第7話

 何とか眼帯の男に追いつかれることなく、大通りまで逃げることができた。途中でミリアと合流し、両方とも抱えながら走る羽目になったけど。

「これって全部……黒の兵団の仕業なのか?」

 リィンバームは大混乱に陥っていた。そこかしこから黒い煙が上がり、逃げ惑う人々の姿が見える。

 家財を馬車に積み込もうとする人、着の身着のままで建物から飛び出してくる人、怪我をして立ち尽くす人、親を探して泣いている子ども……。

 ドドーーン……バァーン!

 離れたところから、爆発音が響いてきた。方角は、街の中心部。

 爆発音がするたびに、閃光が起こり、煙が上がっていく。同時に、何やら白い透明な……ドーム状の光がパァンと弾けるのも映った。

「あれって、市長の屋敷? もしかして、黒の兵団の目的って、市長さんなのか?」

 何度も爆発が起こり、そのたびに轟音が響いてくる。逃げ惑う街の人たちは、その音に怯え、悲鳴や怒号をまき散らす。

「連中だけ……じゃないね。あれは、法術の光……ヤツらのとこには、まともな法術師はいないはず……だよ」

「黒の兵団に味方している人間がいるってこと?」

 ただでさえ、黒の兵団はリィンバーム最大のギルドなのに、そこに他の仲間までいるなんて、どうすればいいんだ?

 その時、ティーネはよろよろとした足取りで、法術の音が響くほうへと歩き出す。

「ちょ、ちょっと! ティーネ、どこに行く気?」

「決まってるだろ! きっと、あそこにルードヴィッヒの野郎がいる! なら、ぶっ飛ばして、今回の落とし前を着けさせて……やるのさ!!」

「無理だよ! そんなヨロヨロの、傷だらけの状態で!」

「ノールーツはアタシ達の家で……リィンバームはアタシ達の街だ! それをこんな風に壊されて、黙って見てられる……グッ!」

 ティーネは腹部を抑えながらバランスを崩す。ボクは咄嗟に彼女の体を支える。

 額からは汗を流し、呼吸が整っていない。

「ミリア! これ、どうしよう……そうだ、回復薬! 前にくれた回復薬って、まだ残ってないの?」

「残念ながら~あれはもうないですぅ。すっごく~高いんですよ~、あれぇ」

「じゃあ、何か……傷を治すスキルとか!」

「ああ、それなら~ありますよ~」

 それを聞いて、ボクはティーネを道の脇まで運ぶ。転がっている瓦礫や破片をどかして、そこにティーネを寝かせた。

「ミリア、お願い」

「は~い! ブランチスキル発動~、リカバリー・ライトぉ!」

 ミリアがティーネにかざした手から、柔らかな黄色い灯りが放たれる。すると、苦しそうに呻いていた顔が、少しずつ和らいでいった。近くにいたボクにも、その光が微かに当たるが、それはとても温かな感触を持っているのがわかる。

「これで回復するんだね? どのくらいかかる?」

「そうですね~さほど深い傷ではないようなのでぇ、三十分もあれば大丈夫かと~」

「冗談……じゃないよ!」

 ティーネが叫ぶ。

 急に起き上がろうとするから、ボクはすぐに彼女の肩を押さえた。

「ダメだって! あんなに苦しそうだったんだから!」

「言ってられるか、弱音なんて……早く、ルードのヤツは、きっとあそこにいる……ぶっ飛ばしてやる!! ウグゥッ……」

 せっかく顔色が戻ってきてたのに、動いたせいでまた青ざめてきた。

 ボクは市長の館のほうへと目を向ける。

 さっきまでと変わらず、爆発音と閃光が続いている。そしてドーム状の光。

「どうして黒の兵団は館の外から攻撃してるんだ……?」

「それは~、中に入れないからですぅ」

 ティーネを治療しながら、ミリアが言う。

「どういうこと?」

「あの光は、スキルの一種ですねぇ。おそらく~、館の周囲を覆うように~『陣』を張ってるんですよぉ。複数の人間がぁ、同時に同じスキルを展開してるわけですぅ。防御用のスキルで守られているせいで~侵入できないんですよぉ」

 つまり、さっきからドーム型の明滅は、そのスキルが発動してる証ってわけだ。

「それなら、心配はいらないな。市長さんも無事ってことだ」

「今は~ですけどねぇ。陣を張っているほうは~、ずっとスキルを発動させ続けているはずですぅ。容量を超えたら~解けちゃいますから~どれだけ維持できるかは~わからないですよぉ」

 それって、もう摘んでるじゃないか。

 以前、何かで読んだことがある。『援軍のない籠城に勝利はない』って。

 リィンバームはどの国にも属さない交易都市だ。だから、当然援軍なんてない。仮にあるとしても、それまで市長さん達が持ちこたえられるとは思えない。

 この街にいる人間を除いては。

「ミリア……ティーネのこと、お願いしてもいい?」

「シュン様? どこに行かれるんですか?」

 ボクは一度、頭の上に手を置いた。

 悪い気は……しなかったんだよな。

「ちょっと市長さんのところ。ついでだから、ティーネの用事も済ませてくるよ」

「待ちな……シュン、アンタ!」

 ティーネの声が聞こえたけど、ボクは振り返らずに走り出す。

 目指すは街の中央、市長さんの屋敷!

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