第8話 ムツミにサヨナラを
某月某日。聖明歴505年になった。次の事件は五年後のアカツキ皇国の秘密結社暗躍とダラヤム共和国の革命だな。
亀のような歩みで手札と手駒が増えて強くなっている俺イーサンであるが、日ごろ世話になっている魔術学院の学院長に合う事が出来るようになった。
大魔術師アヤイズミ・ヒサメ。この世界で剣の頂がジードならば魔の頂は彼女に違いない。そんな彼女に呼ばれたのだ。
「僕に会いたかったの?」
普段自分の部屋に閉じこもり切りの一本に束ねた三つ編みを肩にかけて、大きな丸眼鏡をかけた少女に見える大魔術師はそう聞いた。
「はい、アヤイズミ先生」
「ヒサメでいいよ。僕に会ってお願いしたいという人は多い。それで一応聞くけど何の用」
「単刀直入に言います。先生あなた殺されます」
「うん。知っていたウアヌスだね。彼とは親しくてね死にゆく彼への手向けに僕の首という花束を」
「ご存知でしたか」
原作で教皇に殺されるのを警告しに来たら本人はそのつもりだった。何百年も生きている人間の精神性は解からない。
「そうだね。でも君がしたいのはそれじゃない警告じゃない。行ってみなさい」
「先生の魔術の全て見せていただきたい」
「うん、別にいいよ。いずれ僕が死んで失われるはずでも複製の能力という形で残るなら僕としても嬉しい。でも言っておく君はカードゲームをするかね」
「トランプなどは最近しました」
「魔術師のゲーム、札に封印したモンスターを戦わせる遊びなんだけど君が僕と同じカードを手に入れてもプレイングでは及ばないだろうね。魔術も同じだろう。剣聖ジードの如く聖域には至れないそれは知っておくべきだね」
「お見通しですか」
「時間があるときに遊びに来なさい。異界で悠久の時を過ごしたこともあって実年齢よりも歳なんだ想像以上に量はあるよ」
「ああ、先生知り合いの子も連れてきていいでしょうか」
「好きにしなさい」
こんどはソウトも連れて行こう。原作ではわずかな時間しか彼女に学べなかったから確実にパワーアップするだろう。
某月某日、あれからちょくちょくとアヤイズミ先生に魔術を見せにもらいに来ている。彼女だけが使える魔術の種類は膨大だ。優先度が高い術、希望の術を中心に見せてもらう。
「とりあえず。それと君は魔術の使い方に少しは慣れなさい。たとえ私の魔術を全て覚えたとして無制限にカードを使えても、使い方の差で負ける」
「なるほど、でも違う流派で同じ効果の魔術とかは覚える必要があるのですか」
「どんなカードが勝敗を分けるかはわからないし、一つ一つ微妙に違う燃費や精度、難易度」
「そうですか。まあ覚えておいて損はないか」
「ソウト君だっけ、君は素質があるね。出会う時が違ったら僕を継承できたかも知れない」
「……え、ああ……はい……そうですか」
屈んで、ソウトに目線を合わせながらアヤイズミ先生はそういう。その姿は優しいお姉ちゃんにしか見えない。
この年一年いっぱいは、アヤイズミ先生に魔術を学んだ。
某月某日、聖明歴506年になった。アヤイズミ先生から魔術を学びそれも一段落付いた頃、ムツミが倒れた。
いつも帰りを待っていてくれて、いつも会っていたのになぜ気づかなかったのだろう。そう自分を責めながらアヤイズミ先生の所に担いでいった。
「ホムンクルスの寿命だね」
「寿命」
「君は魔眼で不老になっているから関係ないだろうけど、ホムンクルスは特別な処置をしない限り寿命は短い。まあ安心したまえ、これでも大魔術師だ、寿命を延ばす方法の百や二百、共に生きたい不老不死の十や二十用意できるよ」
「いい。楽しい人生だったからここでいい」
「そうかい。そう思えるのも一つの幸せだね」
気が付いたムツミがそういう事を言い出し、アヤイズミ先生が頷いた。
「ちょっと待ってください。先生」
「イーサン、本人がそういうんだ彼女の意志を尊重してあげなさい」
「ムツミ、俺に悪い所があれば直すから生きるって言っておくれ」
「ごめんね、イーサン。イーサンの事は大好きだよでも私はホムンクルスだからホムンクルスの寿命があるの」
これでも長い付き合いだ彼女の様子から説得するのは無理だと悟った。
「何か、したい事とかあるかい」
「じゃあレイメイに帰りたい」
「そうか、帰ろうレイメイに」
俺は彼女のムツミの最後の時間を一緒に過ごすことを決めた。
某月某日。アカツキの港にソウトとアヤイズミ先生が見送りに来てくれた。
「見せられる術は全部見せたけど使い方をちゃんと熟練させるようにね。まあ出来る限りでいいさ。ムツミちゃんとのことを優先すればいいよ」
「なあ先生やっぱり」
「駄目だよソウト、ムツミが決めたことなのだから」
「イーサン、ムツミさん。お元気で」
彼らに見送られてレイメイ行きの船に乗る。
レイメイ政府としてはエル・ウルスとの関係上あまり真の魔眼持ちを国内に置きたくない事情がある。それなのに今回の事は独立戦争時代の仲間が色々と動いてくれて。レイメイの研究所で静かに過ごせそうだ。
「ムツミ、帰ってきたよ」
「うん。起きて、ご飯を作って、食べて、洗濯をして、皆に会って、最後までそうやっていたいな」
「そうだね。そうしよう」
某月某日。まず、庭の片隅の墓に持ってきた花束を置く。そうして、研究所でのスローライフが始まった。幸い、この後の事件までは猶予はあるしソウトも鍛えた。財団もある。この時間を大切にしよう。
そうして一年が過ぎて、いよいよの時が来た。
「イーサンは優しいからいっぱい悩むけど、悩むことに苦しまないで」
そう笑って彼女は眠った。子犬みたいで、俺についてきてくれた彼女は多分、俺なんかよりも自分の命について理解していたんだろうと思う。
某月某日。ムツミの葬儀も終わったころ、レイメイに来ていたアポスを見つけて食事に誘った。
「たぶんさ。ムツミが早かっただけで俺たちの先をどんどん人が通り過ぎていくんだろうな。」
「……はい」
「悪かったな愚痴に突き合わせるような真似をして」
「いいえ」
もう、聖明歴507年か随分とたったな。その後、アポスとそこそこに話して別れた。
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