迷いの森の神隠し
「ここが例の事件現場か」
「うん、迷いの森。ここに迷い込んだ冒険者が次々と行方をくらましているらしいわ」
「迷いの森なんだから、当たり前だろ」
サクラのデバッグ依頼にしたがって辿り着いた森は光を遮る緑で覆われ、むわりとする草花の匂いが強い樹海だった。
辺りを見回しても景色が掴みにくく、風に揺られる草木が躍り感覚を狂わせていく。
「……出現するモンスターも随分と面倒なヤツが多いな」
「毒や、マヒ……混乱なんかで冒険者を惑わせてくるものばっかりだね」
「迷いの森は、伊達じゃないってことか。しかし、これだけ冒険者を彷徨わせるための仕組みばかりなら、冒険者が行方知れずになるのは仕様だろ」
そもそも、態々、迷いの森と銘打っているのだから、冒険者が迷って行方不明になるのは『仕様』だろうと思った。
オレたち異世界デバッカーを派遣してまで、冒険者の行方を追うのはおかしな話だと思っていた。
「行方不明ならいいんだけど、どうも『神隠し』にあっているらしいの」
「神隠しって……どういう意味だ?」
行方知れずになることを、神隠しというんじゃないのか?
オレは疑問がそのまま表情に出ていたようで、サクラがなぜかその顔を見て調子付く。マウントが取れると思ったのだろう。
にんまりと笑って、小さな十センチくらいの身体をひらりと舞い上がらせ、光をまき散らす。
「冒険者がここで迷って死んじゃったとしたら、遺体がこの森に遺るでしょ。でも、その遺体さえ見つかってないんだって」
「遺体が……消えたって?」
「遺体っていうより、冒険者の痕跡そのものが消え失せちゃってるみたいなの」
「なるほど、神隠し……。ちょっとしたホラーだな」
迷い込んだ冒険者が『消失』してしまっている、ということだろうか。
「その原因を調べろってこと」
「なるほど、了解」
とりあえず、この迷いの森をしっかりと調べまわってみる必要があるだろう。何かしらのヒントが隠されている可能性もある。
うっそうと茂る草木をかき分けるようにして、進みながら、時折飛び掛かってくるムシのモンスターを切り伏せ、オレとサクラは適当に森を歩き回っていった。
「あれは……ラフレシアか」
「食人植物モンスターだね。花粉で身体の自由をうばってから、動けなくなった冒険者を生きたまま消化していくんだって。あと、臭い」
「この臭いで、先にラフレシアがいると判別できるから、油断をしていない限りはラフレシアに消化されることもないだろう」
強烈な臭気に鼻がやられそうになるが、そのおかげで、この奥にラフレシアがいると判断できる。態々危険な食人植物のほうに向かおうとする冒険者もいないだろう。
「ラフレシアに溶かされて骨もなくなったとかじゃないのかな」
「ラフレシアが消化できるのは、肉だけだ。骨は遺る。痕跡がきれいさっぱり消え失せるって話なら、該当しないだろうな」
「うーん」
二人で鼻をつまみながら話すものだから、少しばかり息苦しいし、鼻声での会話は聞き取り辛い。
オレとサクラはさっさとラフレシアの匂いから退散して、また森を彷徨い歩くことになった。
「この迷いの森に挑む冒険者ってのは、何を目的にしてるんだ?」
「ええと……ここはものすごく美人の魔女が隠れ住んでいるんだって。森で迷いやすいのは、魔女の魔法によるものもあるみたい。その魔女の隠れ家には、古代のマジックアイテムが沢山あって、凄く価値があるんで、冒険者が命を懸けて挑むみたいだね」
「美人の魔女ねえ……ちょっと見てみたいところだな」
「……男ってやつはこれだから!」
「お前だって、イケメンの王子が見てみたいって、王宮に行っただろうが」
「だって、この世界の人って、日本人離れした顔立ちで美形が多いんだもん」
サクラはミーハーなことを言うが、オレも正直言うと、その意見に同意している。
この世界は異世界ファンタジーの例にもれず、美男子や美女をよく見かけることができる。
その辺の村の看板娘が、眼を見張るほどの美少女だったりするものだ。
サクラもその容姿は、可愛らしい妖精だし、オレもクールな外見のイケメン剣士だ。
異世界ファンタジーの世界の中でくらい、イケメンや美少女になってみたいという憧れがあるのは誰もが同じなのではなかろうか。
「とりあえず、魔女の住処ってのを捜してみるか」
「ハーイ」
雑談をしながらも、凶悪なモンスターを殴りつけて倒すサクラと共にオレは森の様子を観察しながら、何かの痕跡がないものかと探偵みたいに神経を使っていた。
何の痕跡もなくなっているとはいう物の、オレたち異世界デバッカーの能力『デバッグツール』でなら、何かに気が付けるかもしれないと思ったのだ。
丁度、サクラが巨大なヘビのモンスターをブチのめした時、もしやヘビに丸のみでもされたのかと、ヘビの腹を掻っ捌いてみたりもしたが、腹の中にはしっかりと骨が残っていた。
「ヘビやカエルモンスターに、飲み込まれて死んだ冒険者もいるみたいだな」
「人骨があるから、痕跡があるね。依頼された神隠しとは状況が違うかー」
「……ん?」
オレはヘビの腹の中に散らばる人骨を調べながら、遺留品の中に『コンパス』があることに気が付いた。消化されずに残っているのは、このコンパスが特殊な魔法で守られているからだろう。
「魔法のコンパス?」
「普通のコンパスを使っても、磁場がゴチャゴチャしてて、針がグルグル回るみたいだけど……」
オレはその魔法のコンパスを使ってみると、針が特定の方角をきちんと指し示し、ピタリと停止しているのを確認できた。
「魔力を感知しているのか? つまり……このアイテムは、魔女の住処に辿り着くためのヒントアイテムってことか」
「これがあれば、迷わないってこと?」
「自分がどっちに進んでいるのかを把握できるだけで、迷子にはならないからな」
オレは、コンパスが示す針の方角を見やり、そちらへと向かおうと考えた。
道なき道を進みつつ、臭いがキツイところは避けて進むと、また方向感覚がおかしくなってくる。
コンパスがないと、やはりこの森では迷ってしまうことだろう。
「……あれ?」
「どした?」
コンパスをみながらサクラが首をかしげていた。その挙動は少し萌えるもので、中身がサクラじゃなければオレはドキンとしていただろう。
「ちょっと戻って」
「え? 戻る?」
戻ると言っても、辺りは草と木ばかりでどっちかどっちか分からないようなものだ。道もないし、戻ると言われ、オレは一瞬戸惑った。
仕方ないので、そのまま、そっと後ろに後退する。
「……あれぇ~?」
「なんだよ、気になる声だして」
「コンパスが変なんだケド」
サクラが両手で抱えるサイズのコンパスはオレの掌に乗るくらいの大きさで、オレとサクラのサイズ感の違いを感じさせるが、今はそんなことはどうでもいい。
オレはサクラを右手に乗せて、左手でコンパスを確認する。手乗りインコみたいにオレの右手に腰かけるサクラと一緒にコンパスの針を覗き込むと、針はしっかり、特定の方角を刺している。
「特におかしなところはないぞ」
「そのまま進んでみて」
「……分かった」
オレはコンパスを覗きながら、一歩進み出た。
すると――。
グリン!
「!?」
コンパスの針が突然百八十度方向転換したのだ。
「このコンパス、壊れてる」
サクラが奇妙な挙動をとったコンパスに愚痴を零したが、オレはそう思わなかった。
そして、もう一度、後退してみた。
すると、またグリンと針が動き、百八十度切り替わる。
また一歩前にでると、針はまた逆を示すことになるのだった。
「……この針が、魔女の住処を指示しているとして……この挙動の説明をするならば……目標が移動している可能性が考えられる」
「移動? 魔女の住処が?」
ピンと来ていないサクラだったが、オレもその案は自己否定をしている。
動く住処というものがないとも限らない。だから、可能性として挙げてみたが、オレはもう一つの可能性のほうが正解だろうと高をくくっていた。
「しかし、オレがこの場所を一歩、行き来するだけでコンパスの針が真逆を示すのは、目標物が移動しているという仮定とは別の可能性に繋がると思う」
「????」
呆けた顔をして、掌に腰かけているサクラがこちらを見上げていた。間抜けな顔をしているのが、どこか愛嬌を感じる。
「何言ってるか分かんないって顔してんなよ」
「いや、わけわからんし」
「単純な話だよ。移動しているのは魔女の住処じゃなくて、オレたちのほうだって話だ」
「移動はしてるじゃん。一歩だけだけど」
「そこがポイントだ。この一歩を踏み出すだけで、突然針が真逆を示すようのは、どう考えても奇妙だろ」
「うん」
そこで、オレは『デバッグツール』を使用した。今回はそれを利用し、現在の位置を確認するための座標を確認する。
座標はX、Y、Zで表示され、自分が現在迷いの森のどの地点にいるのかを数字として確認できるのだ。
「現在の座標はX500、Y70、Z200か……ここから一歩踏み出すと……」
普通ならば、一歩踏み出したならば、XかY軸あたりが一つ増えたり減ったりする程度なのだが……。
「えっ!?」
サクラが座標をみて驚きの声を零す。
オレがたった一歩を踏み出しただけで、座標がまるで違う数字を示していたのだ。
「Xが0になった!」
X軸が、0を示し、YとZ軸は数値が変わっていない。それはすなわち、オレたちが大幅に座標を移動したことを示していた。
「……これが魔女の仕掛けた魔法の仕組みってわけか」
周囲の景色は似たり寄ったりで、座標を大きく移動しても気が付かない。
しかしオレ達は今、X500軸から、突然0軸にワープしたのだ。そして、また一歩後退しなおすと、Xは500を示した。
「ここから一歩、踏み出すと、気が付かないうちにワープしているんだな」
「迷いの森の、冒険者を惑わす魔法のギミックなんだね」
だから、コンパスが急に変な方角を示すのだろう。恐らく、魔女の住処はX軸の0と500の丁度中間、250付近にあるのではないかと思われた。
「厄介な仕組みを持った迷いの森ってことか。……でも、それだけでは、神隠しの謎は解決しないな……」
「魔女が冒険者を攫ってるのかな?」
「……一応、調べてみるか」
オレとサクラは、結局のところ、デバッグツールの機能を使い、座標を操作し、好きなところへワープできるため、魔女の住処まで能力を使って移動した。
チート能力であり、冒険者たちからすればズルをしているようなものだが、オレたちは冒険者ではない。異世界デバッカーであり、神サマに依頼されてバグ探しをしているヒマな人間だ。
結局のところだが……。
魔女の住処へやってきて調べてみたものの、冒険者が消え失せた理由らしい理由は見付けられなかった。
ちらりとウワサの美人の魔女を覗き見たが、非常に、目のやり場に困る服装をしており、大満足だった。ファンタジー世界特有の、露出度の高い胸元が開けた妖艶なドレス姿の北欧美女な魔女は、リアルでは中々お目にかかれないだろう。
「クラウド」
「なんだ」
「エロい目してる」
「……そういうの、分かるのか、お前でも」
「お前でもってなんだあ!」
ドゴン、と強烈なサクラの腹パンがオレに決まった。
昔のマンガじゃあるまいし、今時暴力系ヒロインは流行らないぞ、サクラ……。
「……仕方ないだろ、だってお前、妖精の外見だし、正直なところ、子供にしか見えないんだから」
「見た目は子供、中身は女!」
なぜ、胸を張って言うのか。
それもぺったぺたの胸を。
サクラが実際どんな女性なのかは知らない。
オレはこの異世界での妖精のサクラしか知らないから、サクラはなんというか、女性というよりも、ファンキーな妖精って印象しかないのだ。
考えるまでもなく、オレと同じで、サクラだって、リアルではただの女性だろう。学生か社会人かは分からないが。
オレだって、リアルな姿はイケメン剣士でもなんでもない。冴えない社畜だ。
なんとなくだが、オレとサクラはリアルでのことは話すことはない。
別にそれをタブーにしているようなこともないが、ネトゲプレイでリアルのことを無駄に口にしないのと同じ感覚だった。
「やっぱクラウドも男なんだね」
「そりゃそうだろ。男だよ」
「ねえ、クラウドってさ……友達、いる?」
「……なんだよ、それ」
サクラが責めるように、というよりも、窺うように訊ねて来たので、オレはどう答えたものか逡巡した。
オレのことを、友達いなさそうと嗤うのなら、適当に返したのだが、そういうトーンの口調ではなかったのだ。
本当に、純粋にオレの友人関係を聞いてみたいと訊ねている様子だった。
あまり、リアルのことを話さない二人の間に、そのくらいは話しても良いかという関係性が組み立てられつつあるのだろうか。
「……友達ってさ、大人になると居なくなるもんだ」
「いないんだ」
「……そうだな。適当な付き合いをしているヤツならいくらでもいる。でも、なんつーか……こいつになら弱みを見せられる、みたいなヤツはいない」
「そっか」
短く頷いたサクラの声が少しだけ嬉しそうというか、明るかった。
「お前も友達いないんだろ、分かるぞ」
「むう!」
膨れて見せるサクラだったが、その反応は余裕があるからこその反応だ。
どうやら、サクラも親友と呼べるような存在はいないのだろう。なんとなく、そんな風に感じた。
似た者同士、そんな感覚はしていたのだ。
リアルが冴えず、異世界に旅行にくるようなオレたちは、やはり、現実世界にいまいち、釈然としていないというか、自分の居場所じゃないような、そんな感覚を持っていた。
「リアルから、この世界に来るときって、神様からスマホに通知くるよね。お仕事の依頼」
「ああ、そうだな」
「それで、行ってもいいかもって思ったら、ここにきてるよね」
「だなあ、フワっとした感じがして、眼を開けると、この世界だ」
「それって神隠しってことになるのかなー?」
ふむ、とオレは何気ない会話のなかで腕を組み思考する。
オレたちが、異世界にこんな感じで召喚されているのは、ある意味神隠しだろう。
オレたちにこんな奇妙なことが起こっているのだから、この世界の人間が、逆にオレたちの世界に召喚されていたりするのかもしれない。
それが、今回の『神隠し』騒動だったとしたら……。それは異世界転移のヒミツを紐解くチャンスかもしれない…………。
……やめた。
くだらない。別にこの異世界に連れて来られる秘密を探りたいとかは思わない。
オレはあくまで、この異世界デバッカーをしているのは暇つぶしにすぎない。
サクラも多分、同じだ。なぜオレたちが、異世界に連れて来られてデバッグ作業をしているのか、そんなの、ぶっちゃけどうでもいいのだ。
オレは、この異世界デバッグを、気に入っている。
態々、この世界のヒミツを解き明かそうとはしない。それでいい。今は、このままでいいと思っている。
「オレたちのことより、この世界の神隠しだ。冒険者が消えちまう依頼、調査を再開しようぜ」
「うん。ねえねえ、クラウド。私ちょっと思いついたことあるよ」
「ん? なんだ?」
珍しく、サクラがそんなことを言うので、オレは素直に興味深く顔を向けた。
すると、サクラはなんだか嬉しそうな顔をして、オレを見つめ返していた。まるで、小さな子供が親に自慢げに知識を語ろうとしているようだ。
子供だというと、また怒り出しそうだったから、口には出さなかったが。
「さっきの、座標がいきなり変わっちゃうところ、もう一度戻ろう」
「分かった」
オレはサクラと共に、さっきの方向感覚を狂わせる座標へと戻って来た。
一歩踏み出せば、X軸が全く違う場所に移動してしまうところだ。
「どうするんだ?」
「今、私たちがいるのは、X500の座標だよね。で、そこを一歩先に逝くと、501じゃなくて、0にワープしちゃう」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、X501の座標に移動はできないのかなって気になったの」
「……普通に移動しても、できそうにないが……」
「うん。だけど、さっきの魔女の住処で、私、魔法の杖を見付けたよ」
「……いつの間に」
「クラウドは、魔女のおっぱい見てるとき」
「……う」
じろりと、サクラがオレを睨む様に、悪戯な顔をした。
だが、それ以上は咎めることなく、デバッグツールのコマンドを操作して、その魔法の杖らしきアイテムを出現させた。
なかなか立派な杖で、長さにして一メートルはあるだろうか。先端には魔力の込められた神々しい鉱石がはめ込まれ、ぼんやりと光を浮かばせていた。
「どんな魔法の杖なんだ?」
「この杖はね、ちょっと変な効果のある杖なんだ。攻撃とか、回復とかそういうのじゃないの」
そう言いながら、小さな十センチの身体でありながら、サクラは一メートルの杖を抱きかかえるようにして持ち、オレのほうに向けた。
ぱっとみると、杖がひとりでに浮かんでいるみたいな光景になっていたが、妖精が涼しい顔で持ち上げているに過ぎない。
「そこに立っててね」
「あ? おう」
言われるまま、オレはそこで立ち尽くすと、サクラは少し距離を取って、魔法の杖の光る部分をオレに向け、照準を定めた。
「お、おい。オレを撃つ気か?」
どうやら魔法の実験台にされるようだ。どんな魔法効果か知らないが、できればあまり受けたくはないものだ。
「大丈夫大丈夫。ほら、いくよ!」
ブウン!
魔力が激しく光を放ち、杖の先端から光線のように射出された。
それはあっという間に、オレの身体を撃ち抜いて――。
――オレは一瞬にして、移動していた。
突如切り替わった光景に、眼を白黒していると、サクラが状況を説明してくれた。
「この杖は、杖を使った人と、その魔法を受けた人の居場所を交換するの」
「つまり、入れ替わることができるのか」
「うん。移動させたいけど、梃子でも動かないような人を移動させるための魔法の杖。これを利用しないと入れないダンジョンがあったりするんだ」
「へえ、詳しいな。流石センパイ」
素直に褒めてやると、サクラは、少し赤らんだ顔をして、恥ずかしそうに笑顔を零した。
「この杖を使って、X500からX0の人に魔法を使うとどうなるかな?」
「……!? なるほど……それは面白い発想だな」
「えへへ」
オレが関心をすると、サクラは嬉しそうにしてみせたのが、ちょっとばかり可愛かった。
「やってみるか……!」
「うん!」
オレたちは、場所にそれぞれ移動した。
オレはX500の場所に立ち、サクラはそこから一歩進み、X0の座標を示す場所に移動する。
本来なら、まるで離れている座標だが、魔女の作った魔法のためか、すぐ隣にいるようにも見えているから不思議だ。
恐らく空間が歪んでいて、ここを行き来することで、ループするような構造になっているのだろう。ようするに、オレとサクラはループの境目にいるわけだ。
「いくよ!」
「いつでもオーライ」
サクラが杖を使用すると、オレに向かって真っすぐ『場所入れ替え』の魔法が発射された。
オレにその魔法が直撃し、オレとサクラはそれぞれの場所を入れ替える――。
――はずであったが、その瞬間、オレとサクラは奇妙な闇の中に居た。
「……ここは……どこだ?」
「えっと……座標なし……。マップの精製に失敗……。オブジェクトnullって書いている」
「要するに……、バグったってことか」
「これが神隠しの正体、かな」
「お手柄だな、サクラ」
「……」
今回はサクラの発想の勝利だろう。別にオレとサクラでデバッグ勝負をしているわけではないが、今回は明らかにサクラのお手柄である。
オレは今日は少しばかり腑抜けていたようだ。
オレの素直な賛辞の言葉に、なぜだかサクラは黙り込んでいた。
また何か気に障るようなことでも言ってしまったかと、訝しんだが、サクラは俯き加減に、なにやらぼそりと呟いた。
「……って……」
「あ?」
俯きながら、小さな声で何かを言ったので直ぐに聞き取れなかった。
オレは奇妙な闇の空間の中で、サクラに顔を寄せ、訊き返した。
「もう一回、言って」
「あ?」
「もう一回褒めてよ」
「……なんだ、お前欲しがりさんかよ」
「……いーじゃんか」
「やだよ、褒めない」
「なんでさー!」
「褒めてって言われたら、褒めたくなくなるのが心理だ」
「クラウド、友達いないでしょ!」
「そう言っただろ!」
二人で暫く、『無』の空間で騒ぎ立て、何でもないような言い合いをして熱を上げる。
とりあえず、今回のデバッグ依頼はこれで解決だろう。
オレは、この異世界が気に入っている。
それは間違いない。
現実では体験できないことばかりだし、それになにより――。
「言えよ、このムッツリ野郎!」
「言わねーよ、DV妖精」
――この相棒とのやりとりに、なんだか胸が躍るのだ。
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