4.藤島真央はノック!のアカウントを作った
〔新着のメッセージがあります〕
あくる朝。部屋の床で転がっていたスマホからメッセージが届いた。
朝っぱらからのアラームで起きたのは、昨夜失恋した藤島真央である。寝起きのすっぴんの顔で髪の毛が突っ立った。
早めに目を覚めた真央はまず周りを察した。
部屋の壁にはK-Popアイドルのブロマイド写真――よく見ればASTRONGのメンバーの写真――が飾られていて、真央か着ていたパジャマもそのアイドルの顔が印刷されていた。
――グッズ、一個増えたわ。
ちゃんと
記憶によれば、昨夜部屋に来てまた缶ビールを飲み始めたことまでは覚えている。次のことは、さー。よく思い出せない真央だ。
「今何時?」
「ん?起きてた?」
時計の針は10時を過ぎたばかりだ。そうすぐ昼ごはんを食べる時間だった。
「10時。」
「まだああ、起きたくない~。ねぇ、マちゃん。昼飯は何にする?」
「寝たいの、それとも食べたいの?どっちかにして」
「ん~、眠たいし、お腹もすいたし。選べない!」
曖昧なことを言ってベットの上でゴロゴロする萌。それを見ながら、真央はふっと昨夜のことをこっそり言い出した。
「モエちゃん。私、ここに来て何かした?」
「何かって?」
萌がベットにたらして返事をした。まるで動物園にいるコアラが寝不足で転がる姿を観ている気分がした。
とても真面目に話しても、その姿がまた可愛くてニッコリとしてしまう。何もなかったと――自分なりに――納得し、あきらめてそろそろ昼ごはんのことを話そうとした。
「あ、返事が来たの?」
返事?真央は初耳だ。
しては、目が生き生きしている。眠くて口を開けることも面倒くさがる萌が、ここまで元気に反応するのは意外だった。
「あれよ、あれ。『ノック!』からのメッセージ!」
「ノック?」
そう言えば、と真央は置きっ放しのスマホの液晶目を注いだ。起きる前に新しいメッセージが来たことを思い出す。
――ラインかと思えば、ノック!からのメッセージだったね。本当、損した。
真央は手を伸ばして充電中のスマホを取った。
「昨日『ノック!』で知らない韓国人にメッセージしたじゃん」
「ええ!?」
萌の言うことが信じれなくて、速めに送られたメッセージを確認する。
〔アンニョンヒジュムションナよ? :)〕
〔おやすみましたか?:)〕
知らない韓国語と変な日本語が送られていた。
――……私、この人とどれだけ話を交わした?……日本語も下手くそだし、意味不明な部分もある。……え?この人、男なの?・・・・・・ああ、何だ。通訳してメッセージしてたんだ。日本語も知らない人が、どうして私と話がしたいかな。日本語を知っても話が通じるわけでもないのに。・・・・・・待って、茂のことまで書いた!?
「へぇ、一晩で失恋の話までしたんだ」
「はうっ?」
いきなりに萌が顔をスマホを見抜いて慌てた。真央はまだ続きがあるのを残したまま携帯をオフにした。
――隠すほどのことじゃないと思ったけど。そうでもないよな、真央。
茂の声に過去のセリフが流される。気持ち悪い気がした。
「ずるい~。もっと読ませてもいいじゃん」
「良くない!大体、ノック!は何なの?出会い系のアプリ?」
「ん、とね。正確には『外国人とお友達になれるアプリ』です。最近、韓流やらで流行って色々出るじゃん?『ノック!』はその流行りで一番有名なアプリだよ」
「理由にはなりません。詳しく説明しなさい!どうやって、私が、この人と、話をするように、なった!」
「ふふふ、昨夜のマちゃんはとても危なかったなあ。赤ん坊みたいに泣き喚いて、『モエちゃん、モエちゃん』と呼ぶ姿は初めてみた」
「からかわないで。こっちは深刻だからね」
大袈裟ではない。
真央的にはアプリで知り合った男性に本音を打ち明けたことはかなり、ショックだった。そう、これは大事件だ。大事件でも人生最大のミスに残る事件なのだ。
「正直に言います!」
「はい」
「真央が昨日、男を紹介してくれと言いました!」
「嘘だ!私は気安く男と出会わないよっ」
真央が舌を噛んだ。
「うわあ、ごまかしてる!と思って、証拠を撮りました!」
萌が堂々と自分のスマホで撮った映像を見せた。
『マちゃん。今携帯で何をしていますか?』
『アプリで
『はい、はい。まずはね、アカウントを作成して――』
映像には真央が自分の意思でノック!を弄って、アカウントを作っていた。
親切に指でご説明をしてくれる萌に従い、新しいアカウント作成を終わらせた。後は、自然に韓国人の探索が始まった。
途中には好みも考えて選んだ。
正真正銘。約3分の映像で昨夜の真相を把握した真央は、あきれて口が塞がらなかった。本人の欲望と向かい合った割には不愉快である。
「ご感想はいかがでしょうか」
「はぁ、今回は完全に
確かに酔いと悲しみが重なって感情が高ぶった覚えはあった。メッセージの内容も――全部は読めなかったが――真央しか知らない話だったので、素直に認めた。
問題は、どうやってこの事態を治めるかだ。普通に無視をするべきか、それとも相手に事情を説明して誤るべきか。
当然、無視だろ、と真央は落ち着いて答えを出した。
真剣に後のことを考え込む真央と変わって、萌は隣でニコニコと笑って状況を伺う。
「ねね、返事は?返事は?」
「楽しんでいるね、モエちゃん。もちろん、返事はしない」
「そうそう、これをきっかけに韓国人と仲良く――え?してよ!」
「いやです。アプリで出会った人とどうやって友達になるの?
平気に戻った真央はいつもの通り冷静に言葉を選んでしゃべった。
「ふーん。つまんない。
からかう楽しみが無くなった。落ち込んだ萌は元通りにベットの上で転がり、布団に顔をつめた。
起きる様子ではなかった。
「じゃー、私はそろそろ帰るね」
「――」
声がにごって萌が話したことが聴こえない。
「寝かせてくれてありがとう。そして、期待に応じれなくてごめんね」
「――」
「お風呂、先に使うから昼飯のメニューでも考えておいて」
「――」
「何?言いたいことがあるならちゃんと言って」
それを聞いて萌が布団から顔を出した。失望していると思えば、かなり落ち着いた顔でいた。
「軽井沢くんの浮気も無かったことにするの?」
敢えて昨夜の出来事を言葉にして、部屋の空気が重くなった。
真央は平然と部屋を出て風呂にお湯を入れ始めた。まもなく風呂の中に湯気がモヤモヤとあがった。
ずっと黙って待っていると視野が湯気で、遮られた。
「さー、どうだろ」
狭い風呂から真央の声が響く。
服はまだ着ているままだ。入れるまでは時間がかかりそうだ。
「どうだろって。また見逃してあげるの」
「……」
「ねー、マちゃん。軽井沢くんが浮気する現場を見つけたら別れるって前に約束したでしょ。また傷つくよ?」
耳元に――気もとめずに食べ物を口にかき込むように――落ちる水の音だけがした。
気を抜いたら、いつの間にかお湯が風呂から溢れていた。お湯を吸い取った服は重くなって、体温も段々熱くなってきた。
真央はじっとして水が落ちる音に耳をそばだてた。ただそれだけだった。
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