第4話

 この騒ぎの元凶、ミリアが廊下から姿を表す。まだ酔いが残ってるのか、呂律が回っていない。

「何って……見ればわかるだろ! ちょっと事情の説明を」

「シュン様が~ピンチ~? あぁ、これは~ワタシが助ける場面れふね~? おまかせくらさ~い」

「いや、そうじゃなくて!!」

「なんだい、あの女……まさか、あの女が原因かい!?」

 ティーネはボクに視線を送る。ボクは急いでコクコクと頷いてみせる。

「ヴァス……あんた、女一人のために、こんな騒ぎ起こしたってのかい!! このバカ狼が!」

「惚れた女のために戦うのは、男の花道だ! おめぇにだって邪魔させやしねぇぞ!」

 そんな言い争いをしているうちに、何やらミリアはこちらに手のひらを向けだした。その手の先から、赤い光がうっすらと見える。それは、ヴァスとティーネに当たった。

「なんだ、この赤いの?」

 どうやら、この光が見えるのはボクだけらしい。ティーネとヴァスは、何の反応も示さない。

「コモンスキル発動~! サンダ~ブラストぉ!!」

「「なにぃーー!?」」

 瞬間、ヴァスとティーネが後ろに飛び跳ねた。

 ヴァリィィヴァリバリィィィーーーーッッ!!

 さっきまで二人が立っていた場所に、横向きの巨大な雷が迸った。そのまま雷は、延長線上の壁に直撃。大穴を開けてしまう。

「なんだ、あの女! あんなもん喰らったら、ケガだけじゃ済まないよ!」

 ティーネはボクに向かって怒鳴ってくる。

「知らないよ! もうボクにも訳がわからないってば!」

「シュン様を~傷つける人は~、ワタシがぜ~んぶ、けし飛ばしちゃいますよぉ!!」

 ミリアは再び手を伸ばして、構える。その先にいるのはティーネだ。

「あたしにケンカを売ろうっていうのかい? いいよ、受けて立とうじゃないか!!」

 そういうと、ティーネはその場から姿を消す。いや、正確には物凄いスピードで飛び跳ね始めた。床から壁へ、そして天井へ。猛スピードで飛び跳ね、姿が見えない――という感じだが、なぜかボクには見える。

 だが、ミリアの目にはまったく映っていないのだろう。困惑したような表情で、きょろきょろと周りを見回している。

「どれだけスゴい法術だろうと、狙いがつけられなきゃ意味ないだろ!」

「おい待て、ティーネ! ミリアさんに手を出すんじゃねぇ!」

 ヴァスが声を上げる。おそらく、彼にはティーネの姿がハッキリとは見えている。目で追いかけながら、必死で、訴えかけている。

「そうはいかないね! あたしは売られたケンカを放っておくほど、腰抜けじゃないのさ!」

 ダメだ、これはもう止まらない。誰も彼も頭に血が上ってる。『熱に浮かされた』ような状況は、言葉一つで止まったりはしないんだ。

「ふわぁ~、どこにいるのか~見えないれすぅ! でも~それならそれでぇ、方法はあるんれすよ~っだ!」

 なんか、ミリアの喋り方が子どもみたいになってる……。

 酔いが醒めてない証拠だ。周りの状況もよくわかってないよ、これ。

「はっ! 負け惜しみ言ってるんじゃないよ!! 安心しな、命までは取らないさ!!」

 ティーネが仕掛ける。ミリアの真上の天井を蹴り、一気に急滑降。その瞬間、ミリアの周りにドーム状の赤い光が浮かぶのが見えた。

 あ、これは多分……ヤバい。

「ダメだ、危ない!!」

 ボクは咄嗟に起き上がり、そのまま思いきりジャンプ!

「うおおおぉぉぉぉおおぉぉ!?」

 予想以上のジャンプ力に驚く。だが、そんなことはどうでもいい。そのままティーネとぶつかりつつ、軌道を無理やり変えて、一緒にミリアを飛び越えた。

「おま……なにを!!」

 ティーネが叫ぶ。その直後……。

 バッッッジィィィィーーン!! ビキィィィ……バリィンッ!

 恐ろしく不快な音。バランスを崩して、床に転がるボクを尻目に、ティーネは華麗に着地。すぐに振り返り、音の元へと目を向ける。

「今のは……えっ?」

 ボクもすぐに起き上がり、ミリアのほうへと目を向ける。特段、何か変わったところはない。だが、ティーネの視線は、ミリアの足元に集中していた。

 そこには、先ほどまでティーネが持っていた短剣があった。粉々に砕かれた状態で。

「おい、おいおい! 嘘だろ! ロムニール合金製のナイフだよ? これまで欠けたことさえなかったのに……一体どうしたら、こんな壊れ方するのさ!」

 ああ、やっぱりか。何となく嫌な予感がしてたんだ。

 ミリアはティーネさんを殺す気だった。いや、明確な殺意があるというより、「死んでもいいや」みたいな感じだ。むしろ、殺そうと思ってないだけタチが悪い。

「シュン様ぁ? どうして助けるんれす~? その人ぉ、シュン様の敵れすよねぇ?」

「逆だよ! ティーネさんがボクを助けてくれたの! 一体、何を見て……あっ」

 ここに来て、ようやく気づいた。ミリアは、メガネをかけていない。

「ちょっとミリア! ボクが今、指を何本立ててるか、わかる?」

 ボクは右手を高く上げて、人差し指だけを立てる。

「指れすかぁ? う~~ん、あれぇ? シュン様ぁ、腕が~七本あるんですかぁっ?」

 ぼやけた視界に酔いまで重なって、ミリアはまともに物が見えていない。その状態で、暴走しているわけだ。

「わかった。とにかく、ミリア。キミはもう寝たほうがいいよ。部屋はあちら、一人で戻れる?」

「は~い、シュン様ぁ。ワタシは~一人でらいじょうぶで~ふ」

 そう言うと、ミリアはフラフラと千鳥足で元いた部屋へと戻っていった。

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