第3話

「「え?」」

 同時にとぼけた声を漏らしたボクとヴァス。

 うおおおおおおぉぉぉおぉぉ!! 何言ってるんだよ、この女!!

「ちょ、ちょっと待ったぁぁ!! ミリア、お前なんてことを……起きてるだろ! お前絶対に起きてるだろ! おーーーい!! ミリアさーーーーん!! 冗談よしてって!!」

 ボクは勢いよくミリアの体を揺さぶった。だが、一向に起きる気配がない。本当に寝言だとしたら、どれだけ絶妙なタイミングなんだよ!

「おい、シュン? 今のは一体……どういうことだ? お前、嘘を吐いて……?」

「いや、違う! 誤解だって!! ミリアとは今日会ったばかりで……」

「ああ? お前、さっきは侍女だって言ったじゃねぇか! 今日会ったばかりで、何で侍女になれるんだよ!」

 しまった! その場を躱すための嘘が仇になった。こんなことなら、本当のことを言えばよかった。ミリアのことなんて気にせず。

「いや、それはちょっと事情があって……本当はボク、彼女から頼まれ事をしてて」

「この期に及んで、まだ誤魔化すつもりかよ! いいぜ、お前がその気なら、性根を叩き直してやる! そんでもって、お前からミリアさんを救い出す!」

「救い出すって何!? う、うわああぁぁぁぁぁ!!」

 ヴァスは自分の爪を使って、ボクをひっかこうとした。反射的に避けるが、次から次へと爪での攻撃を繰り出してくる。とてつもない猛攻だが、なぜか相手の動きはハッキリと見え、ボクはそれを紙一重で躱す。

 これも、ボクに与えられた能力のおかげだろうか?

「ええい、ちょこまか動きやがって!!」

 ヴァスはさらに連撃はさらに速くなる。本気で殺す気じゃないか!

 こんな狭い部屋にいたら、いつか捕まる。咄嗟に、入ってきた扉に飛び込み、そのまま廊下へと転がり出た。

「てめぇ、逃げる気か! 許さねぇぞ、そんなもん!!」

「お願いだから話を聞いてって! ねぇ、ちょっと……ああ、もう!!」

 ヴァスはこっちの言葉に耳を傾けず、部屋の外にいるボクに再び襲い掛かってくる。すぐさま立ち上がり、廊下を走って回避。酒場のほうへとダッシュする。

「お! ちょうどいいところに来たな。今、お前のことを話してたんだよ。めずらしい服装だったんで、どこの出身だろうって……おい、どうした慌てて?」

 ハト頭――たしかクワントルって言ったか――が、声をかけてくる。だが、それどころじゃない。すぐに出口へと足を向ける。

 だが、次の瞬間にはボクの上を飛び越える影が見えた。

「逃がさねぇって言ってるだろうが。男だったら、堂々と戦いやがれ!」

 ボクの正面に立ち、大声で叫ぶヴァス。酒場にいた亜人達も、何事かと驚いて、注目し始める。

 ボクは何も言わないまま、ゆっくりと後ろに一歩退いた。だが、その隙をヴァスは見逃さない。

 両腕をクロスさせるように振りかぶる。間一髪、ボクは体をのけぞらせ、その一撃を避けた。

 が、次の瞬間、ヴァスは腕を振った勢いそのままに、くるんと一回転。両足をボクの肩に乗せるようにして、そのまま床に押さえつけた。

「かはっ!」

 痛みは少ないものの、衝撃で息が詰まる。一瞬、頭がクラクラして、視界が真っ白になった。だが、すぐに目の前の景色が戻ってくる。

 そこには、両腕を振り落とそうと構えているヴァスの姿があった。

「悪いが、ミリアさんは俺がもらうぜ。お前みたいな腑抜けにゃ、もったいないねぇ」

「……どうぞ、ご自由に」

 ああ、まったくもって災難だ。余計なことを言うんじゃなかった。そうすれば、こんな面倒な状況にならずに済んだんだから。

 ヴァスは構えた腕を、ボクに目がけて振り下ろした。

 願わくば、『彼』がケガなどしませんように。

 ガッキィィィイイイインッ!!

 金属同士がぶつかるような、甲高い音が響く。

「ヴァス……あんた何やってんだよ!! こんな子ども相手に……みっともない!!」

「ティーネ!? うるせぇ、こいつは男のケジメ……邪魔するんじゃねぇ!」

「くだらないこと言ってんじゃないよ!! 副団長だからって、ここで好き勝手させないからね!」

 ティーネと呼ばれた女性――顔は猫のような形をしている――は、ボクに向けて振りかぶられたヴァスの爪を、二本の短剣で受け止めている。明らかに、体格はヴァスよりも小さいが、負けることなく爪を制していた。

「ちょっと、あんた……ぼうっとしてないで、そこから逃げな! 死にたいのかい!」

 ティーネの言葉にハッとして、ボクはすぐに起き上がろうとする。だが、ヴァスの脚は、ボクの体をしっかりと固定していて、身動きが取れない。

「くっそ! ダメだ、全然動かない……」

 いっそ、一発殴ってしまおうか……とも思ったが、ここでヴァスにケガをさせるのはマズい。ここは彼の住処で、周りは彼の仲間ばかり。余計ややこしい状況が生まれるかもしれない。まして、今のボクは『力加減』がわからない状況だ。

「ヴァス!! あんたは暑苦しい奴だけど、こんなバカをするヤツじゃないだろ!」

「男にはな、てめぇの生き様を変えなきゃいけない瞬間があるんだよ!」

「女の子一人に、熱くなってる人のセリフとは……とても思えないけどね!」

「なんだと、テメェェェ!!」

 ボクの一言に、顔を真っ赤にするヴァス。その時だ。

「すみまひぇ~ん。ここはどこで……あれ~? シュン様? 何をしてるんれすかぁ?」

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