異世界デバッカーの誇りにかけて!
商業都市ガグラ。
大きな港があり、交易が盛んで様々なアイテムが流通しているため、多くの冒険者がレア物を求めて訪れる大都市だ。
華やいだ大都市は、冒険者のみならず、多くの商人や夢を叶えるために若者が集まり、いつも賑わっている。
「歓楽街って感じだな」
オレは喧騒の中、メインストリートを抜けて、物静かな裏通りに入り込み、一息ついた。
賑わうガグラの街は、日本で例えるなら大阪って感じだろうか。演劇や楽団など、芸能も盛んらしく、至る所から音楽や歌声、爆笑が聞こえてくる。
(確かに、表通りは賑わっていて明るい印象があるが……)
物陰から、騒がしい街並みを眺めていると、自警団らしき屈強な男たちが見周りをしているのも見付けられる。
人が集まればそれだけ犯罪も増えるということだ。
大都市ほど、その内側に抱える闇の大きさもまた深いものとなるだろう。
オレは陰を求めるように、狭い路地を抜け、裏通りを進み、港のほうに進んでいく。
潮の香りが濃厚で、潮騒が耳朶をうっていた。
(サクラが居ないと、静かでいいな)
オレは珍しく単独行動中であった。
今日はデバッカーとして依頼を受けていない。『オフ』の日なのだ。
特にデバッカーの仕事がなくても、この異世界に行きたいと思えば、オレはこの世界にやってくることができるので、休日はリアルな世界で過ごすより、異世界の街並みなんかを見て遊んだりとしていた。
まぁ要するに、異世界旅行のようなものだ。
この世界は、景色が美しいし、食べ物も美味い。そして何より……美人が多い。
「目の保養には最適だなあ」
オレは先ほど見た、歌姫の容姿を思い出して、思わず独り言を零していた。
美しい歌声は勿論だが、その歌姫は白く透き通る肌をしていて、魅力的なドレススカートから、細く長い脚線を覗かせていて眼を引いた。
そのまま視線を上に上げていくと、細い腰の括れが魅惑的なヒップを演出していて、更に視線を持ち上げると柔らかくて暖かそうな胸が飛び込んでくる。
そこから、プラチナブロンドの華麗な髪が煌びやかに輝いているのを、眼を細めて確認しながら、歌姫の美貌の顔を見ると、オレは思わず見惚れてしまった。
ぷりっとした艶やかな唇に、細い鼻先、健康的に輝く白い歯並びと、星が散りばめられたようなエメラルド色の瞳――。
サクラが居たら、また突っ込まれていただろうが、オレは正直に言って、その歌姫を見て、惚れ込んだ。
そんな美女が、このガグラの街には色んな所で出逢える。
この世界は、美男美女が多い――。それはオレを休日にこの世界に連れて来させるだけの十分な理由になることを分かってもらえると思う。
「兄さん、おにいさん」
「あ?」
喧騒から離れた港付近の狭い通りを歩いていると、腰の低い男が、ニヤニヤとした笑みを浮かべてオレに声をかけて来た。
いかにも客引きという感じで、オレはめんどくさそうな顔を浮かべてしまう。
「ヒマなら遊んでいかないか?」
「ヒマだが、遊び方は自分で決める」
「そう言わずにさ、凄く可愛い娘がいるよ?」
……なるほど。これは歓楽街の裏通りにある定番の店への客引きって奴だろう。
所謂、風俗って奴だ。遊楽と言えば、多少優雅かもしれないが、結局のところ、男の客に女を侍らせ、金をむしろうって店だろう。
異世界とは言え、風営法がしっかりとしているため、通常こういった店は取り締まられている。
そういうルール……、いや、デバッカーとして表現すると、『仕様』が設定されているのだ。
町中で全裸になることができないように、この世界は設定されている。装備を全て外しても、下着までが限界だ。
局部を晒すことは、できない。
「ウチの店は、凄いよ。全部、丸見えだ」
「全部?」
「そうそう、アレもソレも」
にやりと厭らしい笑みを浮かべ、下品な顔を歪めるようにして笑う客引きは、ジェスチャーでアレとソレを表現していた。
オレはこの男自体は気に入らなかったが、その内容には興味があった。
サクラが居たら絶対にここで、オレの顔を見て鉄拳が飛んで来たことだろう。
しかし、今! あの暴力妖精先輩は、いない!
オレは、アレもソレも見てみなくてはならない。なぜなら、オレは異世界デバッカーだからだ。
そう! この街ではアレやソレは見えないように『仕様』がある。それをかいくぐり、公序良俗に反する商売をしているこの男の店は、バグを不正利用している可能性があるからだ!
バグを不正利用していることを、『グリッチ』という。グリッチを行う者は、重い罰を受けることになるのだが、こうして大都会の闇の中でひっそりとあくどいことをしている存在がいるのは、現実世界もこの世界も変わらないようだ。
オレは使命感を燃やし、男に言った。
「一番可愛い子、頼む」
「まいどありィ」
異世界デバッカーは、大変だ。
オフでも、しっかりデバッグしなくちゃならないところが。
オレは、ニヤつく男についていきながら、自分の勤勉さに打ち震えていた。本当だよ。
……誰に弁明しているのだ、オレは。
――昼でも薄暗い裏通りは、丁度良く建っている建物が何時も日陰を作っているようで、ひんやりとしている。
そんな通りを歩いていると、いかがわしい店がいくつも並んでいる遊郭のような世界にやってきていた。
付近で立っている遊女らしき女性は、男を誘う露出の高い衣装を着ていて、昼間だというのに、ここは異様な妖しさが渦巻いている。
悲しいかな、男というのは本能的に子孫を多く残そうとするために、複数の女性と行為をしたくなってしまう生き物だ。
特にここは船乗りが多く、性欲をため込んだ男も多いことだろう。このガグラの街では、歴史ある歓楽街として、このような場が発展していったのはごく当たり前のことであろう。
なにやら怪しげなお香も焚かれているのか、甘い香りが店先から溢れている。
「……ここか」
案内された店は、薄い桃色と、紫のレースで飾られている妖しさ抜群の店構えだった。
ひょっとすると、占いの館だろうかと思ってしまうような雰囲気だったが、看板に『プワゾン』と描かれており、唇を模したデザインで装飾されていることから、ここが女遊びをするところなのだと分かってしまう。
オレは、暖簾のように飾られたレースをくぐって店の奥に行くと、カウンターがあり、中はバーのようになっていた。
男たちが数名飲んでいて、隣には若い女がくっついている。
キャバクラのようだが、どうやら飲みながら気に入った女の子を選び、その女性と店の奥に連れ立って消えていく男が居ることに気が付いた。
「気に入った子と、飲んで、意気投合したら、店の奥に休憩部屋を用意してますんで、お楽しみくだせえ」
案内してきた客引きがそう言うと、彼は直ぐに店から出ていって、また客引きに向かったらしい。
オレは、とりあえず、バーカウンターに腰かけ、マスターに酒を注文した。
すると、程なくして、オレの横に若い女が腰かけた。ウェーブのかかった明るい髪をしていて、大人びた印象がある。
身にまとっている服装は、まるでパレオのようなほとんど水着だった。踊り子ってヤツを想像するヘソが出ているビキニスタイルは、その女に実によく似合っていて、美しい。
「いらっしゃいませ。お兄さん」
声は、少し幼かった。まるで少女のように舌足らずで、見た目とのギャップに、男はクラっといってしまうだろう。
オレも、流石に内心「オウイエー」と思っていた。
普段、傍に居る女性が、サクラのちんちくりんなフェアリーだから、等身大のグラマラスな女性が隣に寄り添っているのは、胸が高鳴る。
「アタシ、ジル。よろしくね」
「よろしく、ジル。綺麗な肌をしているな」
「ありがと、嬉しい。お兄さんも、凄くかっこいい……」
男を悦ばせる話術に長けたジルは、会話をしているだけでとても楽しくなる。
こちらを見つめてくれて、苦しさに共感し、慰めてくれる。
実際のところ、リアル世界では社畜をしているオレにとって、溜まっているモノは多い。日頃溜めた鬱憤は、かなりある。
上司が気に入らないとか、毎日朝から晩まで長時間労働だとか、そんなに頑張っても、昇進なんてしないという愚痴を、オレはいつしかジルに零しまくっていた。
酒も進み、ジルに何倍目かの酒を注いでもらいながら、オレは気分が良くなっていた。
「ねえ、お兄さん。いつも頑張っているから、アタシがマッサージ……シテ、あげるよ」
「ゴクリ」
ゴクリ、と飲んだのは酒であって、生唾ではない。
……多分。
ジルはオレの手をそっと握り、耳たぶにキスをしそうな距離感で、そっと囁いた。
ジルの髪から甘く清涼な果実の香りがしていて、オレは暫し骨抜きにされていた。
「いこ?」
「あ、ああ」
ジルに促されて、店の奥の『休憩部屋』に手を引かれていく。
酒が丁度気持ち良く回っているタイミングを計っているのだろうか、確かに今、オレは随分といい気分だった。サイフの紐も緩むだろう。
色々と、この店で働くジルの手腕が垣間見えた。
ジルの細い指先に絡まれた手を引かれながら、オレは店の奥の通路を進み、小さな個室に入った。
そこは、店先で嗅いだ甘ったるいお香が焚かれていて、頭の中をぼんやりとさせる。まるでマタタビを嗅いだネコみたいに、オレはとろんとした顔をしてしまった。
部屋は狭く、ベッドと小さな明かりだけしかなく、本当に、そういう行為をするためのシンプルな造りだった。
ジルは、オレをベッドに腰かけさせると、オレの前に立ち、潤んだような瞳で熱くこちらを見つめてくる。
(……いよいよか)
『仕様』の壁がある以上、街では完全な全裸になることはできない。
この遊郭だけが特殊な雰囲気に纏わりつかれているから、別世界のように映って、このエリアだけの特別な『仕様』でも組まれているかもしれないと思われるが、オレの能力『デバッグツール』は、この空間も、通常の『仕様』で間違いないことを示していた。
ここでは、全裸にはなれない。それが絶対のハズだ。
装備を全て外しても、質素な下着姿を晒すだけなのが、普通だ。だから、客引きの男が言った『アレ』とか『ソレ』が露出することはない。
「他の店でも、こんなサービスがあるのか?」
オレはジルに訊ねた。ジルは首を振り、くすりと笑う。
「ううん、この店だけのヒミツのサービス。他の店だと、下着までで精一杯だけど……」
ジルはベッドに腰かけるオレほ頬に人差指をつぅっと、なぞり悪戯な眼をしていう。まさに小悪魔って感じだった。
「ここでは、全部、脱げるんだよ」
「なぜだ」
「ヒミツの、方法があるの。さあ、眼を閉じて……。全部、脱がせてあげる」
オレは、ジルの指先でくすぐられながら、周囲の状況のデータを取っていた。
焚かれているお香は、単なるリラクゼーションの効果がある薬草を焚いているだけだ。
ベッドも簡素なごく普通のもの。何か特殊な仕掛けがあるようにも思えない。
仕様を打ち砕くような仕掛けをオレは、探るが、部屋や空間に秘密があるというわけではない様子だった。
「脱がせて、くれるのか」
「まずは、全部脱ぐの。脱いだものは、そこの籠にしまうから、安心して」
部屋の隅に小さなチェストがある。所持品を一時的に保存するアイテムボックスだ。オレの所持しているアイテムは全てそこにしまい込まれていき、持ち物が空っぽになった状態となった。
つまり、装備も全てその箱の中に入れたため、オレは今、下着姿になっていた。
これ以上は脱げない。そういう仕様だ。
「これ以上脱げない」
「じゃあ、次は、この服を着て」
「……こいつは……『力士のマワシ』か?」
力士のマワシは、男性専用の装備アイテムだ。女性は装備できない腰巻で、装備すると、守備力のみならず、攻撃力と強力な耐性を獲得できる。
勿論、男に装備できない女性用装備もある。ジルが着込んでいる、『誘惑の衣』も、まさにそれだ。
「雰囲気でないな」
オレは力士のマワシを装備してみて、あまりにも場違いな出で立ちに気持ちが萎えてしまいそうになる。
「もう少し、我慢して」
そう言うと、ジルは自分の所持アイテムを再確認している様子だった。オレもジルも、今身に着けている装備以外は全てあのチェストに保管している。
もしやあのチェストに秘密でもあるのかとオレは調査をしてみたが、これも普通のチェストに過ぎない。預けたアイテムも消えているようなこともなく、そこに鎮座しているままだ。
「じゃあ……覚悟、いい?」
「アレもソレも、全部、か?」
「そう、アレも、ソレも……。何もかも……❤」
ジルの美しい品やかな身体がくねくねと踊った。そして、腰を振りながら魅惑のダンスでオレに絡みつくように腕を伸ばしていく。
オレは何をされるのか、色んな意味で期待に心臓をドコドコと言わせていた。
※トレードが申請されました※
「アイテムトレードだって?」
「そう。それで、今装備している『力士のマワシ』をアタシに渡して❤ その代わり、アタシから、今装備している『誘惑の衣』をあげるわね」
トレードをしたところで、その装備は異性には装備不可能だ。
オレと、ジルは、下着姿になるだけのはず――だった。
トレードが成立した。
オレは唯一持っていた、装備中の『力士のマワシ』をジルに渡し、ジルもまた、唯一装備していた『誘惑の衣』をオレに手渡す……。
※装備不可アイテムのため、装備が適応できません※
そんなテキストが、オレの『デバッグツール』の能力に表示される。
その結果が、今、目の前に御開帳していた。
「……ッ!!」
オレは言葉を失っていた。
ジルは――装備していた誘惑の衣を装備しておらず……。オレもまた、マワシが取り外され……。
「フフ、ホラ……。ま・る・み・え❤」
普通なら、そこには最低限の下着が表示されるはずなのに、それがなかった。
オレも、ジルも一糸まとわぬ姿を晒して、アレもソレもしっかりと見えてしまっている。
「こ、これは……!」
「うふふ、どう? アタシの、アレ」
「そうか……。装備アイテムが何もない状況を組み立てた時、性別専用アイテムをトレードすることでバグが出たんだなッ」
恐らく、開発……いや、この場合『神様』か。神様が、組み立てた仕様を崩す不具合が、この特殊な状況の時だけ発生するのだ。
通常、装備をトレードした時、その装備可能の箇所に装備可能なら、即座に装備をするように出来ている。
単純な話だ。
着ている服を交換しようと、言い合い、服を脱いで手渡された時、誰もが直ぐにその服を着ようとするだろう。
人間とはそういう動物だ。服を着込むことを必要とする動物である以上、裸で人前にいることを極力避けようとするものだ。
その『仕様』が、この条件の時に異常を発生させている。
装備を交換しようとして、それが異性専用アイテムだった場合、装備不可能な状況になる。
すると、何も身に着けていない状態になってしまうのだが、通常はそれでも下着が最後の防壁になるのだ。
だが、下着の形は、性別によって違う。
男はトランクス型の下着だし、女性は胸と股間を隠すスタイルだ。
オレは、女性専用の『誘惑の衣』を装備しようとして、それが出来なくなったことで、何も付けてない状況になるが、その時、誤作動が発生したのだ。
女物装備を身につけようとした結果、不可能となったことによる要因なのか、オレに、女性用の下着が宛がわれようと『仕様』が動いたのだろう。
同様に、ジルにも同じようなことが発生していた。
結果、男のオレに、女性用の下着の設定など存在しないため、全裸になり――。
ジルもまた――、アレもソレも、全部見せてしまうような状況になるのである。
「うおおおおおおおッ!!」
オレは叫んだ。
このバグは、悪魔のバグだ! オレは今、試されているのだ! デバッカーとして、全裸バグを報告するべきか、男として、この魅惑のゾーンを無修正にしておくべきなのか!
せめぎあっていた。光と闇が争い、最終戦争を繰り広げ、オレは悶絶したのである。
このバグを報告しなくてならないという、秩序のオレと、良いバグは残さなくちゃな! という混沌のオレである。
「さあ……シましょうか。とっても気持ちのいい、マッサージ❤」
ジルが色気たっぷりにそう言って、全裸の身体を惜しげもなく晒して迫ってくる。
「オ、オレは……! オレはぁッ!」
頭を抱え、オレは脳神経に走る痛みに耐えるように、苦しむ。
言わなきゃバレないこのバグは、何か多大な問題を発生させるのだろうか? ただ、下着が正常に反映されないというだけの冗談みたいなバグだ。
これで世界が壊れるようなS級のバグじゃない。
このグリッチで、悲しい目にあったり、理不尽なことになる冒険者がいるだろうか?
かつて、神の楽園にいたアダムとイヴは、知恵の実を食べるまでは全裸で過ごしていたというではないか。
そう、僕らはみんなアダムとイヴだ!
何を言っているのか訳も分からないが、オレはもう正常な判断が分からなくなってきた。
目の前には美しく艶めかしい美女の裸身があり、オレに絡みついてくる。
「い、いいかも……」
オレは男として屈しそうになった。
別に、いいか、今日は仕事でここに来たんじゃないし。
そんな言い訳みたいな台詞が心を、精神を支配していく。ジルの肉体の柔らかさと良い香りに全身を委ねようとしたその時……。
※サクラさんがログインしました※
「ッッッッ――!?!?」
ガバリとオレは跳ね上がるように、ジルの身体から引き剥がれ、冷や水でも被ったみたいに身体を硬直させた。
「ど、どうしたの?」
驚いているジルを前にして、オレは仁王立ちで天に向かって吠えていた。
「カミサマ! バグってます!!」
――と。
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