第6話 とあるシティの魔術師たち 4
目の前で起きたことが信じられず、ライナスは静かに銃を下ろした。
ボロボロと崩れていくシプレの身体。処刑されるはずだった少女は、数秒で土の山となった。
「貴様——!」
「おっと、お待ちください。わたくしは無関係ですよ」
無実を主張し、ロークは小さく両手を挙げた。
無関係と言う彼の言葉をライナスは信用しなかった。今までの言動を観察した結果、彼は信用に値しない人物だと断言出来るからだ。
「誰が貴様の言葉を信じるか」
「嘘ではありません。これは他の魔術師の仕業です」
四面楚歌でも余裕を保っていたロークが少しばかり動揺を見せた。
彼は火刑台から飛び降りると、両手を挙げたままライナスに近づいた。敵意はない……ようにも見えるが、油断は出来ない。
「どうやらわたくしの最高に盛り上がる登場演出を利用して彼女を連れ去った者がいるようです。その者が彼女そっくりの土人形にすり替えたのでしょう」
「ほう。どんな魔術師だ?」
「薄汚れたコートを着た髪の短い魔術師です。生憎わたくしが見たのは後ろ姿だけですので性別まではわかりません」
「短髪に汚れたコートか……それで、その魔術師は何処へ消えた」
「あちらの方角です」
ロークはビルの屋上を指差した。燃える火刑台に注意が向いている間に、死角である屋上に逃げたらしい。
「貴様らは仲間ではないのか?」
「ええ」
「証拠はあるのか?」
「物的証拠はありませんが、組織の活動内容でご納得頂けるかと」
ロークはコートの下に隠していたネックレスを見せた。ネックレスには銀色のタグの付いており、歯を見せて笑う猫の絵が刻印されている。
「わたくしが籍を置いている組織の名はプラズ・ドニック。祭り好きの魔術師ばかりが集まった小さな組織です」
「聞いたことのない名だな」
「で、しょうね。あなた方のように公にしていませんし、活動も地味ですから。ご自宅に戻られたら調べてみるとよろしいでしょう」
魔術師は昔から魔術の系統や趣味・趣向を同じくする者を集めて組織を作ることが多かった。魔術を絶えさせないためであったり、単に理解し合える仲間が欲しかったりなど、理由は色々だ。
組織は基本的に秘密裏に作られる。公に知られているのはライナスの統括している組織のように政府と協力関係にあるものや、何百年も続いているもの、魔術を利用して犯罪を犯し、聖庁から目を付けられているものくらいである。
「主な活動は祭りを楽しんだり、ちょっとした興で盛り上げたりすることです。犯罪者ごっこや、正義を振りかざした偽善者ごっこは致しません。ですので、同朋が処刑されようが何をされようが興味はありません。助ける気もありません。わたくしは祭りが楽しければそれで良いのです」
彼は胸を張っていった。何を威張っているのかとライナスは呆れた。
「貴様の組織では、楽しければ人殺しも許容されるのか?」
「そうですね。祭りで死傷者が出るのは自然なことですから」
「罪の意識はないのか」
「微塵も」
彼はにこやかに返答した。反省の色はない。
「もしかして、怒っているのですか?」
「そうだな」
無差別に人を殺したこと。人を舐めきった態度。シプレが連れ去られるのを黙って見過ごしたこと。これらに対し、ライナスは怒りを募らせていた。出来るなら今すぐロークを殴って黙らせたいほどに。
「取引をしませんか?」
ロークが顔を近付け、囁いた。
「少女奪還に協力する代わりに、わたくしを見逃して頂けませんか?」
他人に興味がないと宣った男の口から出た意外な言葉。彼の考えがいまいち読めない。
「見逃せ、か。理由を聞かせてもらおう」
ベルナールに聞かれないよう、小声で尋ねた。
「まだまだ楽しみたいからですよ」
彼は途方もないくらい祭りが好きなようだ。そして虐殺を祭りと呼べるくらい頭がいかれている。
「くだらない」
ライナスは彼の胸倉を掴み、吐き捨てるように言った。
「我々は世界を守る為に存在している。軽々しく命を弄ぶ輩を放っておくと思うか?」
ライナスは魔術師だ。だからといって魔術師の味方というわけではない。同様に、魔術師だから人の敵であるというわけでもない。ライナスは明確な敵味方の線引きが出来ない難しい立場なのである。
シプレを中心に考えると、ライナスは魔女の疑いをかけられた彼女の味方であり、彼女を殺そうとする者達の敵となる。
しかしロークに焦点を変えると、無差別に人々を殺める彼の敵であり、対抗手段を持たない人々の味方となる。
ライナスが誰に手を貸すのかは状況によって変わる。そして、それは気まぐれや利益で決められるものではない。
選ぶのは常に、〈世界の未来を紡げる〉方である。
「貴様は今、彼女に生かされている。それを忘れるな」
忠告し、彼を突き放す。
本来なら真っ先にロークを捕らえなければならない。シプレがいなければライナスは迷わずそうしていた。けれど今相手をするのは単なる時間の浪費でしかない。彼に使う時間は、一秒でも彼女に費やしたいのだ。
「リズィー、ナーヴ、プロント、モルガンナ」
ライナスは四体の眷属を呼び出した。
「リズィー、お前はベルナールを守れ。絶対に死なせるな」
全身が茨に覆われた眷属は、命令に黙って頷いた。
「ナーヴ、プロント、モルガンナ。お前達はあの異形を始末しろ。手段は問わない。人を殺さなければ何をしても構わん」
揃いの紫色の甲冑を纏った三体は、騎士のように片膝を付き命令に従う意思を見せた。
ナーヴは剣を天高く掲げ、他二体を率いてぬいぐるみに向けて飛び立った。自分達よりも何十倍もある巨体相手が相手でも臆さず、槍を突き刺し、剣で斬りつけ、大斧で切断していく。
「おやおや、これは楽しそうな余興ですね」
ロークは嬉しそうに言った。手を叩き、恍惚の眼差しで眷属の手によってぬいぐるみが刻まれていく様を楽しんでいる。この男、楽しければ自分の
ライナスは軽蔑の念を抱きつつ、ロークに背を向けた。
「何処に行くおつもりですか?」
「彼女を奪還する」
「行かせませ——」
行く手を阻もうとしたベルナールの銃を、リズィーが叩き落とした。そして茨を絡ませ、彼の身体を拘束した。
「は、放せ!」
「何度も言わせるな。彼女は私達が保護する」
ライナスは振り返り、ベルナールを睨んだ。
「文句があるなら〈廃街〉に来い。じっくり話を聞いてやる」
そう言い残し、ライナスは火刑台の階段を上った。
火刑台に残された、シプレの姿を作っていた土。手袋をしたままそれを一掴みし、魔力の残余がないか確かめる。
魔力は個人によって異なる。血液や遺伝子のように血縁関係が強いほど似てくる傾向はあるが、一つとして同じものはない。喩え僅かな残余であっても、同じ場所に魔術師が百人いたとしても、本人を特定することが出来る。離れた場所にいても、魔力を辿ることで見つけ出すことも可能だ。
幸い、土には微かだが魔力が残っていた。同じ力を感知出来ればシプレを取り戻せる。
「大丈夫だシプレ。約束は必ず果たす」
ライナスは眷属の力で火刑台を燃やし、魔術師が消えた方角へ視線を向けた。
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