第12話

 街を出発して二日経ち、ようやくドラゴンが留まっているという山――カルナ山にたどり着いた。馬車は数日間、麓でキャンプを張り、ボク達を待っているという。ただし、何か異変が起きた場合には、一時退却もあり得るらしい。見殺しにされないことを祈りたい。

 山登りを始めるが、初めからいきなり躓いてしまう。どういう順番で山を登るかという点で。

 ドラゴン退治に参加したのは、結局ボクらを含めて四つのギルドだけだった。

 たとえ不名誉を被ることになっても、ドランゴと対峙したくない人も多いということだろう。できれば、ボクもそちら側にいたかったけど。

 参加者はボクらの所属する〈カーマイン〉、白衣で身を包む集団〈ヴァーレンカイト〉、研究目的だという〈クォーツクォータ〉。そして例のルードヴィッヒが率いる最大ギルド〈黒の兵団〉である。

 問題が起きたのは、ルードヴィッヒが文句を言ってきたからだ。

「俺らは最後から行くぜ、大所帯なんでなぁ。お前ら、さっさと先にいきな!」

 確かに、黒の兵団は総勢三十名を超える人数がいた。他の三つのギルドは合計しても二十人に満たない。だが、間違いなく黒の兵団は肉弾戦向きの武装をしている連中ばかりだ。

「何言ってやがる! 戦力的に見ても、お前らが先頭にいくべきだろうが! その鎧や剣は見掛け倒しか? あぁ?」

 ヴァスが喰ってかかる。だが、ルードヴィッヒは軽く受け流す。

「手入れが必要なんだよ、これだけの人数がいると。お前のところと違って、こっちは大所帯なんでねぇ。装備が万全じゃなきゃ、いざって時に戦えねぇだろ? だが、ドラゴンはいつ飛んでいっちまうかわからねぇ……なら、動けるヤツから先に行くべきだ。違うか?」

 違和感を覚える。何に? 簡単だ、この男は、こういう発言ができるヤツじゃない。

 市長さん達との会合で見せた、ルードヴィッヒのバカさ加減からは、想像もできない受け答えである。

 ヴァスが反論しようとしたが、ボクは腕を掴んで止める。

「多分、何を言ってもムダだと思う。どうせ言い訳をたんまり用意してるんだ。ここで何を言っても時間が消えてなくなるだけだよ」

 ヴァスは大きく舌打ちをして、山を登り始める。それを見てニヤつくルードヴィッヒの顔がやたらとイラついたが、とりあえずボクも山頂を目指して歩き始める。

「くっそぅ、何だルードヴィッヒの野郎……上手いこと返してきやがって。どんなバカでも、たまには知恵が働くってことか?」

 ヴァスは頭を掻きながら苛立ちを口にした。けど、ボクは別の可能性を告げる。

「多分違う。だって、思いつきで口にしたにしては用意がよすぎる。大勢のメンバーに、各々にあてがわれた装備……そこに来て『準備に時間がかかる』って言い訳。最初から、そういう舌先三寸で、ボクらを躱すつもりだったんだ」

「ってーと何か? あのルードヴィッヒが、わざわざあんな嫌味を言うために、準備してきたってーのか? なんでそんな面倒なことを?」

 確かに変な話である。手間をかけてまで、山の麓で時間を潰す口実を作ったところで、そこにメリットがあるとは思えない。

「ちょいとすみませぬよ! 皆さんは、先に進まれるのですかな?」

 背後から異様に甲高くて奇怪な声。ボクは驚いて振り返る。そこには四角くて分厚いメガネをかけ、おんぼろのマントを羽織った少女が立っていた。その後ろに、付き添いのような小さな少年を伴って。

 彼女たちはボクらと一緒にここまで来た、ギルド・クォーツクォータのメンバーだ。メンバーといっても、この二人しかいなかったのだけど。ドラゴンを退治するためではなく、研究のため……というか『知的好奇心のために』ついてきたという。ずいぶんな変わり者だと思う。

「ボクたちは準備もできていますから、このまま山を登るつもりですよ。レイマーさんはどうするんですか?」

「そう、それが問題でありましてね? できることならば、早くドラゴンを見てみたいものなのですが……やはり、少人数だと危ないところでございますからなぁ」

 彼女――レイマー・プルートゥスは戦闘が苦手だという。もしドラゴンを見ようと思うなら、どうしても護衛が必要だが、彼女自身には金銭的な余裕もないとか。

 だからこうして、大規模なドラゴン討伐というイベントに乗じて、自分の目的を果たそうという魂胆なのだ……と、馬車の中でご本人が滔々と語っていた。

「まあ、『黒の』が抜けちまうと、どうしても数は劣っちまうが……こっちだって二十人以上いるんだ。そんなに怯えるこたぁねぇぞ、嬢ちゃん」

 ヴァスが胸を叩く。するとレイマーは目をパチクリさせて、眉間にシワを寄せた。どうやら、ヴァスの言葉に疑問を抱いたらしい。

「はて、はてさて? こちらの人狼殿は、数字が苦手なのですかな? 二十人とは、一体何のお話をされておいでで?」

「ああん? おいおい嬢ちゃんよ? いきなり、人をバカにするたぁいい度胸じゃ……って、ありゃ?」

 ヴァスが素っ頓狂な声を上げた。

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