第18話

 ピュンッ……ジュゴゴゴゴゴドドドドドドドォォォォォッッッ!!!!

 ミリアの詠唱が終わると同時に、上空の光球から一筋の白い線が降りてきた……と思った瞬間、凄まじい轟音と衝撃が辺りに広がっていく。

 光の線はゲンダリオンを直撃。その瞬間、ボクの視界は真っ白になる。

 危うく、そのまま倒れて吹き飛ばされそうになったが、何とか体勢を低くして耐える。しばらくすると、周囲を照らしていた光は消え、次第に視界が開けてくる。

 モクモクと土煙が立ち、その奥からミリアの姿が見えてきた。なんだが、どこかで見たような光景だけど。

「ちょ、ちょっとミリア。これはどういう……」

「あれは~ブランチスキルのグローリー・オブ・スカイラインですよぉ。さすがにぃ、あのレベルのスキルになると~、詠唱破棄は難しいですからねぇ」

 いつも通りのおっとりとした話し方に戻っている。いや、それは脇に置いておこう。

 彼女の回答は、ボクが欲しいものと根本的にずれている。

「そうじゃないって! いきなりこんな……無茶なことして、ビックリするだろ!」

「言ったじゃないですか~、最善を尽くすってぇ。今のワタシには~、これ以上の攻撃力は出せませ~ん」

 低い威力の攻撃は全て弾き返す嵐の壁。それを越えるためには、最強の攻撃力をぶつけるしかない。

 とはいえ、まさかこんなに凄いスキルが使えるとは、さすがに驚いた。だが、これで一安心である。

「ミリア、さっきはごめん。八つ当たりして……でも、おかげで助かったよ」

「いいえ~、助かってはいないですねぇ」

「……え?」

 ゆらりっ

 ミリアの向こう側。舞い上がる土埃が、急に揺れ始めた。

 次の瞬間、のっそりとドラゴンの姿が映る。翼を大きく広げ、思いきり振り払えば、風によってホコリは全て吹き飛んでしまう。

 のっそりと、ゲンダリオンは頭を上げる。

「う、嘘だろ。さっきのでも、ダメなのかよ……」

「いや、さすがに驚いたわい。まさか、高等法術を……それも神聖系統の術を習得しているとはなぁ。素直に、恐れいったのう。じゃが、もう少し威力が足らんかった。我が〈轟嵐〉を超えるには至らなんだ」

 ボクはガクンと膝を折ってしまう。

 ミリアの放ったスキルが、あまりにも凄いもので……それでも、ゲンダの嵐を貫けなかった現実に、気持ちが負けてしまった。

「もう、ダメか。ああ……ボクは、やっぱり何にもできないんだなぁ」

 無力感。

 自分には何もできないという。自分のしたことが無意味だという。自分の行いが状況を悪化させたという、暗闇。これを感じるのは、三年ぶりだったかな。結局、あれから何も変わっていないんだ、ボクは。

「そう落ち込むことはない、小さき者よ。お主の勇猛さ……あの男を思い出してしもうたわい。その娘の実力に驚かされたのもある……それらに免じて、命は取らん」

「ほ、本当に?」

 ボクは一瞬、希望の視線をゲンダに送る。だが、続く彼の一言は、ボクの期待を完全に裏切った。

「だが仕置きは必要じゃ。あの街には消えてもらう」

「な、んで」

「放っておけば、またお主らのような者が現れよう。それをいちいち相手にするのは煩わしいからのう。二度とワシに刃を向けぬよう、挫いておくのじゃよ」

 そう言って、ゲンダはボクに背を向けた。翼を開き、改めて空へと羽ばたこうとしている。その先にあるのは――リィンバームだ

 頭がボーッとなった。

 だから、自分でもよくわからなかったんだ。気づいた時には、ゲンダの尻尾を掴んで、どうにか引き留めようとしていた――無理に決まっているのに。

「離れよ! せっかく助けてやると言うておるのに……無駄にするつもりか!!」

「ダメだ、行かせない……ここで、見捨てるなんて、ダメなんだ!! 絶対に、止めてやるぅ!」

 ゲンダは尻尾を振って、ボクを落とそうとする。だけどボクは、必死にしがみついて、離そうとはしなかった。

 しかし、それも限界。思いきり振り上げられた尻尾が、地面に叩きつけられると、反動でボクの体が宙に舞い上がった。

 ドサッ!!

 岩肌へと落ちるボクの体。痛みはさほど感じない。だけど、体以上に気持ちが、重くて苦しい。

「このままじゃ、ボクのせいでリィンバームが……行かせられない。行かせちゃダメだ!」

「シュン様はぁ、あのドラゴンを止めたいんですか~?」

 ボクのそばに駆け寄ってきたミリアが、そう尋ねてきた。ボクは必死に訴える。

「当たり前だろ!! さっきから、そのために戦ってたんだ! 何か、なにか方法は」

「ありますよぅ?」

 ボクはミリアを見上げる。ニッコリと笑って、ボクに手を差し出していた。

「てっきり~、勘違いしてましたぁ。ワタシ~、シュン様がドラゴンを倒したいのかとぉ、思ってたんですよ~。止めるだけならぁ、方法はあるんですぅ」

 ボクは彼女の手を取って、ゆっくりと立ち上がる……ぽかんと口を開けたまま。

「いいですかぁ? これから言った通りに~、ドラゴンに向かってぇ、スキルを使ってくださ~い」

 ミリアはボクの耳に口を近づけると、指示を伝えてきた。

 キレイな女の子の息が、耳にかかるのがちょっと気持ちいい……などと思いはしなかったが、ちょっとこそばゆくなった。

「本当に……それだけで?」

「は~い! これで~、あのドラゴンはぁ、どこにも行けなくなりますよぉ」

「うぅ……ここはもう、藁にも縋るって感じだけど……お願いだから、これ以上こじれないでくれよ!」

 ボクはミリアに聞かされた通りの言葉を口にする。

「コモンスキル発動! エイリミネイション! ターゲット、ゲンダリオン=フロー=ゲイル、〈轟嵐〉!!」

 瞬間、ボクの目の前から、幾筋もの青い光の束が放たれる。それらは、ゲンダリオンに向かって静かに進み、取り囲む。

「む? なんじゃ、この灯りは? お主ら、何かしたのか!」

 今にも飛び立とうとしていたゲンダは、すぐさまボクのほうへと振り向いた。だが、そうしている間にも、光の筋は竜の巨体を飛び回り、巨大な球体の魔方陣を編んでいく。

 敷かれた陣は、ゲンダの体へと静かに沈んでいった。

「最後の悪あがきだろうが、このようなものでワシを留めることなど……」

 ピカッ

 ボクの目に、光が差し込む。それは先ほど放った青い光ではなく、真っ白な明かり。空から差し込むそれは、雲間に見えた太陽の姿だった。

「なんだ? 空が……晴れて?」

「なんじゃと!」

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