第16話

「ちょ、ちょっと! 今の何? なんで、ヴァスの攻撃が?」

「あのドラゴンのアビリティですねぇ。〈轟嵐〉っていうもので~一定以下の攻撃力しかない遠距離攻撃は~、ぜ~んぶ跳ね返すんですよぉ」

 何そのチート能力は! あれ、でも遠距離攻撃を跳ね返すっていうなら……。

「なら、直接切り刻んでやるよ!!」

 ヴァスとタイミングを合わせて飛び出していたティーネ。今度は彼女がドラゴンに仕掛ける。

 ドラゴンの背後に回ったティーネは、両手の短剣を逆手に持つ。そしてドラゴンの右の翼を目がけて思いきり飛び上がった。

「千剣千乱!! 蓮華ノ鬼刃んん!!!!」

 ティーネは水平に倒した体を軸回転させ、回転のこぎりのようにドラゴンの翼を切り落とす……かに見えた。

 だが、落下しながらドラゴンに近づくはずの彼女の体は、一向に翼へたどり着かない。それどころか、徐々にドラゴンから離れていく。

「アビリティ〈轟嵐〉は~、直接攻撃に対してぇ、風圧による抵抗をするんですぅ。だから、一定以上のパワーがないとぉ、そのまま吹き飛ばされちゃうんですよぉ」

「おまっ、そういうことは……」

「早く言いなさいよーーーーー!!」

 ティーネはそのまま風に飛ばされ、これまた崖の下へと姿を消してしまった。

 この場に残ったのはボクとミリアだけ。

「一応聞いておくけど……今のボクらに倒す方法って」

「ありませんよぉ! ストームドラゴンの~、変異種であり~上位種ですからねぇ。このテンペストドラゴンは~」

 ボクは頭を抱える。

 今すぐにも逃げ出したいが、登ってきた道は、ドラゴンの向こう側にある。それ以外は、まさに断崖絶壁で、さすがにそこから飛び降りる度胸はない。しかも、ミリアは足が遅いから、逃げるとなれば置いていくしかない……いやまあ、それは気にしないんだけど。

「さて、残っとるのは……そこのお前さんらだけか? それとも他におるのかの?」

「ボクら二人だけだよ……って? ふぇ? しゃ、喋った?」

 なんと、目の前のドラゴンが人間の言葉を喋り出した。

「お主、ずいぶんと失礼じゃの。ワシらドラゴンは、貴様ら小さき者よりも、ずっと賢い存在じゃぞ。特にワシは四百年以上も生きる〈エルダー〉じゃ。人間の言葉くらい、自由自在じゃわい」

「そ、そうなんだ。ああもう、話が通じるなら、いきなり退治だの言わなくてもいいじゃないか」

 ボクはホッとする。隣を見ると、ミリアは何やら「ほうほう」と言いつつ、ドラゴンを眺めていた。

「あの~ドラゴンさん? ちょっとお願いがあるのですが……」

「ドラゴンではない。ワシの名はゲンダリオンじゃ。呼ぶのならゲンダと呼ぶがいい」

 ゲンダさん? なんかすごい親近感が湧くなぁ。まあいいか。

「えっと、ゲンダさん。ボクらはここから東にある街、リィンバームから来ました。先日、ゲンダさんが上空を飛んでいったのですが……覚えてますか?」

「おお、覚えておるぞ! あのような大きな街、三百年前にはなかったがな。さしものワシも少し驚いたからのう。小さき者共も、なかなか面白いことをするものじゃ」

 よし、話ができる! これなら、何とか交渉できるかもしれない。

「それで……ゲンダさんが飛んでこられた時、嵐のせいで街が壊れてしまいまして……それで、あなたを訪ねてきたというわけなんです」

「ほう、それは災難であったな。そこまで脆いものとは思わなんだ。案外、軽いものなのだな。見掛け倒しというわけか、あっはっは!」

「ゲンダさんから見れば、そうかもしれません。ですから、お願いがあるんです。できれば今後、街の上空を飛ぶのを避けてはもらえませんか?」

 さぁ、どう出る? 何か条件を出してくれるなら、取引もできるはず!

「断る。なぜワシが小さき者のために、飛び方を考えねばならん? 嫌なら、お主らが移動すればよいではないか」

「い、いえ。街を動かすなんて、できませんから。ほんの少し飛ぶ場所をズラしてくれるだけで……」

「断る。小さき者よ。お主らは別に、街などなくとも生きていけるではないか。小屋を建てればよい。木の実を採り、動物を狩れば、食うに困ることもあるまいに。あのような、分不相応なものを作るのが悪いのじゃ。我が嵐を恐れるならば、さっさと散ってしまうがよかろうて」

 ダメだ。言葉は通じるけど、話が通じない。

 くそっ! こんなの向こうじゃ日常茶飯事だったのに、何に希望を持ってたんだか。同じ言葉を使っても、わかり合えないのなんて当然じゃないか。

「納得いかんようだのう?」

 ボクの苛立つ様子を見て、ゲンダの目に疑念の色が浮かぶ。その問いには答えず、ボクはただ視線を返す。

「こう考えればよかろう。お主らが道を敷く時、地を這う虫を気にするかの? そんなものには気も止めず、好きなところに道を敷くのではないか? ワシがするのは、それと同じことじゃよ。故に、お主らの同意も納得も要らぬわけだ。ワシはただ、思うように飛ぶのみよ」

 ゲンダは翼を広げ、空へと羽ばたこうとする。

「いいや、違う」

 ボクの言葉に、目の前のドラゴンは振り向くことなく、わずかに首を傾げた。

「何が違うというのじゃ?」

「人間も虫を避けて道を敷くことがある。その虫が、〈毒虫〉なら」

 ゲンダは少し考えるような様子を見せた。広げようとしていた翼を閉じ、もう一度こちらに顔を向ける。

「なるほど……なるほどのう。それは一理ある。では、お主らは〈毒虫〉だというのだな? 縄張りを荒らすのなら、ワシに害を為す毒虫だ、と」

 食いついた!

 ここで飛び立たれたら、それこそ本当に打つ手がなくなる。何とか口八丁で、ここに留めたぞ。あとは、この分からず屋を説得するだけだ……方法はわからないけど。

「そうだ……と言ったら、迂回していただけますか?」

「そうするしかあるまい? ワシとて虫に噛まれたくはないからのう」

「ほ、本当ですか!」

 これはお手柄だろう、ボク!

 さすがにここまであっさり話が纏まるとは思ってなかったけど。

「じゃが……」

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