第11話 処刑場の二人の男
同時刻——処刑場にて。
破壊される街。たった一人の魔術師の手によって、街は酷い有様となった。
そんな街を、相反する感情で傍観している二人の男がいた。陽気な鼻歌を奏でながら
一人は笑っている。だがもう一人は憎しみを露わにしている。
一人は余裕だった。だがもう一人は焦っていた。
一人は思った。なんて愉快な日なのだろうと。だがもう一人は思った。なんて不愉快極まりない日なのだろうと。
そして二人は確信した。全てはあの少女がもたらした事だと。
「でも、そろそろこの祭りも飽きてきましたね」
ロークは単調な事が嫌いだった。常に面白い方への変化を求めている。ライナスが自分の
「早く、止めなければ……」
絡みつく茨から逃れようと、ベルナールは身体を捩った。茨の棘が服を貫き、皮膚に食い込んでいても、彼は抵抗を止めなかった。たとえ純白の衣装が己の血で赤く染まったとしても逃げることを諦めてはいけない。自分が弱き者達を守り、魔術師を断罪しなければ。ベルナールは肩に絡む茨に噛み付いた。
「やはり、わたくしが祭りを盛り上げなくてはいけないようですね」
「やはり、状況を打破するためにもアレを出さなくてはいけないようだな」
二人は服のポケットに手を入れ、そこに忍ばせていた小瓶を取り出した。瓶は透明。だが中身は漆黒。何が入っているのかは本人達しか知らない。
そして二人はコルクの蓋を開け、瓶を地上に落とした。
瓶の中から吹き出した黒い煙。色は同じだが成分は違う。ロークの煙は空に上り、ベルナールの煙は地上を這った。
ロークの煙は魔術によって作られた雨雲。黒い雲が空に広がり、街全体を覆う。陽の光が遮断され、街は薄暗く不気味な場所に変わった。
轟く雷鳴。蠢く雷。無慈悲に街を破壊した黒い雷が、人々の恐怖心を煽っていく。聞こえてくる悲鳴がより一層大きくなり、ロークは満足げに笑った。
ベルナールの煙は風に邪魔をされても地上に留まっていた。一度広がった煙は吸い寄せられるように小さく一カ所に固まり、ある生物の形を成していく。
トカゲ。黒い鱗を甲冑のように纏ったトカゲ。体長は三十センチほど。目はない。口もない。あるのは頭と身体と尾。そして長い尾の先端には花蕾にも似た捕食器官が付いている。
神聖十大司教にのみ与えられる忌まわしき生き物。こんなものに頼るほど切羽詰まるとは。と、ベルナールは下唇を噛んだ。
「食らいなさい」
「喰らいなさい」
雲の中で踊っていた雷が。地を這っていた黒トカゲが。主の命に呼応して、雄叫びを上げる。
雷が建物を破壊し、アスファルトを砕く。蛇のようにうねりながら逃げ惑う者達を、追い掛け、喰らい、灰にする。
面白くなれ。もっと、もっと、楽しい祭りになれ。ロークは黒い雲に笑った。
しかし、その数秒後。縦横無尽に走り回っていた雷が、突如幻のように消滅した。
天に向け、黒トカゲが尾っぽを伸ばす。まるで旗でも掲げるかのように、高く、真っ直ぐ、堂々と。
消え去れ、忌々しい魔術師ども。ベルナールは勝利を確信し、顔を醜く歪ませた。
そして、その数秒後。先端の固い花蕾が淡い光を帯びながら花弁を綻ばせた。
まず消えたのは黒い雷。轟々と響いていた雷鳴が、まるでテレビの音量を消したかのように静かになった。
次に消えたのは
異変を察知したのか、
四体は話し合うかのように顔を見合わせた。そしてナーヴを先頭に、四体は何処かへ飛び去った。恐らく事態を伝える為にライナスのもとへ戻ったのだろう。
「賢い選択です」
事態を把握したロークは、何もせず四体の背中を見送った。
勝ち目がない。悟った彼は飛行魔術でその場から離れた。マナが尽きる前に逃げ切らなければと、急ぎシティの外壁へ向かう。
「逃げましたか」
屋上からロークの影が消えたのをベルナールは見逃さなかった。
だが追わなかった。追ったところで捕らえることが出来ないとわかっていたので、あえて彼を逃がした。逃げた魔術師を捕らえるのは、天井裏のネズミを捕まえるより難しいのである。
ローク・ストラージャー。名前と風貌、魔術の特性、全て把握した。これを公にして情報を集めれば、一ヶ月足らずで彼とは異端審問所で再会するだろう。今日の件について追求するのはその時でも遅くはない。
ベルナールはた黒トカゲには目もくれず処刑場を後にした。
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