うちのクラスに勇者がいる。
きなこ軍曹/半透めい
第1話 高校デビュー
「ふわぁ……」
午後最初の授業。
それが現国ともなれば眠気だって襲ってくる。
しかもまだ高校生になって間もないともなれば、高校生としての自覚なんてほとんどないようなものだ。
何とか迫りくる睡魔に抗おうと試みるが、徐々にまぶたが重くなってくる。
そして遂に視界が真っ暗に――
「魔の気配がする!」
———―ならなかった。
突然聞こえてくる大きな声と椅子が倒れる音に思わずびくっと肩を揺らす。
何かと思い目を擦りながら振り返った先には、一人の女子生徒が立っている。
思わず視線が吸い込まれるような金髪と端正な顔の造りに加えて、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて正に理想的なスタイルだろう。
そんな見目麗しい美少女が今、教室の中央で百均に売ってそうなおもちゃの剣を掲げている。
あまりのギャップに、不意にも可愛いと思ってしまった。
「私は勇者ヒカリ! 皆のことはこの私が守ってあげるわ!」
この時、クラスの皆のほとんどがこう思っただろう。
一体何から守ろうとしてくれているのか、と。
これが彼女、勇者ヒカリの華々しい高校デビューの瞬間だった。
◇ ◇
「魔の気配がするわ! 皆伏せて!」
眠たい授業の真っ最中、突然聞こえてくる声に重たい瞼を開く。
その声の正体を僕は知っている。
というよりもクラスの誰もが「あぁまたか」と内心ため息を吐いているころだろう。
最初こそこの声に何度も驚かされたものの、半年も過ぎればさすがに慣れる。
今ではもはや日常の一コマとして認知されているくらいだ。
これがなければむしろ「何か今日おかしいな?」くらいの違和感を感じてしまうかもしれない。
僕は声のした方をちらりと見てみる。
半年たってもその理想的なスタイルは全く変わっていない。
そんな彼女、
勇者ヒカリのこの半年間での武勇伝を全て語ろうと思ったらきりがない。
それこそ授業中の奇声に始まって、果てには異形のものと戦ってるなんて噂まであるくらいだ。
とはいえ僕たちの日常に何か大きな影響があるかと聞かれたら微妙なところだ。
確かに授業中の奇声はびっくりする時はあるが、それだって慣れてしまえばどうってことはない。
それに僕自身が、彼女が化け物と戦ってるところなんて場面に遭遇したわけでもない。
触らぬ神に祟りなし。
こちらから近づいたりしなければ彼女は彼女の、勇者としての日常を過ごしてくれる。
それに僕たちが巻き込まれるようなことはない。
まあ例外は彼女の整った容姿に釣られてしまった可哀想な男子たちにはご愁傷様と言うくらいだろう。
誰もがそう思って、彼女に近付くことを避けていた。
もちろん僕も。
しかし最近、勇者ヒカリの日常には確かな変化が訪れていた。
そしてその変化はとても厄介なことに、僕の日常にまで浸食してきていた。
「この魔族め! このクラスの皆に危害を加えようったって私がいる限り好き勝手はさせないわよ!」
「…………」
これまではずっとおもちゃの聖剣を掲げて、しきりに周りを警戒していただけのはずの勇者ヒカリが、つい最近になってどういうわけかその聖剣を僕に向けてくるようになったのである。
少なくとも覚えている限りでは僕から彼女に何かしたということはないはずだ。
だがどうしてか僕は彼女に『魔族』認定されているようで、授業中だけでなく休み時間にまで絡まれる。
そのせいで近頃は僕までもが「勇者に敵対する魔族」として、すっかり変人一味の一人として認識されるようになってしまった。
「まーた何かやったのか、魔族の朝野」
「先生!? 居眠りしてただけの僕が何をしたっていうんですか!?」
「ほう、居眠りしていたのか。減点だな」
「なっ!? どう考えても僕よりも先に減点する人がいますよね!?」
「三奈野は良いんだ。テストで良い点を取ってくれるから」
「くっ、これが実力主義ってやつか……!」
「ほら、三奈野もそろそろ席につきなさい。授業を再開するぞ」
「でも魔族がっ!」
「大丈夫だ。魔族は先生が退治しておいた」
「なんか退治されたことになってる!?」
「……わ、分かりました」
「そしてなんか分かられてるぅ!?」
「朝野、うるさいぞ。また減点されたいのか」
「……っ!!」
点数を盾にされ、僕は大人しく口を閉じる。
僕の限りなく低い点数をこれ以上こんなところで失うわけにはいかないのだ。
見れば勇者ヒカリも渋々席についているところだった。
しかし居眠りの件で既に少なからず減点されてしまっているのが辛いところだ。
それにまた今回のことで僕の魔族としての株も上がってしまったわけだ。
誓って言うが、僕は勇者ヒカリに自分から関わったことは一度としてない。
そして校内での問題行動ももちろんない、はずだ!
それなのにこうやって僕の悪名ばかりが広がっていく。
「……はぁ」
そりゃあため息だって吐きたくなる。
僕は減点されないよう先生から隠れながら、机に突っ伏す。
「……ふふ」
するとふと隣の席からくすくす笑う声が聞こえてくる。
恐る恐る隣を向いてみると、そこでは一人の女子生徒がこちらに視線を向けてきていた。
必死に笑いを堪えようと口元を押さえているが、全く堪えられていない。
「っ!」
僕と視線が合うと、彼女は慌てて視線を逸らす。
そんな仕草が僕の心を傷つける。
別に誰に笑われようが基本的に構わないのだが、彼女は別だ。
艶のある黒髪に微笑が似合いそうな顔の造りと整った容姿は正に大和撫子を体現したような美少女。
同学年だけならず男子の先輩たちからもかなりの人気を誇る彼女は、男子生徒の憧れの的、
そんな柊木さんに笑われてしまった。
もうだめだ、生きていけない。
「……これも全部あいつのせいだ」
今ではすっかり何食わぬ顔で授業を受けている勇者ヒカリ。
あの勇者のせいで僕は何もしていないというのに学園のアイドルにまで変人だと思われてしまった。
あの勇者、許すまじ。
そもそも人のことを魔族呼ばわりとはなんて失礼なやつだ。
これでも僕は魔王だというのに。
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