第5話

「おお? 市長様はこんなところにいたのか? てっきり自分の部屋にいるかと思ったんだが……ご機嫌麗しゅうってところか?」

 ルードヴィッヒは貴族の挨拶みたいに、深々と腰を落としてお辞儀をした。だが、それは完全にこちらをバカにした態度である。

「ルードヴィッヒ……よくも街を、カーマインのみんなを!」

「ハッ! まさか……お前、まさかとは思うがよ? あの獣達のために、わざわざ戻ってきたんじゃねぇだろうな? おいおい、せっかく拾った命なのに、あんな……クソみたいな亜人共のために~戻ってきたとか~言わねぇよな~?」

 腰を曲げたまま、頭だけを上げ、ボクを睨みつけるルードヴィッヒ。下を出したまま、完全にボクを侮った態度で……いや、蔑んだ態度で言う。

「ああ……ああ、そうだよ! けど、それだけじゃないぞ! ボクはアンタを止めて、この街を救うんだ!」

「おいおいおい! マジか! マジかよ、すげぇな……街を救うってか。こいつは……クックックッ! いいなぁ、ガキっていうのは! 夢があってよぉ。そうそう、いいなぁ、夢っていうのは。ならよぉ、俺の夢も聞いてくれよ!」

 オーバーリアクションという言葉が控えめに思えるくらい、大げさな身振り手振りを見せるルードヴィッヒ。だが、急に大人しくなり、顔を左手で覆ってみせる。

「俺はよぅ……この街の獣臭い連中をみな殺しににするのが、夢なんだぜ?」

 ゾクッッ……

 悪寒がする。それは、指の間から見えた彼の目が……まるで狂人のものに見えたからだ。

 来るっ……!

 ドウウゥゥンッ!! シュバンッッ!!

 一瞬で距離を詰められる。ルードヴィッヒが抜いた剣は、ボクの顔を横に斬り裂くように振り抜かれた。ボクは後ろに一歩退き、剣先は鼻先を掠めた。

「バーカ!! それじゃあ、さっきと同じだろうがぁぁっ!!」

 振り抜かれた剣を切り返し、すぐに突きの一撃が繰り出された。

 ガッッキイイィィィィンッ!!

「ああん? てめぇ……!」

「誰が……バカだって? アンタにだけは言われたくないね! 悪いけど、同じミスは……二度はしないぞ!!」

 ボクは腰に下げた剣を抜き、相手の剣を弾き返した。敵の兵から奪っておいたヤツだ。

 クロノスブレードは『防御系アビリティおよびスキルを無視する』能力を持つ。逆にいえば、それ以外のもの――例えば剣でなら受け止められる。

「ああ、そうかい。それで? お前、まさか俺に剣で勝とうなんて思ってんじゃ……ねぇだろうな!!」

 ルードヴィッヒが猛攻を繰り出す。上から斬り下し、返しで斜め右から切り上げ。さらに刃を返して横に薙ぐ。

 ボクにはコイツの剣さばき自体は見える……が、それに対応するのはギリギリだ。手に持った剣でいなしたり、体をひねって躱したりするけど、どれもスレスレ……いや、時折かすっては、ボクの体に切り傷が生まれる。

 相手は流れるように攻撃を繰り返しているのに対し、ボクは無駄な動きが多い。当然、体力の消費も激しい。

 アビリティの補助があっても、これだけ激しい動きを続ければ、疲労がどんどん溜まっていく。

「おいおい、どうした! もう終わりかぁ? さっきまでの威勢の良さはどこに消えたんだ!!」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

「息が上がってるぞ? はっはっは! まったく、バカな奴だぜ! 弱いなら弱いらしく、大人しくしてりゃよかったのさ! 俺に歯向かうから、こんなことになるんだよ!!」

「え? ……クックック! あーっはっはっは!!」

 ボクは思わず笑ってしまう。ルードヴィッヒはあからさまに不快な表情を浮かべた。

「何を……笑ってやがるっ!!」

「そうか……ようやく、わかった。どうも、アンタを見てるとイライラすると思ったんだ。似てるんだな……そう、そっくりなんだよ」

「あぁん?」

「アンタ、俺のよく知ってるヤツに似てるんだ。偉そうで、力に任せて行動するところ。何でも思い通りになるって考えているところ」

「だから何だってんだよ!」

「ついでにそいつは、頭が悪くて、言い訳が上手くて、すぐに調子に乗る……粗野で乱暴で弱い者イジメしかできない意気地なし! ほらっ、アンタにそっくりだ!!」

 ルードヴィッヒの口はへの字に曲がり、こめかみには太い血管が浮かぶ。眉間にはみるみるシワが増えていった。

「そんなに死にてぇなら……かっ捌いてやるよぉぉぉぉお!!」

 ルードヴィッヒは、黒い剣を腰の位置に持っていき、半身を引いた。これまでとは違う構え……予備動作。

「刻むぞ! 血刀十字!!」

 次の瞬間、ボクの体に対して、十字に交差する赤い光が見えた。

 ここだ!

 スキルの効果範囲を示す赤い光の帯。

 次にどんな斬撃が飛んでくるのかがわかる……なら、それを防ぎ、躱すこともできるはず。剣術で敵わないなら、ここで勝負をつけるしかない!

 赤の軌跡が表れてから、一秒も経っただろうか。ルードヴィッヒが最初に放ったのは横薙ぎだった。

 速い!

 明らかに、さっきまでの剣撃よりも速度が上がっている。スキルの効果なのか……だが、攻撃の位置はあらかじめわかっていた。だから、ボクは上体を後ろに倒し、この横薙ぎを何とか躱した。

 だが、それは失敗だった。

 次に飛んでくるだろう、縦の軌跡も同時に避けたつもりだったが、いつの間にか位置が移動している。ルードヴィッヒは、ボクが一撃目を避けるのを見て、そこから二撃目の位置をズラしてきた。

 このままだと、ボクの脳天は確実に真っ二つだ。

 ボクは慌てて、体を左側へと半身だけ捻る。その勢いを利用して、持っていた剣をスキル効果範囲の中へと運んだ。次の瞬間……。

 キンッッ!! ギギギギギギーーーーギギギッッ!!!

 ルードヴィッヒの振り下ろした黒剣が、ボクの持つ剣――その刃に当たる。

 衝撃が伝わってきたと同時、ボクは剣をわずかに傾け、受け流そうとした。だが、その力は凄まじく、刃同士が擦れ合う。それにより、金属が摩擦する不快な音と同時に、火花が散り始めた。

 ヤバい! 競り負けたら、ボクは……死ぬっ!

「うがああああああああぁぁぁぁっっっ!!」

「この……クッソガキがあぁぁぁぁぁ!!!」

 パキンッッ!!

 折れた。

 ボクの剣は、刃の根元から完璧に折れてしまう。ルードヴィッヒの剣撃に耐えきれなかった。

 けど、剣の軌道は完全に外れ、アイツの剣は空を斬り、そのまま床を叩いた。

 ここだ!! ここしかない!!

 ボクは地面を蹴る。上半身を捻った勢いそのままに、体全体を回転。そのまま倒れ込む前に、折れた剣の柄を握ったまま!!

「当たれぇぇぇ!!!」

 右の拳を振り切った。

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