第2話
ボクは顔を上げずに、トボトボと歩き出す。
足元しか見えないから、目の前にあるものもわからず、思わず道の脇に生えている木に激突した。
「痛い……いや、痛くはない、か」
ゴチンッと、いい感じでぶつけたはずだけど、頭にさほど痛みはない。今のボクは、そういう能力がある。
「これで~よかったんですかぁ?」
「よかったって……何がだよ?」
ミリアの質問に、ボクは別の質問で返した。
「だって~彼女ぉ、多分~死んじゃいますよぉ?」
「キミ……なんで、このタイミングでそんなこと……」
ギョッとした。
振り返った時、ボクの目に映ったのは、ミリアの瞳で……これまで見たことがないくらい、ボクをまっすぐに見据えていたからだ。
碧い宝石のような輝きを持つ目……ボクは思わず顔を背けてしまった。
「シュン様は~助けたいのではありませんかぁ? 本当はみんな~、助けたいのではないですかぁ?」
「違う……違うよ! ボクは……厄介事なんて嫌いだ。こんなトラブル、巻き込まれたくない。誰が困ろうと、そんなのボクの知ったことじゃない!」
言葉を強くして言う。でも、ボクはミリアのほうに目を向けられない。
「嘘ですよ~、そんなのぉ。だって~、助けようとしてくれたじゃないですかぁ」
「それは……ボクに危険はないって思ったからだよ! 傷ついたりしないって……ミリアが言ったからだよ!」
ああ、クソ!
お腹に溜まっている何か……黒くて、淀んでいて、内臓を押し上げるようなものが、どんどん込み上がってくる。
「ボクは……誰も助けたくなんかない! 全部、巻き込まれたからだ! そう……そうだよ! 全部、ミリアのせいじゃないか! キミがこんなところに呼ばなきゃ! ボクはこんな痛い思いも、苦しい気持ちにもならなかったんだ!」
違う。
「いい? ボクのいた世界は、こんな戦いとは無縁で……みんな平和に暮らしてるんだよ? 安全で安心して生活できる世界なんだ!」
違うね。
「こんな……誰かを助けるとか、救うとか……そんなこと、考えなくていい世界なんだ! ボクをあっちに帰してよ!!」
ボクは嘘吐きだ。
「ダメですよ~嘘を吐いたらぁ。そういうの~よくないですよぉ、シュン様~」
知ってるよ。ボクは嘘吐きだ。
あっちの世界だって、いつも誰かが助けを求めてる。
ただ、あそこでは全てに目を閉ざしていられるっていうだけ。
そういうの、見抜かれたことなんて……なかったのになぁ。
「何も知らなかったのに~ワタシのことぉ、助けてくれたじゃないですかぁ」
「え?」
ミリアが何を言ってるのか、ボクはよくわからなかった。
「ここに来たばかりで~何も知らなかった時にぃ、ワタシを庇ってくれましたぁ! そのまま逃げることだってできたのに~。あの時~どうして助けてくれたんですかぁ?」
「そんなの……でも、だって……痛いんだよ? 誰かを助けるって……すごく痛くて、苦しいんだよ? そんなの、自分からするヤツ……ただの、馬鹿じゃん」
そうだよ、人助けなんて、ただのバカがやることだ。
「でもぉ、ワタシは思ったんですよ~。見ず知らずのワタシのために~命を懸けてくれたシュン様こそ! ずっと待ってた方なんだって~。世界を救う、征服者様なんだって~」
「だからっ! ボクは……世界征服なんてしない……できないよ。ボクは、世界を救うなんて……世界どころか……女の子一人、救えない」
こんなこと、ミリアに言っても仕方がないのに。こんな……ボクの後悔なんて――
「救えますよ~救われましたよぉ。ワタシはアナタが現れて……救われ……たん、です」
ミリアが急に眼を閉じる。同時に、体から力が抜け、ガクンと……。
「危ない!」
ボクは彼女の腰に手を伸ばし、何とか抱えようとした。だが、あまりに急のことで、そのまま倒れ込んでしまう。
「いっ……たい。ちょっと、ミリア! 大丈夫?」
「す……すみませ~ん。ちょっと、頑張り……すぎちゃいましたぁ。さすがに、法術を使いすぎて……容量が、厳しい感じですねぇ」
力なく笑うミリア。
黒の兵団から逃げるために、転送スキルを使って。ティーネを……そしてボクを治療するためにもスキルを使用し続けたはず。
明らかに顔色が悪くなっていたはずなのに、ボクを元気づけようとして……。
「ホントさ……なんで、そこまでするの? もうさ、めちゃくちゃ迷惑なんだよ? ボクがさ、嫌がってるの……わからないの? ミリアってさ、バカなんじゃないの?」
「えへへ~。そうかもしれませんねぇ、そうかもしれませ~ん。でも~いいんですよぉ。シュン様が無事なら~シュン様にぃ、望まれなくてもいいんですぅ。アナタのそばに~いたいんですぅ」
ああ、もう。
なんて……なんて。
羨ましいんだよ。
そうだよ、そういうのだよ。
ボクもそういうこと、言いたかった。
「なんで……そういうこと言えるんだよ。ボクだって……そういうカッコいいこと、言いたいよ。助けるだけでいいって……助けたかっただけだって。ああ、そうだよ! 恩が仇で返ったって……そんなの、関係ないんだって!」
「シュン様ぁ? どうして……どうして泣いてるんですか~? 傷が開いちゃいましたかぁ?」
「違う……いや、そうだね。ずっと前に、治ったと思ってた傷が……きっとずっと、生傷のままだったんだ」
イジメから助けた幼馴染みは、そのあと……ボクを無視した。
きっと彼女は、またイジメられるのが怖かったんだろう。ボクと視線が合うたびに、怯えたような表情をして……だから、それでいいって思った。
でも、ずっと無視され続けるのは、本当に苦しいことで……いつしか、ボクは彼女を……。
『憎く』思うようになっていた。
「お角違いの逆恨みだ。『助けて』なんて言われもしないで……勝手に助けた癖に、見返りを期待するなんて……そんな自分が、汚いから。何も見なけりゃいいって。そうすりゃ……何も助けなければ! それで安心だって、思った。けど……そういうの、カッコ悪い……カッコ悪いだろ、そんなの!」
「なら、救ってくださ~い。シュン様の見たものぉ。眺めた世界……そ~したら、シュン様は世界征服できますからぁ」
「征服……ねぇ。救済とは、まったく逆だと思うけど」
「なら、同じですよ。逆ってことは~、同じってことですぅ」
「相変わらず……何言ってるのか、わからないよ。ミリアは」
ボクは倒れていた体を起こす。ミリアも、起きようとしたから、もう一度手を貸す。
「ミリア、お願いがある。今のキミには……多分、無理なお願いだけど」
「は~い。頑張りますよぉ、シュン様~」
元気のよい返事をしたミリア。けど、どう見ても疲労困憊で、ヘトヘトなのがわかる。そんな彼女に、ボクは無理を承知で頼んだ。
「ゲンダリオンのところまで行きたい。スキルで連れていってほしいんだ」
「それって……今すぐに~って意味ですかぁ? ホントに~ヒドいお願いするんですねぇ。あれ、大変なんですよ~? ワタシ~これでも命の恩人なんですけどぉ?」
「ああ、知ってる。だから、恩は仇で返そうと思って。それとも、優しくしてほしいの?」
「いいえ~ワタシはぁ、シュン様の世界征服を~、お手伝いしたいだけですからぁ」
そう言うと、ミリアはボクから少し離れ、杖を天高くかざそうとした。よろめく彼女を見て、ボクは後ろから支え、杖に手を添えた。
そして、ミリアのスキル発動と同時に、青い光の柱が天を貫くように出現した。
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