第15話
ゴゴゴゴゴゴッ! ブピュウウゥゥゥゥゥ!! ゴロゴロゴロッ!
少し離れた場所から、何やらけたたましい音が聞こえてくる。どうやら、ボクらが歩いてきた方角かららしい。
「おいおい! なんだありゃ、もしかして嵐か? なんであんたところに?」
ヴァスが指を指す空には、渦を巻く灰色の雲が見えている。あれは、街を襲ったドラゴンを見た時と同じものだ。
「そういえば……どうしてこの山、嵐が吹いてなかったんだ? ドラゴンがここにいるなら、ここが嵐の中心になってるはずでしょ」
ヴァスとティーネがハッとした表情を浮かべた。
要するに、ボクらの目論見は外れていたわけだ。ドラゴンは今、この山にはいない。いるのはあの、渦巻く雲の中心部。
だが、安心――というか、落胆?――するのは早かった。なぜなら、嵐の中心はこちらに向かって移動しつつあったからだ。
「ヤバいぞ! もし空飛ぶドラゴンと闘うことになったら、こっちに勝ち目がねぇ!」
ヴァスが叫んだ。
そう、ここでの戦いに臨んだのは、山で休んでいるドラゴンと闘うためだ。地に足をついている状態なら、まともな戦闘に持ち込める可能性はあった。その間に翼を壊し、逃げられないようにできるからだ。
しかし、空中を飛んでいる状態のドラゴンには、こちらからの攻撃は届かない。少なくとも、ヴァスとティーネは空を飛んでいる相手に対して、有効なダメージを与える方法を持っていないらしい。
こうなった場合に備え、法術師を多数抱えるギルド・ヴァーレンカイトが同行してきたのだが……別行動が仇になった。
「ど、どうしよう! このままだと、まともに闘えないんじゃ……」
「ええい、ここは一度身を隠すぞ。もしかしたら、ドラゴンが降りてくるかもしれねぇ! もう、そのチャンスに賭けるしかねぇぞ!」
ヴァスはボクとミリアを抱えて、岩陰に飛び込んだ。ティーネも別の岩場に身をひそめる。
ズゴゴゴゴッッ!! バヒュウウゥゥゥ……ゴフュウウゥゥゥッ!
嵐の音は次第に大きくなる。ドラゴンがこちらに近づいてきているのは間違いない。
マジで怖い! ドラゴンなんて、男の子の憧れではあるけど、本当に間近で見るとなると、どうしようもなく恐ろしい!
ああ、お願いだから、神様! こんなところでボクを死なせないでください!
ズゥゥゥゴオオォォォォォ…………
……
音が消えた。
さっきまで嵐の轟音が聞こえていたはずなのに、今はほとんど音がしない。微かに風が流れる感覚だけが、肌をかすめている。
恐る恐る岩陰から、反対側をのぞき込む。すると、さっきまでボクらが休んでいた場所に、大きな灰色のドラゴンが足を着けていた。
全長は五メートルくらいだろうか。顎に長い髭を蓄えた姿は、年老いた老人のようである。だが、その眼は金色に輝いていて、大人しいという印象とは程遠い。見つかれば、ボクを頭から丸飲みするに違いない。
「こいつは……チャンスだぜ、シュン!」
「はぁ? ちょっとヴァス、何言ってるの? 無理でしょ、あんなの。どう見ても、圧倒的に強そうだよ、勝てないって」
「バカ野郎! いいか、普段はドラゴンが地面に降りるなんてほとんどねぇんだ。こうして、目の前にいるってーのが、既にラッキーなんだよ。ティーネのヤツもそう思ってるはずだ。いいか、ここは一斉にヤツを攻撃して、とにかく飛び立てないようにするぞ」
ああ、もう!
こうなったらヤケクソだ! やれるだけやってやるぞ!
「行くぞ、一、二の三!!」
ヴァスの掛け声と同時に、ボクも飛び出した……と、その時。
グイィッッ!! パフンッ!
思いきり腕を引っ張られ、ボクはバランスを崩してしまう。そのまま、引っ張った張本人――ミリアの胸にダイブ!
「あ、やあらかい……じゃなくて!」
「シュン様ぁ、もしかして~アレを倒すつもりですかぁ?」
ミリアはボクの頭を抱えたまま尋ねてきた。
「そういう話をしてたでしょ! ていうか、お願いだから放して! これ、恥ずかしいってば!」
「ダメですよぉ、アレは今のシュン様では~倒せないですから~」
ここに来て、ミリアが弱気を吐き出した。
「おいおい! ここに来る前は大丈夫だって言ってただろ! 嘘だったの?」
「嘘じゃ~ありませんよぉ。シュン様がやられることはありませ~ん。でも~、倒すっていうのは無理ですねぇ。ただの~ドラゴンならぁ、退治も~できたと思いますけど~」
そんなことを言っているうちに、ヴァスはドラゴンに攻撃を仕掛けていた。
「うおおぉぉぉ! 手加減はねぇ! 一気にキメてやるぜぇぇぇ。くらえ!! 我流・重爪狼烈破ァァァァ!!!!」
ヴァスは両腕を交差させるように、下から一気に振り上げる。すると、爪の先から無数の黄色い煌めきが現れ、斬撃となってドラゴンを襲った。
「うおっ! なんかすごいの出た!!」
「あら~、これはめずらしいですねぇ。パーソナルスキルを~持ってるなんてぇ。相当な手練れだったんですねぇ、あの人は~」
パーソナルスキル――コモンスキルとは違い、誰にでも習得できるものではなく、個人が編み出すスキル……とミリアは言っていた。コモンスキルを極めた先にあるブランチスキルとも違い、完全に「その人自身」だけにしか使えない技能であり、手に入れられるのはごく一部の実力者のみ。ただし、習得者自身が指導することで、継承させるということはできる。もっとも、それは教えを乞う側の才能にもよるみたいだけど。
つまり、ヴァスが放った技は、最上級に属するものだということ。
「これなら……」
「ダメですよぉ、あんなもの出しちゃ~」
ミリアの言葉に、ボクは眉をひそめた。次の瞬間、その意味を知ることになる。
ヴァスが放った閃光はドラゴンに届く直前で、止まってしまった。そこからさらに、ヴァスに向かって飛んできてしまう。
「な、なにぃぃぃぃ!! う、うおおおおぉぉぉぉぉっっ!!!」
何とか自分の攻撃を躱すヴァス。だが、その後ろからドラゴンの尾による横凪ぎが放たれていた。
バシィィィィッッ!!
ヴァスは何とか尻尾の一撃を足で受け止める。だが、ダメージは防げても、その衝撃までは止められない。
「く、くっそたれぇぇぇぇぇ……」
ヴァスの姿は崖の下に向かって消えていった。
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