卵探し

 サクラとオレは、今日も今日とて異世界デバッカーをこなしていた。

 異世界デバッカーとしての毎日も随分と慣れてきて、オレたちは互いに余裕が出てきたこともあり、少しずつだが距離感が縮まっているようにも思っていた。

 サクラも最初の時みたいに、無駄につんけんせず、先輩面をしようとしなくなったし、オレも不必要に相手を知ろうとしない態度だったのが、近頃は、サクラと他愛ない話をして笑ったりをするくらいになっていた。


「ふわー」

「なんだ、寝不足か?」


 サクラの間抜けな欠伸をを聞いて、オレもその欠伸が伝染しそうになった。欠伸が伝染するのは、親しい仲の間だけだと聞く。

 油断をしても良い相手と、オレはサクラに対して感じているのかもしれない。


「私、夜型だからこの時間、きついんだ」


 そう言って、ううんと背伸びをしているサクラを肩に乗せ、オレは湖で釣りを続ける。

 現在、オレたちは、イオシスの湖という観光スポットとしても有名な場所に来て、のんびりと釣りをしていた。

 綺麗な水は透き通り、周囲には美しい山岳に囲まれていて、景色がとてもいい。少し離れたところに宿場が作られていて、旅人はここでゆっくりと過ごすことが多い。

 釣り自体、のんびりと魚を待つ駆け引きのゲームだから、眠たくなることもあるが、サクラはどうやら、釣り云々以前の問題で、眠そうにしていた。


「この時間って……リアルのほうだよな。何時頃、こっちにきたっけ」


 今いる、この異世界の時刻は昼過ぎの時間だが。


「朝九時」

「お前、毎日何時に起きてるんだ?」

「んー、大体十二時まで寝てる」

「完全に昼夜逆転だな」

「しょうがないじゃん、私深夜に働いてるんだもん」


 サクラはもう一つ欠伸をして、今後こそ、オレもその欠伸に釣られてしまった。


「くぁ……」

「あ、クラウドも」

「移ったんだよ。オレは朝は六時に起きて、夜は零時には寝る」

「零時に寝るとか……クラウドっておじいちゃん?」

「まだ二十代だよ!」


 今日は祝日でオレは朝からこの異世界にやってきていた。

 別にいつも一緒にデバッグをする必要はないということになっているが、なんとなくオレとサクラは一緒に活動しているのだ。

 というのも、この異世界に行くと、サクラにも通知がいくらしい。逆にサクラがこの世界に行くと、オレのスマホに通知がくるのだ。

 サクラさんが、異世界にいます。みたいな感じの通知だ。

 恐らく、神様がそういう通知を送っているのだろう。共に活動しろと強要はされないし、あくまで親切心でそういう機能を付けているのだろう。


 今回に関しては、オレが九時にこの異世界にインしたのを、サクラが確認したのだろう。それでサクラもこっちにやってきたって感じだった。


「お前は何時に寝てるんだ?」

「八時くらい」

「じゃあ、お前、今日は寝てないんじゃないか」

「うん。寝ようと思って横になったら、通知が来たし。別に今日、休みだしいいかなって」

「……若いな」

「まぁ、まだ十代だし」

「十代なのか?」

「え……。うん。ギリギリね。十九」


 サクラの思いがけないカミングアウトに、オレは「ほー」と短く返事をした。

 オレがさっき、二十台だと口走ったのを受けて、サクラも発言したのかもしれない。

 なんとなくだが、オレの年齢も明確に聞きたそうな顔をしている。


「オレの年齢、聞きたい?」

「教えてよ」

「……まぁいいけど。二十四」

「あれ、意外に若い」

「意外ってなんだよ。そんなに老けてるように見えるか?」

「クラウドの外見って、この世界のしか知らないもん。なんかくたびれたサラリーマンってイメージだったから、二十後半かなって思ってた」

「……まぁ、それに関しては言い返せない」


 大学を出て、そのまま普通に就職した。とある不動産の事務員だ。毎日朝から晩まで会社に居ることが多いし、出張もある。自分ではかなり会社に貢献をしていると思っているのだが、まるで昇級するような話はこないし、給料も上がらない。ボーナスさえ貰えなくなる可能性も最近はちらほら出ている。

 別に、不動産で働きたいと思って就職したわけではない。なんとなく、内定貰ったんで、入りました。ってだけだ。仕事にも特にやりがいを感じたりはしない。

 そんな毎日を繰り返していたら、自分がもぬけの殻になっていると気が付いていた。家には寝に帰るだけになっていて、帰宅すると、風呂に入って食事を摂ればもう寝るくらいしかやることがなくなる。

 明日も早いし疲れているからさっさと寝ようと、考えるようになったのはいつからだろう。十代のころは、無理して起きても夢中になって遊んでいたゲームなんかもあったのに。


「そんなに離れてないね。トシ」

「そうか? 五つも離れているぞ。オレが小学一年生になった時にお前は、まだ赤ん坊じゃないか」

「大人になったら、そんなの誤差じゃん」

「未成年のくせに」

 オレはそう言って、悪戯な口調でサクラを茶化した。十九なんてまだまだお子様だ。少なくともオレはそうだった。

 十九の頃は、なんというか、人生で一番はっちゃけていた時期だと思う。大学に入って、自分の好きに物事を選択できる。

 面白いことや刺激的なものを求めて、毎日『冒険』をしていたように思う。

 サクラが脳筋デストロイヤー妖精なことも、少し納得する。


「会社って楽しいの?」

「それをオレに聞くか」

「だよね、ゴメン」


 そう言って、明るく笑うサクラは、湖に浮かぶ『浮き』をぼんやりと眺める。


「こっちの世界のほうが、楽しい」

「同意するが……。十九の頃なんて、楽しい盛りだろ?」

「……みんながみんな、浮かれてる年代じゃないよ」

「そ、そうか。スマン」

 サクラは少し気落ちしたような声を出した。軽く謝ったが、そこまでその場が冷えることはなく、なんというか、軽い愚痴って感じで話はまとまった。


「つーことは、お前カレシいないんだな」

「別に欲しいとは思わないし」

「ほう、冷めてるねえ」

「クラウドはカノジョどころか、友達もいないもんね」

「……オレは群れない男なんだよ」

「ふふっ」


 サクラは、また朗らかに笑った。その笑顔は、可愛らしく、純粋なもので、オレは少しホッとしていた。

 そして、ホッとしてる自分に気が付いて、自問した。


(オレ……。こいつには、嫌われたくないって思ってるのか)


 他人に関してほとんど無関心なオレが、サクラに対しては嫌われないようにと考えていることに少しだけビックリしていた。

 そんな風に思える感情を、オレは初めて知った。


「あ、引いているよ!」

「お、お! よし、こい!」

 サクラが浮きが沈んだことに反応し、オレはとっさにリールを引く。リアルで釣りはしたことがないが、こちらでは釣りスキルも自由自在だ。

 なんにも釣れないのもつまらないので、オレは釣りスキルマックスで湖の釣りを行っていたが、ついにアタリが引っかかった。


「でかい!」

 ぐいぐい引っ張られる釣り竿が、ミシミシと音を立ててしなる。

 魚は随分大物のようだ。オレは全力で引き上げにかかると、肩に乗っていたサクラが慌てて、肩から飛び降りて宙を舞う。

「いけるいける!」

 そんな応援の声を耳元で叫び、サクラは拳を振り上げてエールを送っている。


「おりゃっ」

 ざぱぁん!


 水しぶきが上がり、昼の陽ざしがキラキラと反射する。

 オレは見事に巨大魚『湖のぬし』を釣り上げていた。

 巨大なナマズで、全長一メートルはあるんじゃないだろうか。重さも随分ある。


「すごい! これなんだっけ。ウナギ?」

「ナマズだよ」

「ナマズってなんだっけ、ドジョウ?」

「だから、ナマズだってば」

「うな丼、食べてみたいなあ」

「ナマズだって言ってんだろ……」


 サクラの天然なところが出てきて、オレは突っ込みながら、そのナマズをアイテムとして獲得する。

 釣り上げた魚は、換金用のアイテムとして売りさばくことで大金を得られる。仮にも湖のぬしなのだから、こいつを売ればいい資金になるだろう。

 宿場まで行って、こいつを売るのもいいかもしれない。


 オレとサクラは、宿場のほうに移動し、適当な宿で釣ったナマズを売ろうとした。

 そんな時だ。宿屋の一階が酒場になっていて、冒険者らしい男たちが酔っぱらいながら冒険の話題に華を咲かせているのを聞き取った。


「俺は見付けたぜ、ヒミツの部屋!」

「お前もか! しかし、あの部屋はなんなんだろうなあ。特になにかがあるってワケでもねえみたいだが」

「アイテムも何もないしなあ。異様な空間だとは思うがよ」


 酔っ払いの戯言かとも思える話題だったが、オレとサクラは、興味深くその話題に注意を向けた。

 ヒミツの部屋。デバッカーとしては放っておけない話題だったからだ。もしかすると、何かのバグによるものかもしれない。

 オレは酒場のマスターの方に彼らが話し込んでいる内容を確認してみた。


「なあ、あの連中は何の話をしてるんだ?」

 マスターはグラスを磨きながら、随分とダンディな髭を蓄えていてその場にいるだけで酒場の雰囲気がぐっと高まる。

 マスターになるために生まれて来たような外見だったので、適材適所という言葉が脳裏に浮かんだ。


「ああ、ヒミツの部屋の話題ですね。この辺りではすっかり流行になってしまいましたよ」

「流行だって? 有名なのか? ヒミツの部屋なのに」

「まぁ、特になにかあるという部屋ではないですからねえ」


 奇妙な話の内容に、オレとサクラは目を合わせて首をかしげる。

 ヒミツの部屋という大層な名前なわりに、もう随分と周囲に知れ渡っているようだし、しかも特に何かあるというわけでもないというのは、奇妙というしかないだろう。


「じゃあ、誰でも行けるのか?」

「ええ、行き方を知っていればだれでもいけるという話ですよ。私は行った事はありませんが、特に何か貴重なアイテムが入手できるとかあるって話もないですしね」

「ふむ……」


 オレはこの話を追いかけていいものか少し考えた。バグならオレたちの出番だが、バグではないなら、デバッカーの仕事ではない。


「クラウドー、あっちにあるみたい! ヒミツの部屋!」

「お、お前……」


 いつの間にかサクラがさっきの酔っ払い冒険者と話して来たらしく、ヒミツの部屋の場所を聞いて来たらしい。

 どうやら、サクラはヒミツの部屋に興味満々のようで、満面の笑みであった。


「……まぁ……いいか」


 楽しそうにしているサクラの顔に、オレは苦笑してしまった。


 サクラが手を振りながら、酒場の二階にオレを呼ぶ。この建物は、一階が酒場になっていて、二階は宿屋になっている。

 どうやら、『ヒミツの部屋』は、この宿屋の一室を指すらしい。

 サクラが入ったのは宿屋の部屋で、何の変哲もない寝室だった。


「ここがヒミツの部屋か?」

「ううん、ここはただの宿屋の部屋」

「……? 何している」


 サクラは部屋に入るなり、クローゼットを開いた。そして、三十センチ程度の小さな妖精の身体をそのままクローゼットの中に入っていく。

 クローゼットは、オレが入っても十分入り込めるほど大きく、人が一人くらいはすっかり入り込めるだろう。

 サクラはクローゼットに入り込んで、その戸を閉じた。オレはその後を追うように、閉じられたクローゼットの戸を開く……。


「おい、サクラ……。サクラ?」


 ガタリ、と木製のクローゼットの扉を開くと、そこはもぬけの殻で、空っぽのクローゼットしかなく、サクラの姿がどこになかった。

 サクラは小さいので、どこかに隠れているのかと思ったが、クローゼットの中を見回してみても、サクラの姿は見つからない。

 忽然と、姿が消えてしまったようだ。


「ヒミツの部屋に、行った……?」


 オレはもしやと考え、クローゼットの中に自分の身体をくぐらせて、そして、サクラに倣ってその戸を閉じた。

 部屋の明かりを遮り、クローゼットの中は真っ暗になる。

 オレは何か奇妙な出来事でも起きるのかと身構えたが、特に何も起こる様子はない。このまま狭いクローゼットの中で押し黙っていても仕方ないので、オレは戸を開け、外に出ることにした――。


「……!?」


 オレはクローゼットを開け、宿屋の一室に戻る、はずだった。

 しかし、クローゼットから出ると、そこは入って来た異世界の宿屋の風景ではなかった。


「あっ、クラウド! ここがヒミツの部屋らしいよ」


 呆けているオレを見付け、サクラが、声をかけて来た。


「ど、どういう、ことだ」


 オレは異世界にやってきて、一番驚いたと言ってもいいだろう。

 異世界に連れて来られ、デバッグしろと言われてもそこまで驚かなかったオレが、その時ばかりは心臓が止まる気分だった。


「これってさ、現代だよね」

 サクラは、その部屋を見渡して、そう言った。


 クローゼットの外は、いつの間にか、宿屋の一室から……。

 狭い、ワンルームに移動していたのだ。

 そこには、簡素なベッドと、テレビとパソコン。冷蔵庫にエアコン……。現実世界のものが設置されている。大きな窓があり、狭いがベランダもある。

 そこから外を見渡すと、アスファルトや電柱が見える。


「この部屋、男の人の一人部屋って感じ。ほら、あの壁にかかっているスーツ」

「……なぜだ……」


 サクラは、部屋を物色しながら、突然のリアルな光景に驚きながらも、オレほどに衝撃は受けていない様子だ。

 それはそうだろう。この部屋を見て、オレ以上に驚愕する人物はいないはずだ。そもそも、この部屋が、誰の部屋なのかを理解できる人物は、オレしかいない。


「ここは……オレの部屋だ!」

「えっ」


 見慣れた日常の景色。オレが毎日寝て起きて、メシを喰っている部屋だ。間違いない。ベランダから見える景色も、見慣れたものだ。


「ここ、クラウドの部屋なの?」

「ああ……どういうことだ? なんで、クローゼットの中からオレの部屋に繋がっているんだ?」

「……ふうん、ここクラウドの部屋なんだ。……エロ本ある?」

「あるか! オレはデジタル派だ!」


 動転しているオレはサクラに、恥ずかしいカミングアウトをしてしまう。

 それを聞いて、ベッドの下を覗こうとしていたサクラは、すぐにパソコンに飛びついた。


「あっ、おいこらまて!」

「ふふーん! ぽちっと……アレ?」

 PCの電源を入れようとしたサクラだったが、パソコンの電源は入らない。

 電源ボタンを押し込もうとしても、それはまるで壁に描かれた絵のように、押し込んでも、手ごたえがない。


「このPC、見た目だけだ」

「……ちょ、ちょっとまて。もしかして……」


 オレは部屋にかかっているスーツを取り、着てみようと思った。

 しかし、そのスーツも手に取ることはできず、壁にかかったまま、ビクともしない。


 思ったのだ。

 色々な冒険者がこの部屋に入って来たのなら、この光景に驚くことだろう。

 意味不明なパソコンやエアコンは、何も利用方法が分からないだろうが、スーツは服だと判断くらいはできるだろう。

 この異様な部屋で、アイテムとして認識しやすいものだったはずだ。しかし、このスーツは手付かずのままだし、この部屋で獲得できるアイテムは何もないという話も納得できる理由――。


「この部屋は、オレの部屋を模しているだけのハリボテなんだ」

「ハリボテ?」

「異世界から、オレの部屋に戻って来たのかと思ったが、そうじゃない。あくまでここは異世界で、異世界の中に、オレの部屋を再現しているだけなんだ」


 オレの推測は多分当たりだ。恐らく、あのベランダの風景もまるで外に出て行けるように見えるが、あの窓は開かない。あれもハリボテのようなものだろう。

 サクラはパソコンから離れ、窓の見に行くが、窓を開けようとしてやはりビクともしないようで、窓の向こうに見える景色を眺めているだけの様子だ。


「……なんでオレの部屋が……?」

「……もしかして、私の部屋もあるのかな」

「かもしれないが……」


 窓の外を見つめながら、サクラはぽつりと呟く。

 オレの興味は、なぜここにオレの部屋を模した空間を作っているのか。これは神様がつくったもののはずだ。

 バグではないと思われる。バグにしては造形をしっかりしているし、オレの部屋を模しているのは意図的なものを感じるからだ。


「だとしたら……考えられるのは『イースターエッグ』か?」

「イースターエッグ?」


 オレは自分の部屋であり、自分の部屋でない空間を眺め、可能性をサクラに語った。


「イースターエッグってのは、ゲームの開発者が、ゲーム内に仕込んだ遊び心みたいなものだ。実際のゲームでもよくあるんだよ。FPSのゲームの中にマリオのステージっぽく作ってる場所があったり、開発者のメッセージを隠している部屋が用意されていたりな」

「ちょっと、よく分かんないけど……つまり、神様がこのクラウドの部屋を、ジョークで用意したってこと?」

「……まぁそう考えてもいいだろうが……なぜ、オレの部屋をこんなところに隠してるんだって疑問は湧くな」

 オレは腕組みをする。何か意図があるのだろうか。


「……サクラの部屋もあるかもしれないな。捜してみるか」

 もしかすると、そこにこのイースターエッグの意図があるかもしれない。オレはそう考えて、他にもヒミツの部屋の情報がないかを探ろうと考えた。


「だ、だめ!」

「え?」

「ぜったい、だめ!」

 サクラは急にオレの提案を却下した。顔を真っ赤にしていて、頑として譲らないという雰囲気だ。


「お、女の子の部屋に入ろうとするな!」

「……女の子ってお前」


 ――確かに、サクラは十九歳の女性だと言うし、そんな年頃の女性の部屋に、ハリボテとは言え、入るのは色々とマズいかもしれない。


「お前んち、汚いんだな?」

「ボタニカルな香りで充満してるわ!」


 サクラはそう言うと、強烈なストレートをオレの顔面にめり込ませたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界デバッカー 花井有人 @ALTO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ