第9話

 ゴクリ……。

 思わず息を飲んでしまう。

 今のボクは、簡単にやられたりしない。そうわかっていても、目の前の情景は、ボクに恐怖心を与える。

 こういう感覚は……久しぶりだ。できれば、二度と味わいたくなかったんだけど。

「おい、ガキ。今すぐ土下座しろ。そうしたら、命までは取らねぇよ。同じ人間のよしみだ。歩けなくなるまでボコボコにして、終いにしてやるよ」

「おやおや? まさかと思うけど、それって慈悲でも見せてるつもり? 本当に……どうして、あなたみたいな手合いは『自分に酔う』のが好きなのか……優しいオレカッコいい、みたいな? その悪人面で優しくされても、女の子はみ~んな逃げ出しちゃうだけだって」

 煽る。

 ここは徹底して煽るぞ。

 敵に囲まれて、相手のほうが圧倒的に数は多い。まともに闘ったら、確実に負けは決定だ。

 なら、目の前の男一人だけに相手を絞りたい。

「そもそも、ガキだガキだと言いつつ、それを大勢で取り囲む……恥ずかしくない? 味方がいないと、偉そうにふんぞり返ることもできないわけだ」

「なん……だとぉ? テメェ、それは俺のことを言ってんのか? この、俺のことを?」

「他に誰がいるっていうのさ。まさか、目も見えないの? 目つきだけじゃなくて、視力も悪いなんて、かわいそうになってきたよ。まあ、それじゃあ、周りに助けてもらわないといけないわけだ。仕方ないよね、頭も目も悪いんだから。ガキなボクは、ここに一人できたけどね?」

 ビキィィィッッ!!

 おお、スゴい。ルードヴィッヒの額に、ぶっとい血管が浮き上がってる。眉間には数え切れないほどのシワが寄っている。

 よし、怒ってる。あと、もうひと押し!

「さぁ、百対一の戦いを始めようか? ダメだよ、手を抜いたりしたら。これで負けたら、もう目も当てられないからね~」

 瞬間、ボクの頭上に影が落ちる。それが『何なのか』はすぐにわかった。だから、ボクはスッと右にステップ。振り下ろされた剣を避ける。

 ガッツウウゥゥゥーーーンッッ!!

 ルードヴィッヒの黒い剣は、地面へと深々刺さっている。敷き詰められた石畳さえ、ものともしていない。

 こいつを受けたら、さすがにデコピンの痛みでは済まないだろうな。

「一対一だ! 間違えるなよ? テメェみたいなクソガキは、俺が直接ぶっ殺してやる!!」

「今から土下座するつもりだけど、さっきの約束は守らないの?」

「そんなもんは、ナシに決まってんだろうが!!!」

 ブンッブーンッ!! ブォォォォン!!

 地面に刺さった剣を握り、そのまま切り上げ、横薙ぎ、振り下ろしの三連携を放つルードヴィッヒ。だが、ボクの目には、それが全て映っている。

 ギリギリ躱しつつ、少し距離を置く。

「コモンスキル発動、ウィンドクラスター!」

 ボクの前方へと、まるで空気の壁のような突風が吹く。

「しゃらくせぇ!!」

 ルードヴィッヒは、黒剣を両手で握り、そのまま全力で振り下ろす。

 グオオォォォォンッ!!

 ボクの放ったスキルを一刀両断。ルードヴィッヒは完全に無傷である。だが、切り裂いた風は、彼の両脇を抜けて、後ろの黒い鎧を五人ほど吹き飛ばした。

「おらぁ! くだらねぇ法術なんざ使ってんじゃねえぞ!! さっさと真っ二つにしてやるから、かかってこいや!!」

 言ってることがチンピラ以外の何ものでもないな。

 だけど、コイツ……強い。ボクが使うスキルは、どれも法術に属するもの。

 そもそも何で『魔法を剣で斬る』みたいなこと、普通にやってのけてるんだ?

「バカだからって、嘗めたらダメってことか……」

 黒の兵団は千人近いメンバーがいると聞いた。それも、ロクでもない連中の集まりだって。

 よく考えてみれば、そういう組織を率いてる人間の実力が低いわけがない。ルードヴィッヒという男を直接見ていたせいで、そういう客観的な情報を忘れてた。

 そもそも、一対一で戦うという話になっても、周りの連中は止める気配さえ見せなかった。要するに、挑発に乗ろうが、決闘になろうが、関係ないわけだ。

 負けないだけの実力がある……そういう信頼が、ルードヴィッヒという男に向けられているんだ。

 でも、それならコイツを倒す意味は、なおさら大きい。

「コモンスキル発動、アイス……」

「遅ぇんだよ!!」

 ルードヴィッヒは、ボクのほうへと飛び込んでくる。その巨体がいきなり近づいたせいで、ボクの視界が一気に奪われる。

 驚いて、後ろに飛び退く。次の瞬間、さっきまで立っていた場所が、剣で薙ぎ払われる。だが、それでルードヴィッヒが止まるわけじゃない。そのまま、剣を切り返し、腰に構える。

 あ、これは『突き』に繋がるな。

 相手の動き自体がハッキリと見えるから、次の動作も何となくわかる。ボクは今、後ろにジャンプしている状態だから、このままだと避けられない。

 おそらく、このままだと、腹部に直撃するだろうか。

 問題は、それがどの程度のダメージになるのか……。

 以前、剣が額に当たった時はデコピン一発というところだったけど……ルードヴィッヒの一撃は確実にもっと痛そうだ。

 そんなことを考えている時、脇目に見慣れた顔が映っていることに気づいた。

 ミリアである。

 その脇にはティーネもいる。どうやら、治療が終わって、助けに駆けつけてくれたようだ。よかった。

 ……というか、何か長くないか。

 確かに、こっちに来てから、色々とよく『見える』ようにはなっていたけど、こんなに時間がゆっくりと感じたの初めてだ。

 だって、ミリアの口元の動きまでわかるくらいだから。

 え~っと、何なに?

 よ・け・て・しゅ・ん・さ・ま?

 パキィィン……ザシュッッッ!

 違和感を覚える……お腹の辺りだ。

 トクンットクンッと、自分の脈動がハッキリと感じられる。それに、何か異物が入り込んでいるような……そんな、感覚。

 確認しようと視線を落とす。

 黒い剣が、ボクの体に、深々と、差し込まれている。

「あれ? なんで……?」

 視界が揺れる。違う。ボクの体が、揺れてるんだ。

 剣が、抜かれる、と……支えが、なくなる。

 脚が、ガクガクと、震えて……力が抜け……膝で立つのが、やっとになって。

 息が、荒くなってきた。トクンッと、心臓が動くと、コポッて腹か何かが、抜けて……いくのが、わかる?

 膝で、立つのも、無理だ。前のめりに、倒れ……?

 え?

 あ……あぁ?

 い……痛い?

 痛い……イタイいたい痛いイタいいたいいたいたいたいたいいいたいいたいたいい!!

 激痛が走る。こんなのは、ボクは知らない。おかげで、失いかけた意識が戻ってきた。急に頭がハッキリする。いたい。同時に体が完全に力が抜けて、いたい……仰向けに転がる。

 ルードヴィッヒが剣を振り上げて……痛い。でも、ティーネが攻撃を仕掛けて、いたいイタイ……ミリアが駆け寄って、泣きそうな、顔をして。

 瞼が、重くて。

 ……

 …

 痛いなぁ。

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