第9話 とあるシティの魔術師たち 6

 街の上空は煙で覆われていた。白、黒、赤。様々な色が混ざり合った煙で、空の青さは消えていた。

 繰り広げられる空中戦。ライナスが対するは三人の魔術師。だが三対一ではない。一対一対一対一だ。皆が皆、敵である。

 一人が攻撃を加えれば追い打ちを掛けるように別の誰かが攻撃を加える。同時に、他の者が背後を狙ってくるのでそちらとも応戦する。その繰り返しだ。

「あっはは! これでも食らいなさいな!」

 クリスタル・スカルの杖を持った魔女が火の弾を放つ。火そのものはクルミほどの大きさで、一見大した威力ではないと侮りそうになる。けれどこの火は物体に接触した瞬間爆発するという油断ならない魔術だった。植物に残っていた焼け跡は彼女の魔術によるものである。

 ライナスはウルヴァで防ぎつつ、彼女の火を躱す。

「さっさと彼女を出しやがれ!」

 叫び、植物の魔術師に高速の蹴りを食らわそうとする若い魔術師。しかし蹴りは植物の壁に遮られ、術者には届かない。

 彼の魔術は高速移動。素早い動きで相手の懐に入り、肉弾戦に持ち込むタイプだ。肉眼で彼の動きを捉えるのはほぼ不可能なため、植物の魔術師とクリスタル・スカルの魔女は、自分の周囲を植物と火で取り囲み、彼を近付けさせないようにしている。どちらも肉弾戦は不得手なのだろう。彼への警戒心が最も強いように感じられる。

 けれど昔から血反吐を吐くほど厳しい戦闘訓練を受けていたライナスにとって、高速の魔術師など敵ではなかった。相手がいくら速かろうと、気配さえ感じ取れればいくらでも対応出来る。

「未熟だな。殺気すら消せないのか」

 ライナスは片腕で彼の蹴りを受け止めた。碌に鍛錬すらしていない素人の軽い蹴りだ。この程度の攻撃など、目を開けていなくても防げる。

 馬鹿にしているのかと、ライナスは彼の足を掴んで近場のビル目掛けて投げ捨てた。見た目よりも軽い身体はスピードを落とすことなく外壁にぶつかり、彼の形にヒビを作った。

「彼女は渡しません。必ず、彼女は僕が……」

 種から何種もの植物を生み出しては攻撃を続けるロングコートの魔術師。他の魔術師達も彼がシプレを攫ったことを知っているようで、専ら攻撃の的になるのは彼であった。しかし彼の魔術は攻防に優れ、誰一人掠り傷一つ付けられていない状態だった。

 ライナスは大鋏を持った眷属を放ち、彼を守る植物を断ち切った。けれど植物は斬られた瞬間から再生を始め、すぐに元の状態に戻った。

「何故だ。何故彼女を狙う。彼女は魔女ではないのだぞ」

「知っている」

「ならば何故」

「お前には関係のない話だ!」

 植物の魔術師は刃物のような鋭い葉を持つ植物を二体生み出し、ライナスを殺すよう命じた。ライナスは一旦彼から離れ、大鎌の眷属で応戦した。眷属の振るった鎌が、植物を両断する。

「やりやがったなおっさん!」

 体勢を立て直した高速の魔術師が背後から蹴りを繰り出した。ライナスはウルヴァでそれを防ぎ、鳥の頭と羽根を持つ、眷属の中で最も高速移動が得意な風の眷属に彼の相手を任せた。

 目的がわからない。誰も、彼女を必要とする目的を話そうとしない。何故シプレ・ライラローズという一人の少女を得るために命を懸けて戦っているのか。それがわからないまま、四人の魔術師は終わりのない死闘を続けた。

 いつまで続ければいい。これでは埒が明かない。ライナスの額に、焦りの汗が流れた。

 その時だ。

『魔女シプレ・ライラローズが逃走中。繰り返します。魔女シプレ・ライラローズが逃走中』

『善良なる市民の皆様。魔女の捕縛にご協力ください。繰り返します。魔女の捕縛にご協力ください』

『魔女を捕らえた方には報酬をご用意致します。繰り返します。魔女を捕らえた方には報酬をご用意致します』

『尚、逃走に関与している者の生死は問いません。繰り返します。逃走に関与している者の生死は問いません。見つけ次第速やかに対処してください』

 唸るようなサイレンと機械的な女の声が、混乱状態が極まった街中に響き渡った。その声は戦闘に集中していた魔術師達の耳にも届き、全員、ぴたりと動きを止めた。

 あまりにも唐突過ぎるシプレの捕縛命令。次から次に予想だにしないことが起こり、ライナスは頭を抱えた。

 一体誰が、何のためにこんな馬鹿げた命令を人々に下したのか。落ち着いて考えたいところだが、今は難しい。悠長に分析をしていたら、確実に自分もシプレも殺される。

「拙い……!」

 キャスケットの中に切羽詰まった表情を隠し、誰よりも速く、植物の魔術師が地上へ降下した。数秒前まで戦っていたことを忘れてしまったかのように無防備な背中を見せ、何処かへ向かおうとしている。

 向かう先の想像は付いている。彼は間違いなくシプレを隠した場所に向かったのだ。街の者から彼女を守る為に——

 ならば自分のやることも一つだ。ライナスはオースの首を叩き、植物の魔術師を追って降下した。

「逃がさないわよ」

「待ちやがれ!」

 クリスタル・スカルの魔女と高速の魔術師が背後に迫る。

 相手をする余裕はない。けれど放っておくのも危険だ。この状態でシプレと合流してしまうと、先ほどまでの戦闘を彼女の前で繰り広げることになる。彼女を危険に晒すだけでなく〈魔術師への恐怖心〉を植え付けてしまうかも知れない。

 それだけは、何としてでも避けたい。

「シャルール、ドグ、フォルテナ、イッカム、ツァント、ルミナ、エヴァース、モレッド」

 ライナスは周囲に控えさせていた眷属に命じた。

「奴らを、止めろ」

 眷属達は鬨の声を上げ、一斉に背後の魔術師達を襲った。

 魔術師達の応戦する声が遠くなるのを確認しながら、ライナスは盾の眷属ウルヴァと大鎌の眷属ガレリアを引き連れて植物の魔術師を追った。

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