第5話

「な、何なんだい、あの女は……?」

「さぁ、ボクにもさっぱりわからないよ」

 さて、ミリアは部屋に戻った。けど、問題はそれだけじゃない。

「ティーネ……大丈夫だったか?」

「大丈夫だったか、だって? ヴァス、あんた……ふざけてんのかい!」

 バツが悪そうに頭を掻きながら、ヴァスがこちらに近づいてくる。ボクは思わず、後ずさってしまった。それを見て、彼は両手を合わせて頭を下げる。

「悪い……悪かった! ついカッとなっちまって……俺ぁ心底、ミリアさんに惚れちまったんだ。恥ずかしいが、こんなのは初めてで……訳のわからんうちに、色々聞いちまって、頭が真っ白になっちまったんだ」

 ヴァスはそう言うと、今度は床に手をついて土下座をする。

「本当にすまなかった! 煮るなり焼くなり、好きにしてくれ!!」

「ちょっとヴァス、それで話が済むと……」

 ティーネは不満そうな顔を浮かべる。けど、ボクは彼女の言葉を制して、ヴァスの前に座り込んだ。

「あのね、ボクはほんと~に、ミリアとは関係がないの。夫婦でも恋人でもないし、男女の関係になったこともない。だから、ヴァスが怒る理由なんてないんだよ」

 ヴァスはキョトンとした顔で、ボクを見る。

「そ、そいつは本当か?」

「うん、本当だよ。誓って、真実です」

「いやいや、お前! そういうことじゃないだろ! ヴァスはあんたに襲い掛かったんだぞ。それもたかが女一人の話で! あんたが何者かは知らないけど、命狙ったヤツをそう簡単に許していいのかい?」

 ティーネの不機嫌は治っていないらしい。まあ、言いたいことはわかるんだけど。

「最初に助けてくれたのはヴァスのほうだったし。見ず知らずのボクらのために、一肌脱いでくれた……それに恩を感じるのは当然でしょ。それで、今回のことは水に流したいんだけど、どうだろう?」

 あと、ここで余計な面倒事を起こしたくないっていうのもある。まあ、そっちはわざわざ言う必要はないから、黙っておこう。

 ヴァスは頭を上げ、こっちを見つめる。その瞳はどこか、ウルウルとした感じだ。

「ほ、本当にいいのか? こんな俺を許してくれるのか?」

「許す……というか、チャラにしようってこと」

「おまえ……お前、いい奴だったんだなぁ。俺ぁてっきり、女を手籠めにしておいて、責任も取らねぇ軽薄ヤロウかと思ってたが……」

「いや、本人を目の前によく言えるね……それ」

 しまった、という顔で口を押えるヴァス。

「すまねぇ、つい口が滑っちまった。だが、お前を見直したのは本当だ。子どもにしちゃあ……いや、男として、立派だと思うぜ」

「そこまで言われると、むしろ恥ずかしいんだけど。まぁ、わかってもらえたなら、何よりだよ」

 とりあえず、これで一見落着になるらしい。助かった。

「あたしは、納得してないけどね。きちんと落とし前、つけてくれるんだろう?」

「ああ、わかってる。ギルド内でのケンカはご法度。仕掛けたほうが罰金だ。今月の稼ぎは没収で構わねぇ」

「そういう規則があるんだ? その割には、彼女以外は止めに入らなかったけど……」

 周りを見れば、他の亜人達はボクらから完全に距離を取っている。中にはテーブルの影に隠れている人までいた。

「そりゃそうさ。ヴァスはこれでも〈カーマイン〉の副団長だからね。まともに闘り合えるのは、あたしと団長くらいなもんさ」

「かーまいん?」

「そう、〈ギルド・カーマイン〉! それがここの、あたしらの看板だよ!」

 チーム名みたいなものか。なんかちょっとカッコいいなぁ。

「お、そうだ! それがいい! そうしよう!」

 ヴァスがポンと手を叩いて、何やら嬉しそうに言う。ティーネは嫌そうに、口をへの字に曲げた。

「あんたの思いつきは、大抵ロクでもないことだから、聞きたくないんだけど」

「まあ、そう言うな。ギルドに入れようと思うわけだよ、コイツを」

 ヴァスはボクの肩をポンポンと叩いた。

 あれ? 今の話って、ひょっとしなくてもボクのことか?

「え? ギルドって……ここのメンバーになるってこと?」

「その通り! 縁あって、こうして出会ったんだし。俺ぁお前が気に入った! お前さえ嫌じゃなけりゃ、ギルドに入団してくれ。どういう目的でリィンバームに来たのかは知らねぇが、何するにしても、ギルドに入っておくのは損にはならねぇぞ。寝床もあるしな!」

「う~ん、確かに。活動拠点って大事だよなぁ。ボクとしては、お世話になりたいところだけど……」

 さっきから、スゴい勢いで、ティーネがボクを睨んでいる。どうやら、ボクがギルドに入るのに反対らしい。

 彼女に目を向けた瞬間、思いきり目が合ってしまった。

「あんた……さっき、あたしのことが見えてたかい? ほら、さっきの……フラフラした女に仕掛けた瞬間の。あんた、わざとあたしにぶつかってきたよね?」

「え、ええっと……まぁ、見えてた、かな?」

「おいおい、マジかよ! ティーネの動きは、俺でも目で追うのがやっとなのに! そいつは……冗談抜きでスゲェぞ!」

 ヴァスが嬉しそうに笑う。ティーネは頭を押さえながら、ため息を吐いた。

「まさか、こんな子どもに見切られるなんて……まあ、そういう才能があるってことかもねぇ。なら、入団も悪くないか。本当なら許さないんだけどね、人間の入団なんて」

 何となくわかってたけど、やっぱりそうか。この酒場に入ってから、亜人以外を見ていないのは、カーマインってギルドが亜人だけの集まりだったからなんだ。

「本当にいいの? ダメだっていうなら、無理に入ろうとは……」

「あんたがあたしを助けてくれたのは事実だからね。恩を感じるのは当然、だろ?」

 こちらにウィンクをしてくるティーネさん。一瞬、ドキッとしてしまった。

「がっはっは! これで決まりだな! よ~っし、そしたら明日は、シュンとミリアさんの入団歓迎会だ!!」 

 ヴァスが笑いながら立ち上がる。

「は? ミリア? あたしが入団を許したのはボウズのほうだけだよ!」

「え?」

 ヴァスの顔が固まり、みるみる青ざめていく。

 揉め事はもうたくさんなんですけど……。

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