第8話

 市長の屋敷は、黒い鎧の集団に囲まれていた。だが、そこに白いローブを来た人間も混ざっている。

「「炎呪の連なりは敵を討つべし、焼くべし、砕くべし! 汝の名は『紅蓮の投擲』!」」

 白装束達は、全員で一斉に詠唱を行った。すると数十の燃える球が屋敷に向かって飛んでいく。

 ドドドドドーーーーーーンンンンッッッ!!!

 ポーーーーン!

 爆発は屋敷の手前で起こる。見えない壁に阻まれるように。

 白い光のドームは、不思議な音を放ちながら、屋敷への攻撃を拒んだ。だが同時に、光の欠片がパラパラと地面に落ち……そのまま消えていくのも見えた。

「よーし! そのまま続けろ! さぁ、市長さんよぉ! いつまでも隠れてられるか……見ててやるぜ!! アーッハッハッハ!!」

 聞いたことのある耳障りな声がする。ルードヴィッヒのものに違いない。

 屋敷の庭にたむろしてる黒の兵団の連中に見つからないよう、ボクは庭園の草木の陰に隠れていた。

 連中、屋敷を攻撃することにばかり意識が向いていて、ボクにはまったく気づいてない。

 なら、ここが狙い時。

 ルードヴィッヒに一発かます。リーダーがいなくなれば、混乱は間違いない。そうしたら、なるべく多くの敵を倒して逃げる……。

 その時、ルードヴィッヒの元に黒鎧の一人が駆け寄る。何やら耳打ちをしているようだ。

「そうかそうか、獣の巣も押さえたか! 猫と狼がいないってのは気になるが……どっかに逃げちまったんだろうよ! 所詮は動物だからな!」

 ノールーツのことか!

 クワントル達も捕まったのだろうか。それに、あの眼帯の男。あの男がこっちに合流してくると、めちゃくちゃ不利になる。今ここで、やるしか……。

「さ~て、と。それじゃあ、あとは小虫を潰しておしまいだな。おい! いるのはわかってんだからよ、出てこい、クソガキ!!」

 ヒュッッ!! ドスンッッ!!

 ルードは鎧の胸元に備えてあったナイフを投げた。

 それは、ボクのすぐ右横にあった木に突き刺さる。つまり、バレてたわけだ。

「オラ! 出てこいって言ってんだよ!」

 出てこいと言われて、出ていくヤツがいるわけないだろうに。

 ボクは木陰から、ルードヴィッヒに人差し指を向ける。すると、そこからまっすぐな赤い光が浮かんできた。

 これはボクが今から使おうとしているスキルの影響範囲を示している。ちなみに、見えているのはボクだけで、ルードヴィッヒは気づいていない。これもボクのアビリティなんだろう。照準を合わせるに、非常に便利である。

 赤いラインがルードヴィッヒの肩口に合うのを確認。

「コモンスキル発動、ブレイジング・レイ」

 静かに呟く。

 すると、ボクの指先からバーナーの炎を長く引き伸ばしたようなものが放たれる。

 よし、いった!

 これでルードヴィッヒを倒したぞ、このまま他の連中も……。

「バカが!!!」

 バキーーーーンッ!

 ボクが木陰から飛び出した瞬間、何かを弾き飛ばすような音が聞こえた。

 そこに見えたのは、ルードヴィッヒが剣を振り抜いた姿。真っ黒な刃が、ボクの放った炎を地面へと叩き落とすところだった。

「うっそ……」

 思わず立ち尽くしてしまう。既に、敵の目にさらされているにも関わらず。

「不意打ちすりゃあ、俺を倒せるとでも思ったのかよ? 浅はかだな、ガキっていうのは」

 よりもよって、お前が言うのかよ……と思ったが、そんなツッコミを入れる余裕はない。

 完全にこっちの予定が狂ってしまった。

 ルードヴィッヒを倒すどころか、ダメージさえ与えられなかった。おかげで、他の連中に不意打ちをかましてから逃げるという計画も崩れてしまう。

 ザッザッザザザザッッ!

 気づけば、黒の兵団のメンバーがボクを囲む。

「音はあり、光はある。されど影も残さぬ矢とならん。穿ちて弾けろ。汝の名は、『射抜けよ雷神』!!」

 鎧の連中の間から、ボクに向かって雷撃が襲ってくる。

 ボクは反射的に、雷に向かって右手を向けて……受け止める。

 普通に考えたら、確実に人生終了なところ。雷耐性のアビリティのおかげで、少し体が痺れる程度で済む。

 ホント、この世界のボクって強すぎるね。

 とはいえ、無敵ってわけじゃない。痛いものは痛いし、今も体にビリビリした感覚がある。あんまり何度も喰らいたくはない。

「私の雷撃法術を受けて動けるのですね。驚きました」

 仕掛けてきたのは、白いローブの女性。他の白装束とは違い、頭にフードは被っていない。褐色の肌をしていて、まるで日本人にそっくりである。

「おい、テメェ……手ェ抜いてんじゃねぇだろうな! 相手がガキだからってよ~!」

「この期に及んで、そのようなことをする理由がありません。おそらく、あの少年には法術、あるいは雷撃への耐性があるのでしょう。ずいぶんと稀な特性を持っていますね。厄介です」

 チッ! と、ルードヴィッヒは舌打ちをした。続いて、こちらに向かって歩いてくる。ボクを囲んでいる黒い鎧の一人の肩を掴み、「どけっ!」と割り込み、さらに近づいてきた。

 すぐ目の前に立たれ、ボクは半歩、後ずさってしまう。

 こうして間近で見ると……デカい。おそらく身長は二メートル近くあるし、数十キロはあるだろう鎧を身につけていて、まるで巨人のようである。

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