第11話 訪問
「やっぱり昨日のが原因だよなぁ」
柊木さんとの一件の翌日の放課後、僕はため息を零す。
というのも今日一日を過ごして、隣の席の柊木さんの態度がやけによそよそしい。
まあ原因は間違いなく僕にあるのだが、かと言って僕にどうこう出来るというわけでもなく……。
「でもやっぱり一回は謝っておかないと」
さすがに昨日は僕もテンションがおかしかった。
今でもどうして憧れの柊木さんにあんなことを言ったり出来たのか分からない。
昨日の夜は反省と後悔の嵐で、ベッドでじたばたしたのは早く忘れたい記憶だ。
とはいえ謝ろうにもなかなか踏ん切りがつかない。
それに話しかけたところで柊木さんに逃げられて終わり、という可能性もある。
もしそうなった時に立ち直れる自信がない。
因みに今日ももちろん僕は勇者によって晒し者にされている。
出来れば今日は静かに過ごしたかったのだが、やはり午後の眠気には勝てなかった。
「……あ、明日にしよう」
今日は色々と気を張っていて疲れてしまった。
それに柊木さんも昨日の今日で僕に話しかけたりするのは嫌だろう。
などと言い訳をしながら、僕はせっせと帰る用意を済ませる。
そしてクラスメイトたちが次々と教室を出て行く流れに従って、僕も教室を出ようとした時。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
「ひ、柊木さん」
僕の行く手を挟んだのは、皆の憧れ柊木さん。
そんな柊木さんがどこか遠慮がちに手をもじもじさせながら上目遣いで聞いてくる。
いくら今日一日気まずい雰囲気だったとはいえ、柊木さんにそんな風に頼まれて断れるわけがない。
僕が頷くと、柊木さんは荷物を持ってついて来るように指示してくる。
恐らく用事が終わったらそのまま帰れるようにという柊木さんの配慮だろう。
僕はその指示に従って自分の鞄を抱えると、柊木さんと一緒に教室を後にした。
そして気付けば、僕はどういうわけか柊木さんの家にやって来ていたのである。
意味が分からない。
柊木さんは無言でじっと座っているし、これまでにも何の説明もしてくれていない。
ここまで何の疑問もなくのこのこと柊木さんについて来た僕も僕だが、せめてどういう状況なのかくらいは事前に聞いておきたかった。
そのせいで僕は今、自分がどういう理由でここにいるのかも分からないまま、柊木さんの母親と対面しているのである。
「あら、そんなに緊張しなくていいのよ? もっと肩の力を抜いて?」
「は、はい」
そんなことを言われても、こんな美人を目の前にして緊張するなという方が難しい。
それに柊木さんの母親ということは少なくとも30代半ばくらいの歳のはずなのだが、どう見ても20代前半くらいにしか見えないのもおかしい。
僕の周りの30代の人たちは不老不死の魔術でもかかっているのではないか、と疑ってしまいそうだ。
「分かってると思うけど、私はこの子の親の
「き、聞きました……っ!?」
サキュバス。
その言葉に、思わず夏美さんを見る。
そのスタイルの良さは昨日見たギャルっぽい先輩に勝るとも劣らず、
思わず夏美さんに見惚れていると、突然机の下で足を蹴られる。
何事かと思ったが、そこでこちらにジト目を向けてくる柊木さんに気付く。
恐らく「人の親にそんな目を向けないで下さい」ということだろう。
確かに僕も自分の親に鼻を伸ばすクラスメイトがいたら、思わずビンタしてしまうかもしれない。
「私もこの子から聞いただけなんだけど、朝野くんって魔王様なんでしょう?」
「い、一応、はい。でも様はいらないですよ」
こんな綺麗な人から「魔王様♡」なんて呼ばれた日には変な気を起こしてしまいそうだ。
「痛……っ!?」
そこで再び、柊木さんから怒りの蹴りが繰り出される。
ど、どうして僕が邪な考えをしていることが分かったのだろうか。
「鼻の下が伸びてますよ、朝野くん」
相変わらずジト目の柊木さんが低い声で教えてくれる。
自分では完璧なポーカーフェイスが出来ていたと思っていたのだが、恐るべし、サキュバス夏美さんの色香。
「そ、それで今日僕が呼ばれたのって」
しかし初対面の人の前でこれ以上変なことをやらかすわけにはいかない。
どうにか話題を逸らす。
「実は昨日の夜、この子があまりに嬉しそうに朝野くんのことを話すものだから、どんな人なのか私も知りたくなったのよ」
「お母さんっ!?」
夏美さんの言葉に、柊木さんが驚いたように声をあげる。
普段は落ち着いてる柊木さんのなかなか見れない珍しい姿に、思わず僕までびっくりする。
「あ、でも胸が小さいって思われてることを落ち込んだりもしてたわね。この子、自分はサキュバスなのに胸が小さいっていうのがコンプレックスだから」
「お、お母さんっ!!」
笑いながら暴露話をする夏美さんに、柊木さんが顔を真っ赤にして席を立つ。
そしてそのまま勢いよく部屋を飛び出していってしまった。
きっとこれ以上の辱めは耐えられないと思ったのだろう。
しかしさすがに初対面の二人を置いて、仲介役を務めなければいけないはずの柊木さんがいなくなるというのはどうだろう。
少なくとも僕は、もう既に緊張でおかしくなってしまいそうです。
「朝野くんは自分の能力のことをいつ教えてもらったの?」
ありがたいことに、夏美さんが話を振ってくれる。
そうやってリードしてくれる姿勢もサキュバスには大事な要素の一つだったりするのだろうか、などと思いながら質問に答える。
「僕は中学を卒業した日に教えてもらいました」
「あら、意外と遅いのね? もっと早いのかと思っていたんだけど」
「本当は中学入学と同時に教えてくれる予定だったらしいんですけど、後回しにした結果、三年が過ぎていたそうです」
「そ、それは大変ね」
本当に大変だった。
しかも禄に能力の使い方を教えてくれなかったせいで何度も酷い目や危ない目に遭ったりもした。
まあ今ではそのおかげで少しずつ僕も成長している、と思いたい。
「因みに柊木さんにはいつ能力のことを?」
この流れなら聞いてもおかしくはないだろうと逆に聞き返す。
「小学校に入学する時には教えたわ。もちろんその時に全部理解してくれたわけではないでしょうけど」
「しょ、小学生ですか」
「あの子の場合は間違ったら大変なことになりかねないからね」
予想以上の早さに驚かされた僕だが、それを聞いて納得する。
確かに柊木さんの能力を考えれば、出来るだけ早く知っておくことに損はないだろう。
「あの子は性格的にも能力を使って男の子を誘惑できるようなタイプではなかったし、基本的にはそれで問題なかったわ。ただ……」
夏美さんが言葉に詰まったところで僕もある程度は察することが出来た。
「本人がいくら気を付けていても、居眠りとかが原因で能力が発動しちゃうときが偶にあるのよ」
どうやら母さんに教えてもらった「居眠りが原因で魔力が漏れ出ている」という話は本当だったらしい。
もともと疑っていたわけではなかったが、これで確証が持てた。
「もちろんある程度の時間をかけて、そういうのを防ぐことは出来るんだけど、あの子の場合は日頃から能力を使わないのが裏目に出ちゃったのよね」
「な、なるほど」
だから小学校の時点で教えてもらった柊木さんは居眠りによる能力の発動を防ぐことが出来ないのだろう。
清楚なイメージの柊木さんにとっては何とも世知辛い話だ。
「あの子の能力が勝手に発動しちゃわないかずっと心配だったんだけど、でもこれからは朝野くんがついていてくれるから安心ね」
「ぼ、僕ですか?」
思わず聞き返した僕に、夏美さんが笑顔を浮かべながら頷く。
「あの子のことをよろしく頼んだわよ? 朝野くん」
「わ、分かりました」
相変わらず美人の頼みは断れない僕。
しかしつまりこれは僕と柊木さんの関係が親公認、ということだろうか。
そういうことなのだろうか!?
「因みに襲ったりする時はちゃんと本人の了解を得てからにしてね?」
「あっはい」
そりゃあそうだろうよ。
結局は本人の公認がなければ意味なんて無いんだ。
でもそれなんて無理げー?
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