第8話

 ドラゴンの襲来から四日が経過した。

 襲来とは言っても、直接街が襲われたわけじゃない。ドラゴンが引き連れていた嵐の影響で、街のあちこちに雷が落ちたり、強風で建物が崩れたりしただけだ。

 『だけ』とは言ったものの、その被害は相当なもので、ボクもカーマインのメンバーとして、その修繕やら何やらに駆り出されることになった。この世界に来た時に得ていた能力のおかげで、肉体的な負担は少なかったものの、壊れたものを直すという作業は、精神的にくるものがあった。ケガをした人がいたり、住む場所を失った人がいたり……ちょっとでも助けになれていたならいいけど。

 ただ、カーマインの本拠地であるノールーツには、大きな被害はなかった。一度雷が直撃して、天辺の枝を燃やしたものの、すぐに切り落として消火できたからだ。

 ただし、風の勢いでひっくり返したように荒れた部屋もあった……ボクの部屋みたいに。

 そうして三日間は事後処理だけで時間が過ぎてしまった。

 そんな状況で、ボクはヴァスに連れられ、『ある場所』を目指して歩いている。

「あのさ~、ヴァス。どうしてボクまで一緒なのさ」

「そんなもん決まってるだろうが。お前から目を離したら、ミリアさんに何するかわからねぇからだよ!」

 そう、街の復旧作業を手伝っている間も、ボクはずっとヴァスの監視を受けていた。一応、ボクがミリアに何もしていないというのは信じてくれたけど、「いつ気が変わるかわからねぇ」と言って、ずっと見張られていたのだ。

 そして、今日はギルドの代表としてリィンバームの指導者の招集を受けたヴァスに、ボクが同行する羽目になった。

「絶対に、ボクは場違いだと思うけど。だって、ギルドの代表が集まるんでしょ? マズいって、こういうの」

「そんなこと言い出したら、俺だって場違いだっつーの。俺は副団長で、団長は別にいるんだからな。アイツが仕事で出かけてやがるから、俺が代理で出ることになったんだ」

「ヴァスが代理なのに、その付き添いで新人がついていくなんて……あぁもう、面倒事の匂いがすごくする」

 そうこう言ってるうちに、目的の場所へと到着した。

 そこはリィンバームの中心にある屋敷。ここに、街を治める〈市長〉がいるらしい。ヴァスによれば、この巨大な都市を長らく仕切っている敏腕で、街で起きるトラブルは丁寧に潰していくのがモットーだとか。なんだろう、聞いた感じがすでに怖いんですが。

 屋敷の前には、護衛のような人達がいたものの、ヴァスの顔を見るとすんなり通してくれた。これが顔パスというヤツだろうか。最初の酒場での騒動から思っていたけど、ヴァスはこの街では、相当に顔が広いらしい。

 屋敷に入ってからは、メイドさんらしき人が案内をしてくれて、迷うことはなかった。廊下を歩いていると、何やら高価そうな壺だとか、絵画だとかが並んでいて、ボクの場違い感がさらに高まっているのを実感させられる。

「こちらでございます。みなさま、お待ちになれております」

 メイドさんが連れてきてくれたのは、両開きの巨大な扉の前。優に三メートルはあるだろう高さの扉に、目を丸くしてしまった。ここまで来ると、屋敷というよりはお城みたいな感じだな。

 ヴァスが扉を開いて部屋の中へと入っていく。ボクも遅れないように、それにくっついて部屋へと足を踏み入れた。

 そこは体育館ほどの広さがある場所で、平行に並ぶ長机と、その奥にもう一つ小さな机が置かれていた。

 二つの長机には、両側にそれぞれ七人と八人の人影が、向き合うように座っている。

 そして、奥の小さな机にも一人――壮年の女性の姿があった。

「遅かったじゃないの? こういう時は早めに来るのが常識ではないかしら?」

「そう言わないでくれ。こっちも街の復旧で駆けずり回ってたんだ。今だってウチの連中はあちこち手伝いに出てる最中って具合だしな。俺も忙しい身なんだって」

 ヴァスがどこか改まったような態度を見せた。どうやら、あの女性がこの街のトップらしい。

 どこか厳しい雰囲気はあるけど、女性っていうこともあって、そこまで怖い感じはしない。あくまで第一印象だけど。

「あら? そちらの男の子は誰かしら。見覚えがないのだけれど」

「こいつはうちの新人だよ。シュンっていうんだ。悪いが同席させてもらうぜ」

「それは不思議な話ねぇ、ヴァストゥルガ? あなたのところは亜人だけのギルドではなかったかしら」

「まあ、事情があるんだよ。別に構わねぇだろ?」

 ヴァスはボクの肩を抱きながら、机のほうへと歩いていく。

「おいおい、ふざけんじゃねぇぞ、犬ヤロウ。ただでさえ獣クセェ亜人が一緒で気が滅入るっていうのに、乳臭いガキまで連れてきやがって……おまけに遅刻たぁ、いい度胸してるじゃねぇか、えぇ!?」

 この場にいる人の中で、一番態度の悪い男――まるでドラマのヤンキーみたいに机の上へ両足を投げ出している――が、ヴァスに文句を言い出した。オールバックにした髪型に、真っ黒い鎧が、また『俺はワルだぜ』といった雰囲気で、逆に面白い。

 だが、彼の悪態に対して周りからはため息が漏れるばかりで、誰も止めようとはしない。だから、男はさらに挑発を続ける。

「大体、ギルドが大変なのはどこも同じだっつーの! テメェだけが苦労してるわけでもねぇのに、言い訳だけは達者だな、この犬コロはよぉ! ワンワン、ワンワンってな! はっはっは!」

 ぶん殴りたい。

 おっと、物騒なことを考えてしまった。ボクらしくないなぁ。

 すると、ヴァスは呆れた口調で言う。

「そりゃ大変だったろうよ、ルードヴィッヒさん。お前さんとこのギルドメンバーは、こういう時に火事場泥棒するのが仕事だからな。こっちはテメェのとこのバカを二十人ばかし、捕まえるので手一杯になっちまった。さすがリィンバーム最大のギルド様は、やることが違うぜ」

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