廃街のエルピス
森石乙太
番犬は魔女に微笑む
第1話 地下の拷問室
今が何月何日なのか。ここに来てから何日経ったのか。身体に傷が刻まれれば刻まれるほど、その意識が薄れていく。
暗い密室。剥き出しの石壁に、冷たい石畳の床。爪先が少し触れるだけで寒気が走る。
部屋を照らすのは僅かな明かり。壁掛けの燭台だけ。その心許ない光が、部屋の不気味さを一層恐ろしく演出していた。
寒い。歯を嚙み締め凍てつくような寒さに耐える。
異端審問所の地下に作られた牢獄。更に地下に降りると、その部屋がある。
異端者尋問室。またの名を、拷問室。
この部屋に来ると最初に服を脱ぐように言われる。囚人に支給される簡素なワンピースだけではなく、下着も脱げと命令されるのだ。拒むと床に押さえ付けられ、顔を殴られ、服を破られる。それが恐くて、今では言われる前に自ら脱ぐようになった。悔しいが、そうなるように調教されてしまった。
服を脱ぎ、生まれたままの姿をさらけ出すと、今度は身体を拘束される。部屋の中央に用意された木製の磔台に、四肢を大きく広げた羞恥的な格好で縛られるのだ。
この状態で身体を隠す手段はない。唇を噛んで、事が済むのを耐えて待つしかなかった。
事が終わるのは一瞬か。それとも翌朝までか。いつになるのかは彼らの気分で変わる。
彼らは準備をしていた。角が欠けているテーブルの上に鞭や縄、ナイフなどを並べている。鼻歌を洩らしながら、陽気に、ピクニックの支度でもするかのように。
準備が終わると、いよいよ始まる。苦痛と恥辱の時間が訪れる。
男達は黒いローブに身を包み、笑みを浮かべた白い仮面で顔を覆う。奇怪で異様なこの格好が、尋問をする際の正装だ。
「では、始めましょう」
一人が言うと、彼らは各々の定位置につく。
何故そんな必要があるのかはわからない。知ろうとしても、始まると同時に目隠しをされるので知る術がないのだ。
「特犯囚人300599番。貴様は魔女か?」
否定。
直後、何かが空を切り、腹の皮膚を裂いた。
「もう一度聞く。貴様は魔女か?」
「ちが、い……ます……」
否定すると、また痛みが身体に走る。
異端審問所に連れてこられてからほぼ毎日、同じ事を繰り返し訊かれる。
お前は魔女なのか、と。
答えは当然、否、である。
その都度否定し続けているのだが相手は聞く耳を持たず、認めろと言わんばかりに身体を痛めつけてくる。叩き、抉り、切り裂き、剥がし。あらゆる手段で魔女であると認めさせようとするのだ。
身体は傷だらけだった。頭、顔、胸、腹、腕、脚、背中、尻。傷のない場所はない。両手足の爪は三日で無くなり、ここ数日は真っ赤な小水が出る日が続いている。物を食べてもすぐに嘔吐してしまうので、恐らく内臓も酷く傷ついていることだろう。
初めの頃は顔も殴られたが、一度目の裁判が行われた日を境にそれは禁止となった。その分、服で隠せる箇所への責めが酷くなった。
「貴様は魔女か?」
質問は続く。しつこいほど繰り返される。きっと、魔女と認めるまで続けられるのだろう。
拷問も続く。認めるまで続けられる。認めずに終わらせる方法があるとすれば、それは死。死ねばこの拷問から解放される。
だが死にたくない。死ぬためにカントリーを出たのではない。真実を知るためにシティに来たのだ。
だから耐える。耐えるしかなかった。涙を流し、悲鳴を上げて、来るはずのない助けを求め、祈り、苦痛に耐えるしかないのだ。
誰でもいい。助けてくれるなら人でも獣でも魔女でもなんでもいい。一日でも早く解放して欲しい。自由にしてくれるのなら、どんな事だってしても構わない。この痛みと辱めよりは、ずっと苦ではないはずだ。
「誰か……」
助けを呼ぶか細い声は、右肩を焼き焦がす痛みによって悲鳴に変わった。
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