第3話

 嘘だろ……まさか、リアルに『ギャフン』と口にする日が訪れるとは。

 いや、そうじゃなくて。

 くそ~、油断した。元の世界にいた時なら、ちょっとくらい動揺したって、上手く躱してきたんだけど。どうも、こっちに来てから、調子が狂っている気がする。

 状況が突飛すぎるし、まともでいるほうが難しいのは間違いない。それでも、あっさり見破られたのは少しショックだ。

「まぁ、異世界なんて話が本当かどうかは判断つかんがな。もしかしたら、お前がどこかに頭を強く打って、違う世界の人間だと思い込んでるだけかもしれん」

「たしかに。もしそうなら、ボクには自分が異世界人だと証明する方法はないね」

「だが、何か事情があるらしいことはわかった。お前やミリアさんには、まともじゃねぇ何かがあるってんなら、それでもかまわねぇさ。むしろ、ここの連中はそんなんばっかだからなぁ」

 ヴァスは足元を指さした。『ここ』というのは、おそらくカーマインのこと……ひいては、このギルドに所属している人達を指しているんだろう。

「カーマインは亜人だけのギルド……だった。今はお前とミリアさんがいるからな。まぁ、亜人って言っても、その種族はバラバラ。おかげで全体としては数が多くても、人間みたいに国を作ってまとまることができねぇ。だから、ヒデェ扱いを受けたりもするんだよ」

「ヴァスやティーネも……そうなの?」

「俺は……アレだが。ティーネは物心ついた時から親がいなかったらしい。んで、気づいたら盗賊稼業に勤しむ毎日だったってよ。そうでもしなきゃ、飯が食えなかったからな。今でこそ丸くなったが、団長が連れてきたばかりの頃は、そりゃ暴れまわりやがってなぁ」

 アレで丸くなった、と。以前の姿にはお目に掛かりたくない……というか、想像したくない。

 ヴァスは持っていた瓶をもう一度口に運ぶ。だが、なかなか酒が入ってこないのか、口を大きく開けてから、瓶を逆さまにした。すると、一滴だけ口の中にピトンと落ちてきて、それきりになる。渋い顔をしてから、手すりを背にして寄りかかり、足元に視線を向けた。

「戦争で家族がいなくなったヤツ、売られて奴隷になったヤツ、嘘の情報で罪に問われたヤツ……どいつもこいつも、この世界を恨んで十分なくらいには不幸だったろうさ。けどな、どんなにこの世界が俺らに理不尽を押しつけても、俺達は他人に理不尽を強いたりはしねぇ! そうしないで生きていける場所が、このカーマインなのさ!」

 空になった瓶を星空に向かって高々と振り上げ、堂々と語るヴァス。

「おじさんの夢なんて……シャレにもならないでしょ。思い込みでボクを襲った人が口にする言葉でもないと思うし」

「そいつは散々謝ったじゃねぇか……許すっつったことを今さらアレコレいうのは男らしくねぇぞ」

「男らしくないってのは自覚してるから。言われても痛くも痒くもないんだよ」

 ボクはバルコニーの手すりに頬杖をついた。わずかに遅れて、ヴァスはボクの頭に手を置いた。

「だから、俺が言いたいのはだな……お前が違う世界の人間でも、世界征服をするヤツでも、理不尽だけはすんなってことだ。自分が納得できねぇことをするとな、心が曲がっちまうんだよ。こいつはオッサンからのアドバイスだ」

 ポンポンと頭を叩くヴァス。ボクはその手を払おうとするが、すぐに彼は酒場の中に戻っていった。

「自分で自分をオッサンって呼んだら、フォローしようがないっていうのに」

 地球よりも大きな月を眺めながら、そんなどうでもいいことを呟いてしまった。

 その時、酒場の中から歓声が響いてくるのが聞こえた。何事かと思い、ボクも中に戻ってみる。

 すると、いまだに酒をグビグビと飲み干していくミリアと、机の上に突っ伏しているティーネの姿があった。ティーネのほうは、明らかに顔色が悪い。

「あ~れ~? もう終わりなんですかぁ? ちょっと~、拍子抜けですよぅ」

 ミリアの煽るような物言いに、ティーネは鋭い視線を返す……のだが、すぐに顔を下に向けてしまう。どうやら、相当気持ちが悪いらしい。

 彼女の横にいたヴァスは、背中をさすりながら、呆れた声で言う。

「だから、俺は止めようとしたんだ。お前でも、勝てるわきゃあないって」

「何言って……あたしがどれだけ飲めるか、知ってるだろ? うぅ……ていうか、なんだこの女……どんだけ飲めば……ぜぇぜぇ」

「ミリアさんな、昨日は二十本も瓶をカラにしてたんだよ」

「そのくらい……あたしだって」

「ダービルんとこの自家製酒を」

「はぁ!? あの悪酒を……うっぷ! はぁはぁはぁ……ムリだろ、そんなの。弱いヤツなら一口で頭が、パーになっちまう……安酒じゃねぇか……うぐっ!」

 ティーネは口元を押さえながら、酒場の外へと出ていった。ここで醜態を晒したくなかったのだろう。猫は死に際を見せないっていうから、きっとそれだ。

 走り去っていくティーネを他所に、ミリアは不満そうな顔を浮かべる。

「もう~、せっかくですからぁ、もっと飲み比べしたかったのにぃ~! そうだ~、他にどなたかぁ、勝負しませんか~?」

 その一言に、カーマインの面々は表情が引きつる。ヴァスも含め、全員がまるで合わせたように首を横に振った。

 ミリアが残念そうな顔をしながら、ジョッキの中身を飲み干す姿に、ボクはため息を漏らしてしまう。

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