たった一つの、君のちから

「なぁサクラ」

「なぁにー?」


 異世界デバッカーとして活動してもう一か月以上は過ぎた。

 この珍妙な妖精との関係もそれなり続いていて、ちょっとした言い合いをすることはあれど、寧ろそれはお互い気兼ねなく文句を言い合える間柄になれたってことで、親交は深まっているって考えてもいいだろう。

 オレは常々気になっていたので、いい機会だとサクラに話を振ってみた。


「お前、なんで異世界デバッカーやってるの?」

「えー、ヒマつぶし?」

「ああ、そう」

「クラウドもそうでしょ? 別に何かのためにこんなことやってるワケじゃないでしょ?」

「そうだなあ、別にこの異世界デバッカーやったところで、何かしら見返りがあるわけじゃないし」


 美しい草原の中を走る街道を馬車に揺られながら、オレとサクラはまったりとした時間を楽しんでいた。

 ぶっちゃけて言うと、この世界でこうして過ごせること、そのものが割といい娯楽になっている。

 なんというか、週末にちょっと軽井沢に旅行に行きます、みたいな感じで、オレの住まう都心では味わえない正常な空気や、眼を見張るような幻想的な景色を楽しめることが楽しかった。

 刺激が欲しいときはダンジョンに生き、モンスターを退治するという過ごし方もできるし、現実世界ではできない魔法を使うと言ったエンターテイメント性もある。

 特に何か見返りが欲しいから異世界デバッカーをやっているわけじゃない。

 サクラの言葉は雑なものだったが、しっかりと確信を突いていた。


「ヒマつぶし、か。確かにな」


 現実世界で旅行に行くのだって、ある意味暇つぶしだろう。ゲームしたり、カラオケに行ったりするのだって同じだ。

 それがオレたちにとって異世界でデバッグすることになっているだけだ。


「なんというか……リアル世界に、魅力を感じないよな」

「分かる。全然つまんない」


 率直な言葉が口から零れ、異世界で楽しく過ごしていると、本当に今自分が暮らしている世の中が面白くないものだと如実に浮き彫りとなるのだ。

 どうも、オレとサクラはそのあたりも同じ考えをしているようで、波長が合っていた。多分だが、そこが通じ合っているからこそ、オレたちはそれなりに仲良くやっていけているのではないかと思った。


「ねえ、ほらクラウド見てよ」

「あ?」


 馬車の荷台からサクラが指さす方を見やると、草原に鹿と馬を足して二で割ったような動物が親子連れで草を食べている。


「こんな景色、東京じゃ見れないっしょ」

「だなあ」


 ――なんとなくだが。

 サクラは東京に住まう女性のらしいと察していた。

 サクラも、オレが東京在住のサラリーマンらしいことを察している様子だが、特にお互い自分自身のことを話し合ったりしたことはない。

 なんというか、リアルの自分と区別できるこの世界で、リアルの自分をさらけ出すのは無粋に思えていたからだ。

 こんなにファンタジーの世界なのに、目黒区のアパートで毎日コンビニ弁当食って生活してるなんて話をしても、気持ちが冷めるだけだ。


「ねっ。良かったっしょ。馬車で移動」

「……そだな」


 オレたちは今、デバッグ検証の依頼のため、現地に馬車で移動を行っていた。

 オレたちにはデバッグツールという伝家の宝刀があるため、移動なんてパパっとワープで好きなところに移動できるのだが、それをせず、馬車でのんびり行こうと提案したのが先輩妖精デバッカーのサクラだった。

 早く仕事を終わらせようという考えは、リアルな企業戦士のオレにこびり付いた唾棄すべき感覚で、別にこの仕事は強制されてやっているわけでも、賃金が貰えるからやってるわけでもない。

 気が向いたから手伝っている、程度の感覚だ。

 無責任と言われてしまうかもしれないが、そもそも『責任感』ってなんだろうとオレは首をかしげる。


 サクラの提案した、のんびりデバッグ旅行は、やつれ果てたオレの心に潤いを与えていた。

 正直言うと、サクラの提案には感謝をしていた。まぁ、あいつに『ありがとう』なんて言うつもりはないが。(調子に乗るから)


 ゴトゴトとノンビリ移動する馬車の荷台に揺られ、オレはリンゴに似たこの世界の果実を取り出すと、そのままシャクリと咀嚼する。

 甘く酸っぱい味が舌の上で広がって、喉が潤うと、それはそのまま自分の体力になっていくのを実感できる。

 異世界とはいうものの、この世界は滅茶苦茶にゲームチックだ。

 物を食べると、ステータスが回復し、ちょっとしたバフがかかったりする。オレが齧った『ラップル』というこの果実もそうだ。


「冒険者さん、こんなウワサ知ってるかい?」


 不意に声をかけてきたのは馬車の御者だ。

 初老の男性で、しわだらけの顔に濃い髭を蓄えている。太った腹はたぷんとしていて、愛嬌がある。


「ウワサ?」

「そうそう、その食べてるラップルのウワサだよ」

「ラップル……、いや聞いたことがないな。どんなウワサだ?」

 行商人の御者は、のんびり行く馬車を走らせながら、ゆったりした口調で話し始めた。

 なんとなくだが、タクシーの運ちゃんみたいなノリだなと、オレは思った。

 意外とどの世界も、奇妙なウワサを語るのは、多くの人と話をして来たそういう運び屋という人種なのかもしれない。


「その何の変哲もない果物のラップルなんだけど、実は伝説のアイテムの一つだっていうんだよ」

「……どういうことだ?」

 ラップルは、それこそリアル世界のリンゴ同様に、この世界ではポピュラーな果物の一つだ。入手しようと思えば子供でも獲得できるだろう。

 それが伝説のアイテムの一つ、というのは眉唾なウワサにしか聞こえない。

 しかし、オレたちは異世界デバッカーだ。

 この世界の奇妙なウワサは、何か『バグ』に繋がる可能性がある。しっかりと確認しておくことは後々に置いてデバッグ作業を楽にさせたりもする。


「伝説のアイテムは全部で六つ。全てを集めると、神の力を獲得できるなんて噂話があってねえ」

「その一つがラップルなのか?」

「だって聞いたよ。他の五つが何なのか、ワシは知らんけどなぁ」

「六つ集めると願いが叶うって、どっかで聞いたような話だな。あっちは七つだけど」


 そう言う場合、普通なら貴重なアイテムを六つ揃えるって設定なら分かるが、ラップルがその一つとなると、子供ですら考え付かないような作り話にしか思えない。

 どこぞの酔っぱらいがホラを吹いて出来上がった誰も信用しないバカげた笑い話ってところだろう。


 事実、御者のおっさんもそんなノリで話をしていた。まるで信じてないというバカな話と笑ってくれと言わんばかりの表情だ。

 しかし、サクラがその話に反応し、「それ知ってる」と言葉を繋いだ。

 オレはサクラに目を見張った。

 こいつが酔っ払いの正体だったのかと思ったのだ。


 そんなオレの目線に、気が付いているのかいないのか、サクラはその六つのアイテムのウワサを面白そうに語り始めた。


「伝説の六種類のアイテムの一つ、私が聞いたことがあるのは『ンゴンゴの腕輪』だった」

「なんだその名前は……」

 ンゴンゴという微妙な名前のアイテムにオレは完全にあきれ顔になった。

 しかしながら、デバッカーとしての血が騒ぐため、そのアイテムが実在するのかどうか、デバッグツールでそっと確認をしてみたところ……。

 確かにそのアイテムは実在していた。

 『ンゴンゴの腕輪』南西の孤島にある祭壇に祀られているアイテムで、所持していると『おならの匂いを消すことができる』という微妙過ぎる能力を持っていた。


「……ジョークアイテムか何か?」

 完全に神様のお遊びで造られたようなアイテムにオレは渇いた笑いさえもでなかった。


「まぁ、これを態々取りに行こうって冒険者はいないよねえ」

 サクラも苦笑いをしていたが、そんなアイテムが伝説のアイテムの一つというウワサになっているのは、少しひっかかりを覚えた。


「特に用途はないふざけたアイテムに、意味を持たせようとしてそんなウワサが出回ってるんじゃないか?」

「だったら、ラップルはどうなるの? 用途はいくらでもあるよ。パイにしたり、ジュースにしたり」

「……それもそうか。まぁ、眉唾モノなウワサ話だし、真面目に考えるだけ損ってもんか」

「えー? そうかな。だって、伝説の六つのアイテムがあるってウワサそのものは、共通してたんだよ。だとしたら、やっぱりそのウワサって本当かもしれないじゃん」

 サクラはまだ食い下がってくる。

 いつも物を壊すことばかりに関心を示すサクラにしては、意外だった。


「なんだよ。気になるのか?」

「ウワサとか、都市伝説とか、好きなんだよね」

「女子っぽいなぁ」

「女子ですけど?」


 なるほど、ウワサ話が大好きで、話題に華を咲かせたいというのは女子特有の感性か。

 他愛ない話をして、気持ちを共有しあうのが、女子会の醍醐味だと聞いたことがある。サクラも一応女の子ということか。


「なら、もうちょっと考えてみるか。……他の四つの伝説のアイテムを聞いたことはないか?」

「ワシはラップルの話しか知らんなァ」

「サクラは?」

「ンゴンゴしか知らんゴ」

「……じゃあお手上げだ」

「えー」

 不満そうな声を上げるサクラだったが、現状分かっている『ラップル』と『ンゴンゴの腕輪』の共通点らしいものもないし、これだけでウワサを突き止めろというのは名探偵だって無理難題ってもんだろう。


「もうちょっと考えてみてよ、今日はのんびり旅行するんだし」

 サクラは旅のちょっとしたレクリエーションとして話題を広げようとしている。

 彼女の顔を見ると、どうやら、きちんとした答えが欲しいわけではないようで、どうもこの旅を楽しむためのちょっとした会話ができればいいという程度のもののようだ。


「ったく、しゃあないな。ちょっと付き合ってやるか」

 ヒマつぶし。そう、これはヒマつぶしなのだ。

 やることがなくて、しりとりをするようなもの。

 しりとり……しりとりか。


 ふと、思い至った。

 しりとりは『ン』が付くとゲームオーバーになる。それは『ン』から始まる言葉がないからだろう。

 しかし、この『ンゴンゴの腕輪』なるアイテムがあるこの世界に置いては『ン』から始まっているので、しりとりのルールを覆すことができるだろう。


 オレはもう一度、デバッグツールを確認して、アイテムの一覧表を眺めてみた。

 『ンゴンゴの腕輪』はずらりと並ぶアイテム欄の中で『五十音順』にソートをかけると、『ワーロードメイル』の後ろに表示される。

 他に『ン』がつくアイテムはないだろうかとみてみたが、『ン』で始まるアイテムはこの『ンゴンゴの腕輪』のみであった。

 五十音順でソートをかけると分かったが、このデバッグツールのソート機能は『五十音』順で並び変えると、『あ~わ』が上のほうに表示され、その後、『ア~ン』までが続く形になっていた。そしてその後は『漢字』が用いられたアイテムが並んでいる。いつか見た『天神の槍』なんかもそこに並んでいる。

 つまり、先に平仮名が表示されていて、『わ』の後は片仮名の『ア』が並ぶようなソートを行っている様子だ。そして、『ン』の後ろには、『愛の結晶』というアイテムが表示されている。


「……しかし、色んなアイテムがあるもんだ」

 つらつらとアイテム一覧を眺めながら、オレはなんとなく『ラップル』も確認しておいた。


「……ええと、ハマヤラワ……。ヤユヨの後ろの『ラ』……」


 あった。ラップルがアイテム欄に表示されている。

 『ヨルムンガンドの骨』の後ろに『ラップル』があった。


「……?」


 オレはそこで少し奇妙な感覚を覚えた。


「なぁサクラ。デバッグツールに表示されるアイテムは、この異世界にあるすべてのアイテムで間違いないよな」

「うん。そうだよ」

 御者には聞こえないように、こっそりとサクラに確認を取ると、オレは腕組みをして考え込んだ。

 サクラがそんなオレを見て、興味をもったようで、オレの方に腰かけて一緒にアイテム欄を眺めることになった。


「……妙だな」

「何が?」

「ラップルだよ。よく見てみろ」

「えー? ちゃんと『ラ』のとこに並んでるじゃん。次は『リアの花』になってるし、おかしくなくない?」

「それが妙なんだよ。『ラ』の名前が付くアイテムは『ラップル』しかないってことだろ」

「……そう言われて見たら……、ほんとだ。『ラ』で始まるアイテムは『ラップル』しかない!」

「……大体、こういうファンタジー物の世界観でアイテム欄を確認する時『ラ』で始まるアイテムの中で大抵あるものが、この世界にはないんだよ」

「なにそれ?」

「例えば、『ライトなんちゃら』とかだ。ライトセーバー、ライトアックス。『ランタン』すらないんだぜ。ランタンやランプなんてものもない。『ラ』には色んなアイテムが表示されるはずなんだ」

「ええ? ランプはあるでしょ。私見たことあるし」

「ああ、ランプ自体はある。でもランプの正式なアイテム名は『手提げランプ』になっているんだ。だから、漢字の項目に並んでいる」

「ほ、ほんとだ!」


 サクラは、眼を丸くしてアイテム一覧を改めて確認し始めた。

 『ラ』で始まるアイテムが『ラップル』だけ、これは、奇妙だと思うよりほかにない。


「サクラ、他にないか。そういう、たった一つしかないアイテム」

「探してみる……!」


 サクラはアイテム欄とにらみ合いを始めた。

 もし、さっきのウワサが本当に酔っ払いの与太話ではないのなら――。


「ある! クラウド! 『ラ』と『ン』の他にもあと四つ!」

「つまり――六種類のアイテムってのは……それじゃないのか」


 オレとサクラは顔を見合わせ、御者のおっさんに金を渡すと、その馬車から飛び降りるのだった――。


 ――街道から少し外れ、人目を気にせず状況を組み立てられるように、オレとサクラは草原の中にあった小さな洞穴に入り込んだ。

 ゴブリンの巣のようだったが、極限まで高められたオレたちにとって、ゴブリンは蟻んこに等しく、心臓の鼓動だけで倒せる程度の雑魚モンスターとなり果てているので、あっという間に雑魚を散らすことができる。


「おし、じゃあ準備完了だな」

「六つのアイテム。デバッグツールから出現させるね」


 サクラが意気揚々と、五十音順にした時、オンリーワンであるアイテム六つを出現させた。

 ラップル、ンゴンゴの腕輪、ぶどう色の帽子、くノ一の着物、じょうろ、しっかりしている額縁――。

 これが、五十音順で並び変えた時、該当の項目に対し一つしかないアイテム、計六種類であった。

 『ラ』『ン』『ぶ』『く』『じ』『し』……。


「……集めたはいいが……ここからどうやったら神の力を獲得できるんだ?」

「とりあえず、装備してみる?」

「ラップルとか額縁をどうやって装備するんだよ」

「ちぇ、くノ一の着物着ているクラウドが見れると思ったのに」


 ――え、そんな理由で発言してたの?


「下らないウワサかと思ったが、きっちり六つ、こういうアイテムがある以上は、正直なところ、何かあるってことに間違いないと思うんだよな」

「ウーン、でも揃えてみても何にも起こらないね」

 サクラがぶどう色の帽子を被ったりしながらあれこれとアイテムを弄繰り回しているが、特に不思議な現象は発生しない。

 オレは落ち着いて考えてみた。


 このアイテムは、五十音順で並べた時、それぞれの頭文字が、オンリーワンであるアイテムたちだ。

 そうなると、『ランぶくじし』という頭文字に意味があるとしか思えない。


「ってことは……アナグラム、か?」

「アナグラムってなに?」

「文字を入れ替えると別の意味になるってヤツだよ。ミステリー小説とかで出てくるだろ」

「ミステリーとか読まない。じゃあ、このアイテムの名前を入れ替えるといいのかな?」

「……六文字の、これらを並び替えてできる、言葉と言えば……」


 オレとサクラは暫し、アイテムを一列に並べ、入れ替えを繰り返し、その頭文字を読んでいく。


「『くじラ……、ぶンし』……クジラの分子?」

「意味は通るが、しっくりこないな……」

「じゃあ……うーんと……『じぶンくラし』とか。自分暮し? 自分暗し?」

「……! いや、まて! こうじゃないか?」


 オレはサクラの並び替えにピンと来て、『くラし』のところを『ラしく』と入れ替える。

「じぶンラしく……。『自分らしく』」

 それはもう、ぴったりはまり完成したパズルのように心地いい着地点だった。

 サクラも、「なるほど!」と納得して、アイテムを整列させて、所持アイテムを並び替えた。


 じょうろ。

 ぶどう色の帽子。

 ンゴンゴの腕輪。

 ラップル。

 しっかりした額縁。

 くノ一の着物。


 自分、らしく――。


「えっ、あっ!?」


 サクラが驚愕の声を上げた。オレもまさかの光景に目を奪われた。

 なんと、アイテムを『自分らしく』になるように並び替えを行うと、なんと、そこにはオレたち異世界デバッカーが利用している特殊能力であり、アイテムでもある『デバッグツール』が出現したのだ。


「ええええっ!? これってデバッグツールじゃん!!」

 流石にオレも驚愕した。

 こんな手段を用いて、デバッグツールが出現するなんて、想像できるはずもなかったのだ。


「おいおい、どういうことだよこれは」

「か、神様に聞かなくちゃ!」

 オレは出現したデバッグツールを確認してみたが、オレたちが普段利用しているデバッグツールとまったく変わりないものだ。

 サクラは、自分たちにのみ許された禁断の力であるデバッグツールの能力が、この手段を用いることで誰でも獲得できてしまう状況に焦り、すぐに神様へと連絡を行った。

 暫しの後、神様からの連絡を受けたサクラは、ほっとしているような脱力しているようなそんな顔で、オレに事のあらましを説明してくれた。


「それ、私たちが使ってるデバッグツールに間違いないみたい」

「なんで、『自分らしく』でそんなものが出現するんだ」

「神様が昔、この世界を作っている時に使っていた隠しコマンドだったんだって。デバッグツールを出現させるための合言葉みたい」

「そんなものを残したままにしてるってことか?」

「そうみたい。そもそも、この秘密に辿り着けるのは、この世界の人間にはいないから、だって」


 ……そう言われて見れば、これは『日本語』でソートされた場合にのみ発生する隠しコマンドだ。

 この世界の人間は『日本語』を使っていない。

 オレたちからすると、翻訳機能で『日本語』を利用しているように見えているだけで、この世界の住人はこの世界の言語をきちんと利用しているのだから。


「じゃあ、なんだ。神様は日本語でコマンドを仕組んだってのか? 神様って日本人なの?」

「分かんないけど……私たちが異世界デバッカーしてるくらいだし、日本人向けに作った世界……ってことなんじゃないの?」

「どういうことだ? なんかおかしくないか、その理屈」

「知らないよ。ともかく、『自分らしく』は、日本人の私たちだけがたどり着ける秘密の力でそれがデバッグツールってことみたい」


 サクラも、きちんと神様から詳細に説明を受けたわけではないのだろうか。

 そもそも、この世界を作った神様はかなりのおっちょこちょいだ。世界はバグだらけだし、オレたちみたいな馬の骨にデバッグ作業をさせているのだから。


「自分らしく、は……デバッカーの力、か……」


 なんだか、その言葉が妙に心をくすぐった。

 オレもサクラも、現実世界がつまらないと言い、この世界に暇を潰しにやって来ている。

 現実世界では、自分を殺さなくてはやっていけない。

 特に日本はその協調を強要する場面を多く求められる。オレたちは、それが堪らなく苦しいのだ。

 人を殺すことは許されないことだと道徳で習うのに、自分を殺すことを強要される日本社会。


 オレは、そこからこの世界にやってきて、デバッグツールを使っている。

 自分らしさを、この世界で抜き放っているのだとしたら、この世界が心地いいと感じるのは、納得がいった気もした。


「まさか、神様の奴。全部込みこみで、この仕掛けを遺していたんじゃない、よな……?」


 なぜ、オレやサクラが異世界デバッカーになったのか。

 気まぐれな神様の適当な采配だと思っていたが、もしかしたら、違うのかもしれない。


「で、このデバッグツールどうする。二つも要らんだろ」

「誰か、新しくデバッカーを連れてきてもいいってよ」

「ふうん。オレは興味ないな。サクラが好きにしろよ」

「そう? ……じゃあ、ちょっと考えとく」


 サクラは二つ目のデバッグツールをしまい込みながら、少しだけ思案した。

 誰かオレたちに似たような、現実社会に嫌気を刺して、『自分を殺している』誰かに手渡すのかもしれない。


 自分を殺すのは、やめたほうが良い。

 オレが言えるのは、それだけだ。

 自分らしくを持っていれば、いつかその誰かも、『異世界』にやってくることができるはずだ。


 オレはそう信じるのが、一番気持ちいいと思った。

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