」


 ミサトは右手を差し出した。


「僕でわかることならね」


 高田が少し厚みのある右手で応えた。気がつくとランチの到着を待つ客で周りは一杯になっていた。

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