第13話 とあるシティの魔術師たち 7

 街を襲う黒の雷。真っ二つに裂かれたビルが傾き、倒壊する。

 各所で上がる火の手。あらゆる物が混ざり合った黒煙が空に昇る。

 空を覆うものは雲か、煙か。もう、その二つに境はない。

 昇る煙、落ちてくる瓦礫を避けながら、ライナスは植物の魔術師を追う。何度も妨害されたが、それでも追うのを止めなかった。

 彼の行く先にシプレがいる。そして彼女の傍にはエドがいる。

 偶然か。必然か。

 どちらにしろ、ライナスの望む結果であったことに変わりはなかった。

——こちらも早々に終わらせるか。

 ライナスはオースの首を叩き、加速を促した。

 が、

 オースは速度を速めるどころか、何故か気が抜けたように失速していった。瞬く間に魔術師との距離が開き、前を行く姿が小石ほどまで小さくなる。

「どうした、オース」

 ライナスは様子がおかしくなった眷属に尋ねた。

 命令に叛いている、というわけではない。彼は今も自分を背に乗せて飛んでいる。命令に従わないのなら、とっくに振り落とすなり食い殺すなりしている。そうしないのは、彼がまだライナスの眷属であるという事実があるからだ。

 ならば何故減速したのか。その理由を、オースが首を左斜め前方に向けて示した。

 建物を破壊しながら前進する黒い固まり。大きさは先ほどロークが召喚した魔物モンストルムほど。

 彼のぬいぐるみが暴れているだけではないか、とライナスは思った。だが、よく見るとぬいぐるみよりも動きが柔軟で機敏であることに気付く。地を這い、短い四つ足で建物を登る姿は、そう……まるで、トカゲのようであった。

 並行して飛んでいたウルヴァがライナスの肩に手を置き、耳打ちをする。彼らが帰ってきました、と。

 後方から合流してきたのは四体の眷属。リズィー、ナーヴ、プロント、モルガンナだ。まだ帰還命令を出していないにもかかわらず、彼らが戻ってきたのである。

 命令に叛いたことを詫びるように、ナーヴがライナスの横に付く。事情を話すよう言うと、彼は掠れた声で告げた。

 聖庁がマナ喰いを放ちました。

「馬鹿な!」

 ライナスは状況を整理するために、一旦近くのビルの屋上に降りるようオースに命じた。

 マナ喰い。全ての生命に欠かせないものであり、魔術師の力の源である〈マナ〉を喰らう異形。保護することも、飼うことも許されていない政府指定の害獣。見付け次第殺せとまで言われている生物が何故街にいる。

 ナーヴは言った。聖庁が、と。つまり、聖庁が密かにマナ喰いを飼い馴らしていたということだ。

 目的は大体想像が付く。魔術師を狩るため。それ以外考えられない。

 街中を這い回るマナ喰い。尻尾の先端に付いているマナを吸収する花に似た器官を大きく開き、街中のマナを吸い取っている。黒い雷は消え、雲も薄くなりつつある。

 マナ喰いの大きさは奪ったマナの量に比例すると言われている。あの大きさから推測するに、ロークの魔物モンストルムだけではなく、百を超える人々のマナも吸い尽くしたに違いない。恐らくマナ喰いが通った後に残っているのは、マナを奪われて逃げる力を失った人々の死体だろう。

 オースが失速したのも、ナーヴ達が戻ってきたのも、マナ喰いからライナスを守るためだった。植物の魔術師を見失ったのは痛いが、自分よりも先に危険を察知してくれたことに感謝しなければならない。対策も立てず近付いていたら何もかもが水の泡になっているところであった。

 逆を言えば、敵がわかれば対応策は幾らでも立てられる。

 眷属達を消し、マナ喰いが暴れている方を睨む。尻尾の器官が閉じられた瞬間をライナスは見逃さなかった。

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