宝石価格の下落

 サクラはサポート妖精であり、仕事の相棒だ。こいつもオレと同様に異世界デバッカーとして雇われたどこぞの小娘だ。

 ……たぶんオレのほうが年上のはずだがデバッカーとしての経歴はサクラのほうが先なので一応センパイにあたる。まぁ、別にお互い先輩後輩って間柄で仕事をしてはいないが。


「クラウドー。次の仕事ー」

 サラクがひょいっと資料を持ち上げてオレの顔面に押し付けてくる。


「ちけェーよ」

 オレは資料を掴んでいるサクラを引っ掴んで自分の顔面から資料を遠ざける。サクラは小さな妖精でその大きさは10センチちょっとってくらいだ。自分のアバターは好きにできるというのに、なんでこんな小さなフェアリーにしたのかサクラの嗜好は分からない。

 オレ、クラウドのアバターはキャラクリエイトがメンドーだったので、どこかでみたゲームの主人公をパクっている。

 釣り目のクールな青年で、頬に十字傷、髪の色はグリーン。瞳の色はレッド。ツンツンしたヘアスタイルに、後ろ髪がちぃと長いため束ねている。

 一応、見た目的には賞金稼ぎって感じでこの異世界に溶け込んでいる状況だ。


 オレはサクラの提示した資料に書かれた今回の仕事の内容を確認した。


「物価の暴落?」

「うん、経済面で一部の希少品がたくさん出回りすぎてるみたいなの。それで荒稼ぎしてる冒険者たちのせいで物価がおかしくなっちゃったんだって」

 資料を詳しく見ていくと、成程確かに通常入手困難なアイテム類が異様に多く出回っていて、価格崩壊してしまっている。

 例えば、希少宝石の『賢者の石』。最上級の魔法武具を生成するために必要な素材なのだが、これは本来かなり高難易度のダンジョンの奥深くに一つあるかないかというもので、一生のうちに一個でも手にできれば幸運に恵まれているとすら言われている。

 だが、それが異常なほどたくさん出回っている。

 当初は『賢者の石』を売り払えば一生遊んで暮らせるくらいの金額を獲得できるのだが、今や中堅冒険者ですら手が出せる程度の値段だ。

 こうなると、冒険者たちのパワーバランスもぶっ壊れてしまうわけだ。

 よくよく見ると、『賢者の石』だけではなく高級品とされる素材アイテムが多数出回っているらしい。


「……主に宝石系アイテムが出回ってるな」

「アイテム増殖のバグかなー」


 アイテム増殖バグはバグの中でもよくある部類だ。

 どういうやり方で増やしていくのかはまたそれぞれだが、今回ヒントとなりえるのは、『宝石』が出回っていること、というものだ。

 つまり、仮に増殖バグが原因なら、『宝石』を増やす方法があるらしいということだ。


 オレはこの異世界の知識を総動員してバグの要因になりうるであろうことを洗い出していく。


 宝石を入手する方法はいくつかある。

 モンスターのドロップ。鉱山で発掘。錬金術を行う。

 この三つが最もポピュラーな入手方法になるが、『賢者の石』ともなるとかなり限られる。高難易度のダンジョン奥深く、鉱脈からかなりの低確率で獲得できるというもののはずだ。


「宝石関連で引っかかるものを調べるか」

「錬金術はどうかな? 銀が四つ合成されると金ひとつになったりするじゃない。ああいうのが妖しいんじゃない?」


 サクラの意見に、オレは腕組をした。確かに、真っ先に思いついたのは、アイテムから違うアイテムに錬金する方法だ。


「例えば~、銀を四つ錬金釜に入れた後、金に変化する直前に、釜を叩き割っちゃうとかで、金が四つに~なんて」

「やってみるか?」


 オレとサクラは、適当な銀素材を用意し、サクラの提案した方法を錬金で実践してみた。

 だが、錬金釜が割れたうえに、中の素材はすべてパァになってしまい増殖どころか完全な損失になるばかりだった。

 タイミングが重要なのかも、とサクラは暫くなんども釜を叩き割っていたが、成果は見られないらしい。

 オレはそれとはまったく違う事を考えていた。


 宝石関連で調べまわっていた時に特殊なモンスターを思い出したのだ。


「ジュエルイーター」


 ジュエルイーターは名前の通り、宝石を喰らうモンスターで、冒険者の持っている宝石系アイテムを奪って食べてしまう嫌がらせモンスターだ。

 宝石を喰ったジュエルイーターは尋常じゃない速度で逃げ出そうとするのだが、逃げる前に倒す事が出来れば、奪われた宝石が返ってくるというモンスターだ。

 だから、希少価値の高い宝石を手持ちに持ったまま冒険する奴はあまりいない。きちんと保管庫に保存して置いたりするのが定石なのだ。


「サクラ、おい……」

 オレは自分の思いつきをサクラに述べようとしたが、サクラは狂気じみた顔でバリンバリンと次々に釜を叩き割っていた。

 もう、叩き割ることが爽快になっているようで、バグ捜しをしている様子じゃない。

 オレは狂気の笑いを浮かべて釜を割るサクラをほったらかしにして、ジュエルイーターの住処へと、適当な『宝石』を持ったままに出発したのだった。


 ジュエルイーターの生息域は広く、世界各地、至る所で目撃される。主な出現場所はそれこそ鉱山などだ。宝石で稼ごうとする冒険者たちへのお邪魔キャラとして出現して、宝石を奪って逃げるわけだ。

 とりあえず、近場の鉱山にやってきたオレは、ジュエルイーターが出現するまでうろうろした。

 わざとらしく道具袋に入れた『ダイアモンド』を振り回しながら歩いていると、くだんのモンスターが出現した。


 暗がりの奥からじゅるりと出現したのは1メートルほどの『ミミズ』だ。その体表はヌルヌルとしていて、真っ黒に艶だっている。一つ目で、口があり、素早くウネウネと蠢く姿は不気味だ。

 これがジュエルイーター。こちらが身構えるより早く、ジュエルイーターは高速で動いた。


 びしゅるっ――!!


「ウッ」


 バクンッ!!

 あっという間の出来事であったが、オレの右手にあったダイアモンドはひとのみにされていた。そして、そのまま蛇のようにグネグネと体をのたくらせてすさまじいスピードで逃げ出していくジュエルイーター。


「逃がしたら話にならん」

 オレは逃すまいとジュエルイーターを追いかける。入り組んだ鉱山の中を逃げるジュエルイーターを追ってかけていく。

 通常ならば、ジュエルイーターを我武者羅に追いかけていくと、モンスターの群れの中に連れ込まれていたり、ワナに嵌められたりと言ういやらしいコンボで冒険者のフラストレーションを高めるのだが、オレは異世界デバッカーだ。

 デバッグコマンドがある限り、無敵であり最強なので何の心配もなくジュエルイーターを追いかけまわすことが出来る。


「ハッ」

 オレの超能力スキルで逃げるジュエルビーストの前に躍り出ると、相手は驚き戸惑ったようでスキが生まれた。

 オレはその隙を突いて、剣で切り刻んだ。それでジュエルビーストは絶命し、オレから盗んだ宝石をドロップする。


「……まぁ、普通はこうだな」


 盗まれた宝石を回収し、通常の挙動を取っているジュエルイーターを確認し、オレはそこから考えられるイレギュラーを思案した。


(宝石が増殖――。例えばジュエルイーターが食らったまま、『ジュエルイーター』を増殖できたら、どうなる?)


 モンスターの中にはダメージを与えるとその数を分裂によって増やすようなものもいる。『ブロブスライム』なんかがそうだ。だが、ジュエルイーターにはそういう分裂の能力はない。


(なんらかの方法でモンスターを増やせないか?)


 オレはまた思案を重ねた。この世界に潜むあらゆる可能性。

 例えば、『ソウル・ミラー』というモンスターがいる。これは鏡のモンスターで、そのモンスターに映りこんだものに、『ソウル・ミラー』が変身するという能力を持っている。

 『賢者の石』を喰ったジュエルイーターが『ソウル・ミラー』に映ったらどうなるだろう――。


 ――オレたちデバッカーは、こうしたらどうなるのだろうということをいつも考える。

 それがとんでもないバグになったりするのだ。


「ソウル・ミラーとジュエルイーターが同時に出没するような狩場はあるか?」

 オレはモンスター辞典を開き、合致する場所を探す――。


「……ないか……」


 ソウル・ミラーとのコンボは実現できそうにない。そうなると、やはり別の要因だろう。

 オレはその後もあれやこれやとジュエルイーターで実験を行っていたが、結局は何の成果も得られないままだった。


 ジュエルイーターに拘るのはやめておくかと、頭を切り替えようとした時だ。サクラがふわりと目の前にやってきた。

 デバッグモードの機能を使い、オレ同様にこの場所にワープしてきたらしい。


「クラウドー、そっちはどう?」

「ダメだ。そっちは?」


 オレが訊ねると、サクラは首を横に振った。上手くいかなかったらしい。


「錬金釜割るの、あきちゃった」

「お前、実生活でストレスでも溜まってんの?」

「えー、ちょっとねー。お金がなくってー。あーあ、この金をリアルにも持ち込めたらなあ」


 サクラはそう言うと、小さな金の粒を掌で転がした。


 ――と、その時だった。


 しゃああッ!


「えっ、きゃっ!?」

「あぶねえッ」


 不意を突いて襲い掛かって来たジュエルイーターが、サクラの持っていた小さな金に食らいつこうと飛び出してきたのだ。

 サクラはとっさのことで動けなかったが、オレは思わずサクラをかばうために、アビリティ『かばう』を発動させていた。


 ジュエルイーターの攻撃はオレに直撃し、オレの持っていた『ダイアモンド』を奪った――。

 その結果、サクラの持っていた『金』には被害が出なかった。


「――!!」


 オレはその瞬間、『まさか』と閃いた。

 そして、その閃きと共に、身体が跳ねるように動いた。逃げ出そうとしているジュエルイーターを電光石火の勢いで追い詰め、そして即死級の斬撃を叩きこんでやったのだ。


「く、クラウドー! そ、そんなに必死に守らなくても私たちはデバッグモードでアイテム好きにふやせるんだから……」


 オレの後ろからふらふらと飛んできたサクラに対して、オレはゆっくりと振り向いてジュエルイーターからの戦利品を投げてよこした。


 ぽい、と投げられたそれを手にしたサクラは「ほへっ?」と目を丸くしていた。

 それは小さな『金』だった。


「仕掛けが分かった」


 オレはそう言うと、自分の持っている『ダイアモンド』を全て捨て去った。

 そして、サクラをつまみあげると、ジュエルイーターを捜してそのまま鉱山内を歩きだす。


「きゃっ、ちょっとつままないでよー」

「いいから、その『金』をしっかり握っとけよ」


 サクラの文句なんか聞き捨てて、オレはサクラをつまんだままに、ずんずん鉱山を進む。

 すると、サクラの持つ『金』に引き付けられて、ジュエルイーターがまた襲い掛かって来た。その瞬間にオレはつまんでいたサクラを、突き出したままに、ジュエルイーターのエサにする。正しくは『サクラが持っている金』をエサにした。


「ひえええっ、ミミズきもい!!」

 今まさに、サクラの『金』に食らいつこうとしたジュエルイーターの襲撃に対し、オレはスキル『かばう』を発動させる。

 サクラの前方に躍り出たオレはジュエルイーターの捕食を身代わりとなって受ける。サクラは後ろの方に押しのけられて転がっていた。が、その手にはきちんと『金』が握られたままだ。


 ジュエルイーターはオレから何も奪えなかったにも関わらず、即撤退の動きを見せた。


「ビンゴッ!」


 ジュエルイーターは宝石を喰らわない限り逃げ出す事はない。今、あのジュエルイーターは何も奪っていないのに、『逃げ』の思考ルーティンに入ったのだ。

 そのジュエルイーターをオレは、逃すはずもなかった。


 オレの紫電一閃の一撃が決まり、ジュエルイーターは絶命する。

 するとあろうことか、『金』がドロップしたではないか。

 何も奪われていないのに、『金』をドロップした。つまり、『金』が増殖したのだ。


「これが、『錬金術』の正体だな」


 オレはつまみ上げた『金』をサクラに見せびらかした。サクラが持っている『金』と全く同じ小さな『金』を。

 ジュエルイーターの『捕食』に対して、『かばう』を行うと、『庇われた側が奪われる予定だった宝石がドロップ』してしまうというバグだったのだ。これにより宝石を増殖できてしまうことになった。

 庇われた者が希少度の高い『賢者の石』を持っていたら――『賢者の石』を増殖できてしまうということだろう。


 ジュエルイーターの問題点を報告書にまとめて、あとはこのバグだらけのデキソコナイ異世界を作った神様に伝えればこのバグは修正されるだろう。

 とりあえず、今回の依頼もこれで一件落着なわけだ。


 オレはおつかれ、とサクラに告げて実りの少ない『異世界デバッグ作業』から、しがないサラリーマンへと戻るのだ。

 クラウドから、冴えないスーツの日本人へと――。

 サクラもどこかの女子だろう。オレより先に異世界デバッカーに選ばれていたが、しがない唯の人間に過ぎない。


 お互い、本当の名前も知らないが、奇妙な縁でこんなことをするはめになったのは――まぁそのうち話す事もあるだろう。

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