第2話 アージェットのビデオレター
『二月一日。現在時刻二十二時四十八分。アージェットが報告します。
お久しぶりです団長。そして、この様な形で報告することになってしまい、申し訳ありません。本当は直接お伝えしたかったのですが、少々厄介なことになってしまったので……
先日シティで起きた事件、そして例の少女についての情報をお伝えします。
まず結論から申し上げますと、彼女の……シプレ・ライラローズの処刑が確定しました。今日の昼に行われた魔女裁判で、そのような判決が下されました。
少し長くなりますが事件についてお話し致します。
全ては去年の十二月二十五日、ここから程遠くない場所にあるカントリーから始まりました。そこで事件が起きなければ。何事もなくいつも通りの平穏な日を過ごしていれば。彼女は残酷な運命を辿る必要もなかったのでしょう。
十二月二十五日。トゥワール地方のカントリーで一人の女性が行方不明となりました。女性の名はサーナリア・ライラローズ。シプレ・ライラローズの母親です。
彼女はカントリーで酪農業を営んでいました。結婚はしておらず、女手一つでシプレ・ライラローズを育てていました。性格は温和で、自然と全ての命を大切に想う優しい女性だったようです。
行方不明になったのは二十五日の昼以降。朝はいつものように娘をスクールに送り出したそうなので、それで間違いないはずです。シプレ・ライラローズが帰宅した頃には、何処にも彼女の姿はなかったそうです。
サーナリア・ライラローズの捜索は翌日から行われました。カントリー警察だけではなく、近隣の同業者達も一緒に捜してくれたようです。シプレ・ライラローズもスクールを休み、早朝から夜更けまで捜し回ったみたいです。ですが手掛かりは何一つ見つからず、捜査はすぐに行き詰まりました。
そして十日後、カントリー警察は何の成果も上げられないまま捜査を打ち切りました。彼らは彼女の失踪を単なる〈家出〉として片付けたのです。
当然その報告に娘のシプレ・ライラローズが納得するはずありません。彼女はその後も一人で母親を捜し、そして藁にも縋る思いでカントリー新聞に掲載されていたボクの事務所に手紙を送ったのです。
手紙の内容は至ってシンプルでした。母親を捜して欲しい。それだけでした。
けれど、短い言葉であっても、その中から彼女の想いがひしひしと伝わってきました。叫ぶ声が聞こえました。だからボクは、力になってあげようと思ったのです。
ボクらはその後、コトノハドリを使って連絡を取り合いました。そして一月五日、ボクらはシティで会うことになりました。
今思えば、彼女の運命を変えてしまったのはボクだったのでしょう。ボクがシティを離れるのを渋ったばかりに彼女をこんな目に遭わせてしまったのです。彼女をシティに呼ぶのではなく、ボクがカントリーに出向いてさえいれば、こんなことにはならなかったはずです……
そう、彼女と会うはずだった一月五日。カントリーとシティを繋ぐ装甲列車に乗って、彼女はシティに来ました。着替えと、ガイドブックと、タオルと歯ブラシ。そして依頼料である七十万フィブドルを大きな鞄に入れて。
事務所の場所はあらかじめ彼女に伝えていました。駅まで迎えに行くと言ったのですが、彼女が大丈夫だと言うのでボクはそれを信じました。
信じることは良いことです。でもあの時のボクは彼女を信じるべきではなかった。ボクは大人で、彼女はまだ十六歳になったばかりの子供。どちらの言葉が信じるに値するのかは明白です。ボクはボクの言葉を信じるべきだった。貫くべきだった。年齢の割にしっかりしていたから、つい大丈夫だろうと過信してしまったのです。
彼女は列車を降りると真っ直ぐ西に向かって歩いたようです。その様子はシティの監視カメラに映っていました。彼女は言われた通り、ボクの事務所に向かっていました。
そして、事件は道中で起こりました。
駅とボクの事務所の間には大きなスクランブル交差点があります。彼女はそこで信号が変わるのを待っていました。
そして信号が変わったと同時に、その場にいた二百十七名が命を落としました。
血の海。現場は二百十七名の血で真っ赤に染まりました。人々が血の海に倒れ沈み逝く様は、何人たりとも足を踏み入れることが出来ない冥国絵そのものでした。
その中に、ただ一人無傷で立っていた人物がいました。それがシプレ・ライラローズでした。彼女はすぐに重要参考人として警察に捕まり、魔女の疑いをかけられ異端審問所へ送られてしまいました。この不可解な虐殺を魔女のせいだと断定したのです。
警察の調べでは、被害者達の死因は失血死。死体には切られたような傷が残っており、犯人は鋭利な刃物のような物で殺害した可能性が高いそうです。ですが肝心の凶器が見つかっていないため、検察側は魔術によって作り出された刃物という〈根拠のない証拠〉を提出しました。
彼女の裁判は事件後あまり日を開けず始まりました。一応魔女裁判専門の弁護士を雇ったようですが、裁判記録を見る限り彼は信用できる人間とは思えません。どうも弁護をするどころか自白を迫っているとも取れる言動を繰り返しているようです。恐らく弁護士とは名ばかりの詐欺師に引っかかってしまったのでしょう。
彼女は裁判において何度も無実を主張しました。裁判は五回開かれましたが、全ての裁判でそう訴えています。
一月三十日。昨日行われた六回目の裁判で、彼女に死刑判決が下りました。
この最後の裁判なのですが、どういうわけか聖庁がメディアを使って全世界に公開したのです。
ご存知の通り、魔女裁判は非公開で行われます。裁判も、処刑も、全て秘密裏に行うのが聖庁の決まりです。人々の怒りや恐怖心を煽らないよう、そういった規則が設けられていました。
ですが、シプレ・ライラローズの裁判だけは公開すると聖庁が言い出したのです。これにより、世界中に彼女が残虐な魔女であると知れ渡ってしまいました。恐らくこの意識を覆すのは難しいでしょう。
団長。それでもあなたは守ると言うのですか? 自分の信念を貫くために、世界を敵に回すつもりなのですか?
申し訳ありませんが、ボクはこれ以上この件に関わることは出来ません。この動画を団長に残すのが、ボクの最後の仕事です。
いえ、あなたを裏切ろうと思っているのではありません。あなたはボクを救ってくれた。これからもあなたに尽くすつもりです。
……ボクは今、聖庁が放った刺客に命を狙われています。どこで情報が洩れたのか、シプレ・ライラローズと関わりを持っていたのが知られてしまったのです。彼らは是が非でも彼女を魔女に仕立て上げるために、関わった者を消すつもりのようです。
この動画を撮影した後、ボクは事務所を焼き払い、シティを出ます。そして身を隠せる場所に辿り着くまであなたとの連絡も絶ちます。それがボクが出来る最善の身の守り方です。
事件調書、裁判記録、シプレ・ライラローズについての調書はノブリス通りの貸倉庫二十九番に置いておきました。鍵番号は八五九一七七。一応普通の人には見えないよう細工をしましたが保証は出来ません。
急いでください団長。恐らく彼女の処刑は我々の運命すら左右するものになります。
どうか世界を、ボクらを、そして彼女を——』
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