第16話 ノンストップ×エスケープ 6

 闇が消える。視界が明るくなり、気が付けば目前に青い空が広がっていた。

 花弁が開くように壁が剥がれ、シプレ達は空中に放り出された。

 落ちる。唇を噛み、遠くなる空と雲に手を伸ばした。右手に巻かれたハンカチが風に煽られ激しくはためく。

 このままでは死ぬ。何とかしなければ。疲労で停止寸前の頭で考えるが、全く何も思い浮かばない。

——折角、生きられると思ったのに。

 シプレは死を受け入れ、目を閉じた。

 が、

「ターバリア!」

 轟々と鳴る風の音が止んだ。

 落ちる感覚が無い。もう地上に着いたのか。自分は痛みなく死んだのか。確かめるようにゆっくり瞼を上げる。

 浮いていた。黒い布が身体に巻き付いている状態で宙に浮いていた。どうやら黒い布のお陰で落ちずに済んだらしい。

 布が何処から伸びているのか目で辿ると、真上で空中停止している飛行艇に行き着いた。そこからするすると、布ごと身体が引き上げられる。

 恐いという気持ちはなかった。これまでの経験に比べれば、宙づりにされることなど別段恐いと感じなかった。

 抵抗する体力も気力も無く、シプレはなされるがまま飛行艇の中に連れ込まれた。そして身体が完全に飛行艇の中に収まるなり

「まったく。こんな無茶をする子だとは思わなかった」

 飛行艇の扉を閉めた男性が苦言を呈した。

 布に持ち上げられ、シプレは強制的に長椅子に座らされた。

 布を操っているのは十歳前後の子供に見える人。全身に黒い布を巻いているため、それ以外の情報が入ってこない。

 男性に肩を叩かれると、彼(彼女?)は巻き付けていた布を解き、シプレを自由にした。そして一礼すると、煙のように消えた。

「だが無事で良かった」

 皺が刻まれた目を細め、男性が言った。

 白髪交じりのブラウンの頭髪。皺が目立つ顔。年齢は大体五十歳から六十歳くらい。体格がいいので威圧感があるが、穏やかな笑みがそれを相殺している。

 聞き覚えのある声だった。それも、つい最近聞いた声である。

「あなたがライナスさん、ですか?」

 尋ねると、彼は頷いた。

 ライナス。何かの組織の団長。エドの知り合い。

「あの……エドさんは?」

「エドか? ここにいるぞ」

 彼は向かい側の椅子を見て言った。

 横たわる白銀色の髪の男性。向かいの長椅子をベッド代わりに寝ているのは、紛れもなくエドであった。

「急激にマナを消費したせいで眠っているが、命に別状はない。数時間もすれば目が覚める」

「そう、ですか。良かったです」

 シプレは彼が無事であったことに安堵した。

 安心して緊張の糸が切れたせいか、ぐらりと身体が揺れ、そのまま長椅子に倒れた。長椅子は硬くて寝心地が悪い。けれど襲い来る睡魔の前では、寝心地など関係なかった。

 瞼が重い。目を開けることが出来ない。とても、とても眠い。

「シプレ?」

「ごめ、な……さい……少し、だ……け……」

 全身の力が抜け、シプレは約一ヶ月ぶりに深い眠りについた。

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