第7話
「な、なんだ? なんか来るのか?」
その音にビビッてしまったせいで、ボクはズボンを押さえていた手を思わず放してしまった。
と、同時に、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「ちょ……ちょっと待ちなよ! ヴァス……うっぷ」
「ここが最後なんだ、邪魔するんじゃ……うん?」
扉を開けたのはヴァスだった。どうやらティーネも一緒らしい。
「あれ? なんでヴァスがここに?」
「ほ、本当にいやがった……それもミリアさんも一緒に。それにシュン、お前のその格好は……まさか!」
ヴァスはボクの下半身を指差す。視線を下ろしてみれば、見事にズボンが脱げ、下着姿になっている。
「シュン、お前ってヤツは……違うっていうから、信じようって思ったのに……」
いやもう、デジャブっていうか、つい一昨日そっくりな状況を経験してるよ。これはまた、ボクがヴァスに襲われるんだろう。
そんなことを考えて周りを見回してみると、ヴァスの後ろでティーネがこちらに手を合わせている。おそらく、ボクとミリアがここにいると口を滑らせたってことだろうね。
「俺ぁよう、本気なんだぜ、ミリアさんのことぉ。お前だって、そのくれぇわかんじゃねぇのか? それをよぅ、それを~」
ヴァスは目頭を押さえて、絞り出すように言う。どうやら、泣き出してしまったらしい。大の大人が一体何を……と言いたいが、ここで相手の神経を逆撫でしても仕方がない。
「いいかな、ヴァス。それは誤解ってヤツだよ。ボクがここにいるのは、ミリアに話があったからで、決してイヤラシイことはしてたわけじゃないんだ」
「じゃあよ~、お前がズボンを脱いでんのも、その話と関係があるってぇのか?」
「いやこれは、そのちょっとした事故みたいなもので……」
「いい加減にしろ! そんな言い訳するくらいなら、潔く認め……」
ズッッッッドオオオォォォォッォオンン!!!
轟音が鳴り響く。
耳を劈くような音に、その場の全員が体を跳ね上げた。同時に、他の部屋にいた客達が一斉に飛び出してくる。
「なんだい、今の……雷?」
ティーネがつぶやく。
「待て待て、俺らがこの店に入る前は、天気よかったじゃねぇか。雷が落ちるなんて、あるわけねぇだろ」
ヴァスが反論する。だが、確かに今の音は、雷のものに聞こえた。
「とりあえず、外に出よう。ここじゃあ、何が起きてるかさっぱりだよ」
奥まった宿の中は、まったく外の様子が見えない。だからティーネとヴァスはすぐに出口へと向かっていった。
ボクもすぐにズボンを戻してから、ミリアと一緒に外へ向かう。
ビュウウウゥゥゥゥッ!
宿の外に出てみると、物凄い強風が吹いていた。ヴァスとティーネは、周辺を見回している。煙が上がっているのを見つけたのは、ヴァスだった。
「おいおい、ホントに雷だったのかよ。どうやら、建物に直撃したらしいな……」
「ていうか、なんで急に天気が荒れてるんだよ。ここじゃ、こういうのは普通なの?」
「んなわけあるか! ここは内陸の平原地帯だ。気候は安定してる場所だ! だから……天気が急に荒れるなんて……こと」
ボクの質問に答えていたヴァスは、何かに気がついた。そして、すぐに空を見回し、嵐の中心を見つける。
「もしかして……いや、もしかしなくても、こりゃあ」
「ちょっとヴァス、アンタ、何かわかったのかい?」
ティーネは、ヴァスが見つめる方向に目を向ける。
「ん? ありゃ何だい? なんか、影みたいな……」
ボクも同じ方角を見てみるものの、まったく何も見えない。どうやら、ヴァスとティーネはボクよりずっと目がいいらしい。
どうにかして目を凝らすが、さすがにどうにもならない。その様子を見ていたミリアは、ボクに耳打ちしてくる。
「そういう場合は~スキルを使えばいいんですよぉ。こういう感じで~」
ミリアは自分に手で筒を作り、ヴァス達が見つめる方角に向けると、自分の目に当てる。
「コモンスキル発動~! テレフォ~ト~!」
どうやら、遠くを見るためのスキルらしい。さて、これはボクにも使えるのかな?
ミリアの真似をして右手で筒を作り、それを右目で覗いてみる。
「コモンスキル発動! テレフォート!」
すると、さっきまでよりも視界が狭くなる代わりに、遠くのものがハッキリと見えるようになった。
「え~っと、どこだ。ティーネが影みたいなものって……ん? もしかして、アレかな?」
嵐の中心にほど近いところ。何か翼の生えた生き物の影が確かに見えた。
なんだろう。なんかどこかで見たことがあるような形だ。
「嘘だろ? まさか、来ちまったのか……三十年ぶりに」
「ちょっと……アレってまさか、ドラゴンじゃないのかい?」
あ、それだ。ドラゴンだ。翼の生えたトカゲみたいなシルエット。ファンタジーには欠かせない〈ドラゴン〉
まさか実物を拝めるとは思わなかったけど。
「すっげ~。ちょっと感動した……って、ん? ちょっと待った。なんか……こっちに近づいてないか?」
「そうですねぇ、こっちに向かって~飛んでる感じですねぇ」
それに合わせたように、吹き荒れる風の勢いはどんどん増していく。
「これは想像なんだけどさ……この天気って、あのドラゴンのせいだったりする?」
「そうだよ……アイツは三十年前にも一度、この街を襲ってる! エルダードラゴン……まさか、また拝む日がくるとはな!」
「ねえ! このままだと、ノールーツがヤバくないかい? 雷が直撃したら、全部燃えちまうよ!」
「そいつはマズい! おい、すぐに戻るぞ! 準備をしねぇと寝床がなくなっちまう!」
そう言うと、ヴァスとティーネは走り出してしまった。
「えーっと……それじゃあ、ボクらも手伝いにいこうか?」
「あの~シュン様ぁ。ちょっと提案なんですけど~」
「却下。絶対に却下。なんかすごく嫌な予感がするから却下します」
「あのドラゴンを~、シュン様の下僕にしましょうよぉ」
「ほら、やっぱり無茶言い出したよ……で、一応聞いておくけど、それってどうやるの?」
ミリアは胸を張って言い放つ。
「そんなの~シュン様ならぁ、一発ですよ~!」
それを聞いて、ボクはミリアに背中を向け、ノールーツへと向かって歩き出す。ミリアは慌てて追いかけてきて、『ドラゴンを下僕にしよう作戦』を、ノールーツに着くまで延々と勧めてきた。
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