第19話

 ボクのつぶやきに、ゲンダはすぐさま天を仰いだ。ゆっくりと雲が消えていき、彼の灰色の体が、太陽に光に包まれていく。

「そんな……バカな! ワシの、轟嵐の力がある限り、空が晴れることなどないはず!」

「それは~封印させていただきましたぁ」

「どういうこと?」

「先ほどのスキル~、エイリミネイションはぁ、対象のアビリティを一つ~失効させるものなんです~。それでぇ、このドラゴンの轟嵐を止めましたので~、空が晴れたんですね~」

「そう、なの? うう、なら最初から教えてくれればよかったのに!」

 恨みがましい目をミリアに向ける。

「いいえ~。これを使用している限り~、シュン様はぁ、彼に一切のダメージを与えられませ~ん。だから~、倒すためには使えないんですよぉ」

 それならボクが轟嵐を止めて、ミリアが攻撃すれば……と言おうとしたが、不毛なのでやめることにした。

 そうしてうなだれていると、ミリアは下を向いたボクの顔をのぞき込んできた。

「でもでも~すごいことなんですよぉ? これは~シュン様だからぁ、できたことなんです~。エイリミネイションが成功するには~条件がいくつかありまして~」

「条件?」

「は~い! 一つは~アビリティの名前がわかっていること~。二つ目は~対象よりもぉ、存在強度を持っていること~。これは~、シュン様が征服者の候補としての~、力を持っているから満たされてたんです~」

 うーん、ドラゴンよりも強いっていう判定が出るのか。この世界だと、どこまでも反則だなぁ、ボクの存在は。

 でも、何だろうな、存在強度って。

「そして、三つ目が~」

 ミリアはゲンダを指差し、言葉を続ける。

「対象の真名を知っていることですぅ。あのドラゴンの場合は~、ゲンダリオン=フロー=ゲイルっていう名前ですね~」

「なぜ……なぜお主が、我が真名を知っておる?」

 ドスンッ

 ゲンダリオンは、ボクとミリアへと歩み寄ってくる。今にも噛みつきそうな目で睨みながら。

「なんで、ですかぁ? だって~、あなたは有名な方ですからね~。四百年前に~地獄門を閉じた英雄……クロノ=ハインケルの盟友ですもの~」

 ミリアの話を聞いた瞬間、ゲンダはカッと見開いた。

「クロノ……か。あの男のことをいまだに覚えておる者がおるとはなぁ」

 すると、ゲンダは目を閉じて、何やら感慨深そうに首を縦に振った。

 英雄クロノ。

 それが、ボクの前に地獄の軍勢と闘った人ってわけだ。そして、このゲンダリオンは、その仲間だった、と。

 なら、話は早い。

「ゲンダリオン……さん。お願いがあります。ボクは……地獄門から来る軍勢と戦いたい……というか、戦わないといけない人間で。だから、力を貸してもらえませんか?」

 これから戦うことになる敵と、実際に戦った経験のある人間――じゃなくて、ドラゴンが味方にいるなら、これは心強いことだ。

 ミリアの言う通りになるみたいで癪だけど。どうにかゲンダを仲間に加えたい。ボクが元の世界に無事帰還するために。

 すると、ゲンダは大きな笑い声を上げた。

「はっはっは!! 『仲間になってくれ』じゃと? あーっはっは! こいつは傑作じゃのう!」

「ちょ……こっちはこれでも真剣なんだから! 何も笑わなくったって……」

 ポンポンッ

 ボクは肩を叩かれる。相手はミリアだ。

「そんなこと~お願いする必要はないですよぉ? もう~このドラゴンはぁ、シュン様の下僕ですから~」

「はいぃ?」

「彼は~誓約があるんですよ~。英雄クロノとの決闘で~『我が嵐を超える人間があれば、その者に付き従おう』っていう誓約を立てました~。それは~今でも有効なんですぅ」

「え、ええ? だって……それ四百年も前の話でしょ? どうして、そんなものが」

 ズググググゥゥ。

 ゲンダは自分の頭を下げ、ボクの目の前にまで近づけてきた。

「それはな、ヤツがワシのたった一人の友じゃったからだ。嵐を纏って空を駆けるワシは、同族からさえ嫌われておった。じゃが、クロノは我が嵐を切り裂き、ワシに『仲間になってほしい』と言いおった。あの男が見せてくれた太陽は、それまで見た何物よりも眩しかった……」

 しみじみと語るゲンダリオン。四百年も前の昔話でも、よほどハッキリと覚えているのだろう。そのくらい、彼にとって大切な出来事だったわけだ。

「そして今、轟嵐を退け、我が誓約の主となるものが現れた。地獄門を破壊せんとする小さき者が、ワシに再び『仲間になろう』と呼びかけてくる……クロノを死なせてのち、生きる意味など忘れておったが……あーはっはっは! 運命とは面白いものじゃのう」

「じゃあ、力を貸してくれるの?」

「その娘が言った通り、ワシはクロノに対して立てた誓約を残しておった。我が嵐を払ったお主は、今やワシの主じゃ。仲間といわず、下僕として使役することもできよう」

「いや、それは大丈夫です。仲間でお願いします」

 いくら相手が人間じゃなくても、あんまり下僕なんて言葉には馴染めない。というか、そういうの、嫌いだし。

「もったいないですよぉ! ドラゴンを使役するなんて~、世界征服の第一歩らしくて~、いいじゃないですかぁ!」

「そういう『らしさ』とかいらないから。目的は淡々とこなしていくべき!」

「お主も変わっておるのう。ますますクロノによく似ておる」

 ゲンダは頭を上げ、太陽へと目を向けた。

「四百年ぶりに拝む太陽じゃ。天を照らす三つの光球。青々と晴れ渡る空。あの時は一瞬垣間見ただけじゃったが……そうか、本来はこういうものなのじゃな」

 アビリティとは一種の体質である。その存在が最初から備えている特性。〈轟嵐〉というアビリティを持っていたゲンダにとって、空というのは渦巻く雲に覆われたものでしかなかったのだろう。

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