異世界デバッカー

花井有人

アンデッドの呪い

「ここが例のモンスターの住処か」


 オレは最近発生した凶悪なモンスターの対処のため依頼を受け、人気のない墓地までやってきていた。

 村の連中がいうには、この墓地に出現するモンスター『デバウアー』の変異体に困っているのだとか。


「サクラ。デバウアーの情報は?」

 オレは相棒のサクラに声を投げかけた。


「ちょっとまって……はい、これ」


 サクラが手渡して来た書類には『デバウアー』のモンスター情報が記載されている。詳細なデータが示すものは、そんなに大層なモンスターじゃないってことだ。

 アンデッド系の中では中堅どころ。それなりの冒険者なら倒せるだろうモンスターだ。

 体力は多いようだが、動きはのろまで毒を持っている。この辺りはアンデッドの定番とも言える。


「……ん、自爆するのか?」

「自爆っ?」


 情報に目を通していたオレの言葉に、サクラが驚いた声を出した。気色の悪いゾンビが爆裂でもしようものならそりゃもうスプラッタ間違いない。できれば見たくない光景だ。

 自身が動けなくなる直前、最後の力をつかって相手を道連れにしようとする厄介なスキルもちってところか。


「油断さえしなければ、問題はなさそうだが」

 オレは資料をサクラに返すと、周辺の様子を確認に入った。

 墓地はそこそろ広い。デバウアーが出現すると聞いた冒険者たちが数名退治にいったらしいが、その後戻って来た者はいないという。

 いずれもそこそこのレベルの冒険者だったそうで、デバウアーに負ける要因はそうないだろうと村長は言っていたが、結果としてはデバウアーの駆除はうまくいっていないようだ。


「墓地ってやだなぁ」

 サクラも墓地をひらひらと舞い飛びながら……小さく愚痴をこぼす。

 サクラは、いわゆる妖精だ。

 身長は十センチちょっと、背中には四枚の翅が生えていて、飛び回るたびにキラキラ光る粒子を零す。髪はブロンドでストレートだ。一度ツインテールにしたことがあったが、オレがその姿をみて、「バナナみたいだな」と笑ってから一度も髪型を変えてない。


「あっ、クラウド! 見てっ」

 サクラの声が甲高く響いた。前方で指をさしているサクラの先を確認すると、そこには冒険者らしき女性がいた。


「……?」


 その冒険者は奇怪だった。

 見た目は軽装鎧に身を包んだ女剣士、という出で立ちだったのだが……。

 その様子は、まるで石膏像のように剣を構えたままで微動だにしない。

 表情も険しく目前の何者かを見据え、敵意を向けるようなものだった。


「固まってる……?」

 サクラが女冒険者の前でヒラヒラと手を振って見せたが女冒険者の瞼は瞬きひとつしない。


「……こいつは……デバウアーの死骸か」


 オレは固まっている女冒険者の前に転がっている肉片を調べて、それが今回問題になっているデバウアーであることを察した。


「退治されてるじゃない?」

 サクラは、地面に転がる臓物を「うえー」と見ないようにして状況の不気味さも含めて眉をひそめた。


「……デバウアー一匹だけじゃないだろう。……石化能力とかマヒ毒があるとかって話はないよな」

「うん、デバウアーの情報はあれで完璧。そんな能力はないはずだよ」


 サクラももう一度資料を確認しながら、固まっている女剣士と見比べて怪訝な表情を浮かべた。

 女剣士はいま、まさに何者かに斬りかかろうという姿で停止しているのだ。

 デバウアーはすでに退治されているというのに、一体何に対して攻撃しようとしていたのだろう。

 ほかにモンスターがいないか確認する必要がありそうだ。


 オレは腰の道具袋から、『何かの肉』を取り出した。なんの動物の肉かは知らない。ただの干し肉としか認識していないが、これを使ってモンスターをおびき寄せることにする。


「クラウド、どうするの?」

 サクラがオレの傍まで寄ってきて、ちょっと警戒しながら、耳元で聞いてくる。


「実践あるのみ。それがオレのやり方だ」


 デバウアーの隠された能力でもあるっていうなら、それを暴くのがオレの仕事だ。

 背中の剣を装備して構えると、オレは戦闘態勢に入った。

 暫くすると、ボコボコと墓地の地面が蠢きだして、そこからアンデッドのモンスター、デバウアーが顔を出した。

 土気色の肌と腐れて剥がれかけている肉にはウネウネとワームが張り付いていて、まぁぶっちゃけると、気色の悪いゾンビの代表って様子だった。


「うええー、あれが爆発するの? 距離とって戦おう?」

 サクラは気持ち悪さが先に立って恐怖なんて感じていない様子だ。

 もっとも、それはオレも同じで、こんな気持ち悪い奴の自爆に巻き込まれたくはなかった――が、そうもいっていられない。


「とりあえず殺す」


 オレはデバウアーへと剣を一閃させる――。

 その軽い一撃で、デバウアーは見事に撃破された。


「普通に倒せるな」

「ちょっと手加減しないと……」


 サクラがやりすぎだと警告した。

 なので、オレは次なるデバウアーが襲い掛かってくるまでまた謎の肉を墓地にばらまくようにしていく。

 これでどんどこデバウアーがやってくるだろう。


 ほどなくして、五~六体のデバウアーが鼻が曲がりそうな臭いをまき散らしてオレたちを取り囲んでいた。


「さて、やりすぎないように……今度はコレで相手をしてやるよ」


 オレはその辺に転がっていた木の枝を拾い上げた。


「あがっ」


 知能を感じさせないゾンビのデバウアーもオレの武器を見て、間抜けな声をあげるほどだった。まさか木の枝で戦う冒険者がいるとは思わなかったのかもしれない。わずかに残る脳みそがそんな思考をしたのかどうかは分からないが、オレは至って大真面目に、木の枝を構えて戦闘態勢に入る。


「はっ」


 オレの右手が横薙ぎにデバウアーを斬る。木の枝を叩きつけられたデバウアーはそれだけでも足を一本千切れてしまうほどだった。

 だが、それで絶命するほどでもなかったらしい。ダメージを受けて気持ちの悪い悲鳴をあげるデバウアー。


「よし、これでちょうどいいか」

 オレは枝っ切れをそのまま獲物とし、残るデバウアーたちの行動がどうなるか身構えた。

 群れとなって襲い掛かってくるデバウアーを、オレはいなしていく。緩慢な動作から繰り出される攻撃など、予備動作を見てからでも十分回避が間に合うレベルだ。

 やはりデバウアーなんて大したモンスターではないというのが戦ってみての感想になる。


 すると、先ほど一撃を加えてやった足折れデバウアーがゲボゲボと口から泡を噴き出しながらどんどん頭部が膨らみ始めていくのを確認した。


「自爆行動か」

「いやー! きもいきもいー!」


 サクラはオレの服の内側に潜り込んで自分だけは被害を減らそうとする。オレは少しだけ考えたが、あえてその自爆行動を喰らってやることにした。


 ぐべばっ!

 どばあっ――。


「ぐっ……くっせえ」

 頭部はまさに爆弾のように破裂し、頭蓋骨やらなにやらが榴弾のようにオレに襲い掛かって来た。確かにそれなりのダメージを受けてしまうような攻撃ではあったが、オレにとってはこんなダメージなんてことはない。かなり服は汚れることになったが。


「……だ、だいじょうぶ? クラウド」

「ああ、別に特殊な毒があるとか、そういうのではないな」

 こいつの特殊行動である『自爆』を確認してみても、女冒険者のようなことにはならない。ただダメージを受けただけ――。


「……自爆、ね……」


 オレは少しだけ思いついた。

 女冒険者の固まった姿をちらりと横眼で見て、この状況に対する推察を頭の中で広げていく。


 女冒険者は、固まっている。剣を構え、まさに何者かに対して攻撃を行う瞬間のようだった。

 そんな状態で固まったのはなぜだ?


 攻撃をしようとして固まったのか? 攻撃の最中に、なんらかの呪いでも掛けられ身体を停止させられた……。


 オレが思考しながらも、残りのデバウアーを木の枝でバキバキと叩きまくると、他のものも次々と自爆を開始していく。まるで連鎖爆弾のように三匹が続けて爆裂したが、距離をとればその爆発に巻き込まれることもない。射程はせいぜい半径一メートルそこらだ。


「しかし、こいつ予備動作がはっきりしている分、動きが読みやすいな」


 攻撃をしてくるときもだが、いちいち「あ゛~!」と不気味な鳴き声をひとつあげてから、攻撃してくる。しかも結構大振りなので、身体の動きで判断もできるし、自爆行動だってそうだ。

 ゲボゲボと泡を噴き出し始めたら自爆の合図なのだ。それを分かってしまえば、距離をとることなど造作もない――。

 どうにも気持ちが悪いので、自爆させずに一撃で倒したいというのが心情ではあるが……。


「……自爆、させたく、なかったのか?」


 女冒険者は、なかなか綺麗な女だった。

 その鎧も服装も、それなりに手入れされていて清潔感がある。この女は綺麗好きなのかもしれない。


 その時、オレはひとつ、閃いたことがあった。


 この女剣士は、デバウアーを相手にする時、自爆を嫌った。

 出来る限り、一撃で倒し切ろうと戦っていたのかもしれない。


 だが、女剣士の前に転がっていたデバウアーの腐肉は自爆をしたであろう証拠でもある。


 ――ということは、この女剣士は、自爆をさせてしまうことになったのだ。


 自爆の前には泡を噴き出す。その姿をみた女剣士は、嫌悪したはずだ。自爆される、と。


 その時、木の枝でダメージを蓄積させていたデバウアーの一匹がまたゲボゲボとやり始めた。


「また自爆する~! いやだあ~!」

 サクラが悲鳴を上げる。

「クラウド、早く倒してよー!」


 早く、倒す――。

 自爆させる前に――。自爆の予備動作中――。そう思った女剣士も――? とっさに――?


 オレは樹の枝をほおり捨てた。そして、すぐさま自分の剣を装備しなおし、そして構えた。


「クラウド、何する気っ――?」


「カウンタースキル【肉斬骨断】!」


 オレのスキル発動と共に、刃は煌めき相手の動きに合わせてオレは身を固まらせた。

 カウンタースキルはきちんと決まればこちらが受けるはずだったダメージを、無敵状態を作り上げて反撃できる。


 オレはデバウアーの自爆を、カウンタースキルの無敵状態でやり過ごそうとしたのだ。


 どばぁッ――!!

 デバウアーが破裂した。その瞬間、オレのカウンターも発動する。

 デバイアーの自爆攻撃をやり過ごし、ダメージを受けることなく、オレの剣がそのまま反撃に移ろうと標的を捕らえ――。


 ――――。


 エラー。

 動作を停止します――。

 標的が「null」。エラー・ログを確認ください。


 瞬時にすべてが停止した。そして、エラーを示す細かいテキストがオレの目の前に広がっていく。


「あっ、これだったの?!」


 オレの懐に潜り込んでいたサクラがぴょこりと顔を出して来た。


「みたいだな。相手の自爆技に対して、カウンター系スキルを合わせると『バグ』で停止する――。これがデバウアーの呪いの正体ってわけだ」

「すごいね、クラウドあっという間にバグみつけちゃった」

「まぁ、それが仕事だからな」


 オレは、このくそったれな異世界に召喚された『デバッカー』なのだ。

 異世界を作った神様の、バグを見付けて報告する。


 それが『異世界デバッカー』である――。

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