第3話

「この娘、本当に大丈夫かのう?」

 ゲンダリオンは心配そうに問いかける。彼の手の中には、ミリアの体が握られている。もちろん、潰したりしないよう、優しく掴んでいるだけだ。

「うん、多分。力を使いすぎちゃったんだと思うよ」

「ふむ、なかなか高等な術を使う娘だと思うておったが、よもや空間転移の術まで身につけておるとは……さしものワシも驚いたわい」

 ゲンダの背中にしがみつきながら、ボクはミリアの姿を確認する。雲より高い位置にいるにもかかわらず、いびきをかきながら眠っている。よほど、疲れているのだろう。

 ゲンダの持つ『轟嵐』のアビリティを封印し、ボクは彼にリィンバームまで運んでもらうことにした。

 そのまま街に戻っても、おそらく屋敷までたどり着くのは難しい。仮に到着しても、それまで市長が持ちこたえられるか、わからない。

 だから、なるべく早く、確実に屋敷へと着く手段として、ゲンダの力を借りることにした。

「それで、本当によいのか? お主一人で飛び込むなど……ワシも着いていったほうが」「ダメだよ。今、ゲンダには轟嵐がないんだ。向こうには法術使いもたくさんいるみたいだし……このまま突っ込んだら、ただの的になる。それとも、法術をそのまま喰らっても、耐えられたりする?」

「う~む、試したことはないが……おそらく無理じゃな。じゃが、お主の盾くらいにはなれるぞ」

「ダメだよ。ゲンダにはミリアを看ていてほしい。大丈夫、ボクなら。あの黒い剣にさえ気をつければ」

「まさか『クロノスブレード』が、かような場所にあるとはのう。当時の仲間の一人が形見として持っていったはずじゃが……月日というのは、奇妙な縁を生むものじゃ」

 ミリアが眠る前に教えてくれた。

 ボクの腹に刺さった剣の名前。『クロノスブレード』は、英雄クロノの愛剣だった代物だ。その刀身は特殊な能力を備えていて、『あらゆる防御系アビリティおよびスキルを無視する』という。その力があったから、クロノはゲンダリオンの轟嵐を斬って、仲間にすることができたらしい。

「あの黒い刀身にだけ気をつければいいんだ。あくまでスキルとアビリティを無視するだけだから、普通に防御することはできるみたいだし」

「しかし、あの剣はそこらの人間には扱えないはずじゃぞ? 少なくとも、クロノと同等か、それ以上の何かを持っている可能性がある。普通に戦って敵うかどうか……」

 老人というのは、どうして若者のやる気を削ぐのが上手なんだろう。いや、単に心配しているだけなのは、わかるんだけど。

 でも、今回はダメだ。何を言われても、引き返すつもりはない。

「ここは正念場なんだ。仇を引き受ける……最後のチャンスだ」

「しんどいことをわざわざ引き受けようとは……おかしな性癖を持った人間じゃな、お主」

「性癖とか言わないでくれる? 何か誤解を招く気がするから!」

 日は暮れているのに、ボクらの視界には赤い光が瞬く姿が映る。まだ屋敷の防御は破れていないんだろう。何度も赤い光が弾けて、空に明かりを映している。

 その時だ。

 パッリィィィィンッッ!!

 リィンバームの方角から、ガラスが砕けるような音が響いてきた。目を凝らすと、街の中心を覆っていたドーム状の光が、バラバラと砕けていくのが見える。

「あれって!」

「うむ、どうやら防護用の法術が破られたようじゃのう。急いだほうがよさそうか?」

「うん! お願い、全速力で!」

「承った! しっかり掴まっておれよ!!」

 ズオオオオオォォォォ!!

 ゲンダは翼を大きく広げ、わずかに高度を下げながら、一気に滑空を始める。さっきまでと比べものにならない風圧だ。

 しばらくすると、リィンバームを囲む壁を越えるのが見えた。

「よし、もうすぐ着くぞ!」

 ボクは身震いをする。

 体に着いた霜を払いつつ、自分の両頬をひっぱたいた。

 パシンッ!

「気合は十分! あとは……出たとこ勝負だ!」

「本当にやるのか? こんな高さから落ちれば、人間は潰れてしまうと思うがのう」

「大丈夫! 一度やってるから。というか一番最初に……か」

 ゲンダは何やら不思議そうな顔をした。だが、それに応じている暇はない。

「本当は館の前に落ちるつもりだったんだけど……ここは直接行くよ」

「シュン! もし、お主が戻らぬようなら、ワシは屋敷に突っ込むぞ」

「え? いやいや、ちょっと待ってよ! それはナシだって……」

「お主はワシの仲間になった! もう二度と、仲間だけを死なせるような真似はできぬ! これはワシ自身の矜持と心得よ!」

 これで失敗できない理由が増えたわけだ。

「……わかった。どっちにしても、失敗したら後のことなんて、考えてられないよ」

「シュン様~どうかぁ、ご無事で~」

 ゲンダの体が身を乗り出して下を見れば、ミリアが薄っすらと目を開け、こちらに笑いかけている……ように見える。

「寝言かな? そうじゃない? どっちでもいいか。うん、行ってくる……リィンバームを救いに」

 ボクはそのまま、ゲンダから飛び降りる。

 ビュウウウゥゥゥゥゥゥッッ!!

 耳に風切り音がけたたましく響いてくる。風圧もスゴい。

 かろうじて目を開ければ、ボクの体は間違いなく、市長の屋敷へと向かって……落ちているのがわかる。

「いいぞ、このまま……!!」

 ボクの視界が、一気に屋敷の屋根で覆われた。

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