第5話

 ティーネの言う通り、赤い屋根のお店の横にあった路地を入っていくと、薄暗い通りに白塗りの看板が見えてきた。

明らかに怪しい雰囲気がする。ただ、内緒の話をするなら、むしろこういう胡散臭い場所のほうがいいだろう。

扉を開けると、そこは薄暗くて、中がよく見えない。唯一、正面にランプが灯されたカウンターらしきものがある。

「いらっしゃい……って、なんだガキか。おい、ここは子どもの来るところじゃねぇぞ」

 つい最近、どこかで聞いたことがあるようなセリフだ。よく見ると、カウンターの奥にスキンヘッドの大男が立っている。

 ボクは彼の言葉を無視して店に入る。あからさまな舌打ちが聞こえてきた。

「お前、耳が悪いのか!? ここはガキが来る場所じゃねぇって……」

「カーマインのティーネから紹介されたんだけど」

 ボクがそう言うと、男の表情が戸惑った顔を見せる。それと同時に、ボクの後ろからミリアが店へと入ってきた。

「うわ~、なんか暗いですねぇ。とっても怪しいですよぉ」

「なんだ、女連れか……ガキの癖に。まあいいや、ティーネの紹介だって? 何のようだよ」

 とりあえず、話は聞いてくれるらしい。ティーネの言った通り、彼女の名前は効果抜群だ。

「部屋があるって聞いたんだけど……声が漏れない部屋。それを貸してもらえないかな?」

「部屋だぁ? 悪いが、お子様に貸せる部屋なんざ、ここには一つもありゃしねえよ。さっさと出て行ってくれ、仕事の邪魔だ!」

「ティーネからの言伝もあるよ。『金を払え。三枚におろされたくなければ』だって」

 暗い店内でも、男の顔から血の気が引いていくのがわかる。ちょっと脚色したけど、相手の態度が悪いのがいけないのであって、ボクに非はない。

「うぐっ……い、一番奥の部屋を貸してやる。だから、ティーネにはもう少し待ってくれるよう伝えてくれ! もうすぐ纏まった金が入るんだよ」

「うん、ちゃんと伝えておくよ。約束する」

 男は静かに息を吐いた。その安堵の表情を見るに、ティーネからどれだけの金を求められているのか、推してしかるべしといった感じだ。「待ってほしい」が通じるといいけどね。

ボクはミリアを手招きして、教えられた奥の部屋へと向かう。カウンターがあった場所より、さらに暗いところに扉があった。

「ここなら安心して話ができ……ん? んんん~~~んっっ!?」

 扉を開けたボクは、部屋の中を見てびっくりする。だって、そこにあるのは大きなベッドが一つ……それで全てだったから。

 それを見て、ボクはようやくココが何なのか理解した。ここはアレだ、向こうで言うところのラブホテルってヤツだ。うん、きっとそうだな。

 部屋を見渡せば、何か怪しげなアイテムがちらほら。お香を焚くための入れ物とか、めちゃくちゃ薄いレースのネグリジェとか。

「ティーネ……よりにもよって、なんで」

 ここで、ふと思い出す。

 ティーネはボクに言った。「朝っぱらから、ほどほどに」と。

要するに彼女は、ボクがミリアとイケナイことをしようしてると勘違いしていたわけだ。

「ミ、ミリア……帰ろう、ここはダメだ。場所を変える! ここに入るくらいなら、まだノールーツで話したほうがマシだ!」

「いいじゃないですかぁ。ワタシは~、全然かまいませんよ~?」

 振り向こうとしたボクを、ミリアは無理やり部屋に押し込んだ。そして、部屋の三分の二を専有する大きなベッドに、ボクは押し倒されてしまう。

「ちょ、ちょっと! 何してるのさ……なんで脱ごうとするの!?」

 ミリアは自分の服に手をかけ、胸元を露わにしようとしていた。咄嗟に手を押さえて、それを止めさせる。

「いいんですよ~、遠慮しなくてもぉ。シュン様くらいの年頃でしたら~、女の体に興味を持つのは~、と~っても自然ですからぁ」

「そんなわけある……けども。じゃなくて、今はそういう場合じゃないの! ボクはキミに聞かなきゃいけないことがあるんだよ!」

「そんなこと~、あとでもいいじゃないですかぁ」

 ミリアはボクの手をどけて、改めて服を脱ごうとし始めた。ゆっくりと肩から服を下ろしていくミリア。少しずつ、彼女の豊満な胸が、白い肌が目の前に広がっていく。

「ダメだってば! これは世界征服に関わる話なんだから!!」

 ボクがそう言うと、ミリアはピタッと動きを止めた。肩から下ろそうとしてた服を元に戻し、その場にまっすぐ立ってみせる。

「そういうお話なんですかぁ。それなら~、早く言ってくださ~い。きちんと真面目にお話しますよぉ」

「だから、そういう話だっていうのを聞かれたくないから……あぁ、もういいや」

 釈明するのがバカバカしくなった。時間の無駄でもあるし。

 とりあえず、ミリアをベッドに座らせ、ボクのほうが立ち上がる。扉側に体を置いておかないと、またおかしな展開になりかねない。

「とりあえず、まず聞きたいんだけど……ボクはどうして、この世界に呼ばれたの?」

「それは~、世界征服をしてもらうためですぅ。世界征服をして~世界を救ってほしいんですぅ」

「それがイマイチわからないんだよ。どうして世界を救うことと、世界を征服することがイコールで繋がるの? むしろ、世界を壊すって形になりそうなもんだけど」

 世界を征服するなんて、どう考えても悪役の所業だ。もしボクに「魔王になれ」っていうなら、話もわかるんだけど。

「それは~、世界を征服しないとぉ、勝てない敵がいるからですぅ。今から三年以内に~、極北地点に〈地獄門〉が現れます~。そこから出てくるぅ〈地獄の軍勢〉がこのエクスフィアを蹂躙しちゃうんですよぉ」

「じごくのぐんぜい? 世界を蹂躙する? それをボクが倒すってこと?」

「違いますぅ。地獄の軍勢を倒すために~、シュン様が世界征服をするんです~。シュン様の元~、一つにまとまった世界がぁ、地獄の軍勢と戦うんですよぉ」

 これからやってくる外敵と戦うために、世界を一つにする必要がある……何となく、わかる気はするけど、やっぱりわからない。

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