第7話 とあるシティの魔術師たち 5

 高いビルから見下ろす街はミニチュア模型のようだった。何処を見ても作り物のようで、踏めば壊れてしまいそうな脆さと儚さが感じられる。

「妙だな」

 そう呟いたライナスの視線の先にあるのは、街から立ち上っている煙の柱。先までライナスがいた場所ではなく、もっと遠いところでいくつも煙が上っていた。

 更に耳を澄ますと、その方から爆発音や、物が破壊される音が聞こえてくる。まるで暴動か戦争が起きているようだ。

 煙の上がる方角から、風に乗って魔力が流れてくる。それも一つではない。三つの異なる魔力が感じられた。その内の一つは土に残っていたもので、他は違う人物のものだ。

 ライナスはコートのポケットから板状のチョコレートを取り出した。銀色の包み紙を剥がし、手で一口大に割ってから口に運ぶ。

 ほろ苦さと甘さが調和するチョコレートが、昂ぶる感情を抑制する。やはり、落ち着かない時はチョコレートに限る。

「オース」

 ビルの縁に立ち、ライナスは眷属を呼び出す。

 現れたのは四枚の翼を持つ竜のような異形。薄皮の翼を器用に動かし、彼は空を旋回した。

 〈竜のような〉と称したのは、オースが竜とは異なる存在だからだ。ライナスの眷属は皆そうで、姿形が既存の生物に似ていても全くの別物である。オースは竜に似ているが、鱗はなく、肌の質感はゴムに似ている。軟骨で、おおよその竜には難しい柔軟な動きも可能だ。

 オースはライナスを背に乗せ、飛び立った。風を切り、障害物を縫うように避け、騒ぎが起きている場所へ急ぎ向かう。

 推測するに、騒ぎの原因は魔術師同士の争いだ。何らかの理由でこの街に魔術師達が居合わせてしまい、争うことになったのだろう。プライドの高い魔術師が些細なことで大規模な争いを起こすことは珍しくない。

 しかし今回の争いはプライドや流派は無関係だ。恐らく高い確率でシプレ・ライラローズが関係していると考えられる。そうでなければライナス、エド、ローク、そして他三名の魔術師が一つの街に集まるわけがない。

 どうやら彼女の処刑は、魔術師にとっても戦争を引き起こしかねないほどの大事件だったようだ。

 ここで浮かぶ一つの疑問。

 何故魔術師同士が争っているのか。

 彼女を攫った者がいるということは、彼女を〈普通の少女〉と思っていない者がいたということだ。まさか連日流れていた報道を真に受けて、彼女が魔女だと信じているものが魔術師の中にもいるのか? 魔術師も彼女を利用したいのか? それとも自分のような者が他にもいたのか? 考えれば考えるほど答えが見えなくなっていく。

 駄目だ、考えるのは後回しだ。今はシプレを助ける事だけに集中しなくては。ライナスは頭を振った。

 例の魔術師は騒ぎの渦中にいる。と言うことはシプレもそこにいる可能性が高い。早く助けなければ——ライナスは煙が立ち上るコンクリートジャングルに突入した。

 建物には魔術師達の仕業と思われる傷跡が幾つも残されていた。窓は割れ、外壁は崩れ落ち、破裂した水道管から勢いよく吹き出した水が、川のように道路を飲み込んでいる。更に、巨大な植物の蔓のようなものが建物を突き破るように生え、うねっていた。

 植物に侵食された建物は全部で七棟。内、四棟には焦げ痕と、燃やされた植物の残骸が確認出来た。

 これらの情報からわかる魔術師の特性。一人は植物を操り、一人は炎を操る、ということ。それ以外は不明。実際に見るまでわからない。

 魔術師と戦う際に気を付けることは、絶対に先入観を持たないことだ。少ない情報で相手の性格、魔術の特性を決め付けると、必ず痛い目を見る。常に相手の意表を突くのが魔術師の戦い方であり、生き方だ。だから単純思考の者、感情で動く者、己の力に驕る者は何百、いや、何千年経っても魔術師に勝てないのだ。

 魔術師は勇敢な戦士ではない。ましてや誠実な騎士でもない。正々堂々、清廉潔白とは無縁の生き方をしている。

 故に不意打ち、騙し討ちはお手の物。何処で何を仕掛けてくるか予想が付かない。

「っ!」

 ライナスが横切ろうとした刹那、太い蔓がビルを破壊した。

「避けろ!」

 咄嗟に首を掴み、無理矢理方向転換をしてビルから離れた。一旦上空へ逃げ、植物の動きに注意を払う。

 爆発的に急成長した植物によってビルは半壊状態だった。上半分は蔓によって無残なまでに破壊され、下半分も壁にヒビが入っている。倒壊するのも時間の問題だ。

「近いな」

 急激に魔術師の気配が強くなる。向こうもこちらの気配に気付いたのか、ご丁寧にわざわざ来た道を戻ってきたようだ。植物による派手な出迎えといい、どうやらライナスは彼らに歓迎されているらしい。

「では、私もそれに応えようか」

 ライナスはオースに植物に近づくよう命令した。そして急降下する中、新たな眷属を呼び出す。

「ランガ!」

 炎のたてがみを持った獅子の咆哮が、空に蠢く黒い煙を散らす。

 ランガは獲物を捕らえるように蔓に噛み付いた。四肢の爪を立て、落ちないようしっかりと蔓にしがみつく。反撃に気付いた蔓がランガを払い落とそうと四方から襲い来るが、ランガの身体から放出された炎によって無様に焼け落ちる。

 炎が蔓を走り、全体に燃え広がる。焦がされ、黒炭のようになった蔓が、風に乗って舞い上がる。ビルの周囲を旋回しながら、ライナスはその様子を眺めた。

「まだ潜んでいたのか」

 上から聞こえる声。見上げた先には浮遊する一つの人影。

 その人物は薄汚れたコートを身に纏い、灰色の大きなキャスケットを被っていた。そしてキャスケットの下には、短い髪が覗いている。ロークが言っていた魔術師と同じ姿である。

「まったく、この街にはあと何人魔術師が潜んでいるんだ?」

 魔術師はポケットから何かを取り出すと、それをライナスに向けて弾き飛ばした。

 飛んでくるのは弾丸でも、小石でもない。種だ。赤子の爪にも及ばない小さな種である。

 それは空中で急成長し、瞬く間に巨大な食虫植物となった。ハエトリソウと呼ばれる二枚貝に似た捕食器官を持つ植物だ。花屋で何度か目にしたことがあるが、人の背丈を超える大きさではなかったと記憶している。

 植物はオースごとライナスを食らおうと大口を開け、降下してくる。尖った歯を持つ口の奥から、溶解液が滴り落ちる。

 ライナスは動かなかった。オースをその場に留め、腰の銃を抜いて植物が落ちてくるのを待った。

「来い、ランガ!」

 大口を開ける植物に、ライナスは一発銃弾を放った。

 放たれた銃弾に、ランガが食らい付く。すると小さな銃弾は燃え盛る炎の弾となった。弾は植物の体内に飛び込み、内側から植物を灰にした。

「彼女を返してもらうぞ」

 ライナスは背後に十体の眷属を並べ、眼中に収めた敵に静かに告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る