第2話

 集まってきた亜人の一人が、ボクに気づいて頭をバシバシ叩いた。大して痛くはないが、何だか腹が立つ。

「バカやろう! 俺は人買いの真似事なんざ死んでもしねぇよ! 冗談でもそんなこと言うんじゃねぇ。こいつらは途中、ダービルの酒場で拾ったのさ。どうやらこの街は初めてらしくてな。よそ者に絡まれてるのを助けてやったんだよ」

「ダービルの……そいつは災難だったなぁ、ボウズ。あそこは街でも有名な『ガラの悪い店』なのさ。女や子どもが入る場所じゃねぇや」

「なるほど、道理で嫌に顔の悪い連中ばっかだと思ったよ。まぁ、一番はこの人だったけど」

 ボクはそう言いつつ、ヴァスのことを指差す。すると、一瞬シーンとなったが、すぐに爆笑が起こる。

「あーっはっは!! そりゃちげぇねぇや!! ボウズ、おめぇ面白れぇな!!」

 ボクは再び頭をバシバシと叩かれる。このハトみたいな顔の人、そんなに人の頭を叩くのが好きなのだろうか。

「おい、クワントル! てめぇ、そんな風に思ってやがったのか! あとでとっちめてやるから覚悟しとけよ!」

「いやぁ悪い旦那。けど、いい度胸してますね、このボウズ。旦那の顔見て、ここまで言える人間はなかなかいませんぜ?」

「てめぇ、また顔のこと……まぁ、たしかにな。ミリアさんが絡まれそうになったのを、止めようとしてたし。胆は据わってやがるよ。俺はそういうヤツは嫌いじゃねぇ」

「いや、ボクは……そういうんじゃないよ。度胸とか……そういうのはないから」

「謙遜するんじゃねぇよ!」

 今度はヴァスがボクの背中をドスドスと叩き始めた。勝手に勘違いして褒められても嬉しくないんだけど。

「クワントル! 今、客室は空いてるか? ミリアさんをベッドに寝かせたいんだが」

「それなら、左奥の部屋を使ってください。あそこなら、ここの騒がしいのも届かないはずです」

「おう、すまねぇな。おい、シュン。お前もついてきな」

 ヴァスに促されるまま、酒場の奥へと進んでいく。そこにはいくつかの個室があり、場ヴァスはその奥側の部屋へと入っていく。

 ベッドが置かれた質素な部屋。それ以外には小さ机とイスが置かれているだけだ。日本で言うなら、ビジネスホテルみたいな感じだろうか。

 ヴァスは、背負っていたミリアをベッドの上に寝かせてから、その上に掛け布団を載せる。布団にくるまって気持ちよさそうに眠るミリア。

 うーん、こう見ると、やっぱり美人だな。まあ、それがトラブルを呼び込んでいる気もするけど。

「ああ、こうしてみるとますます惚れちまうぜ」

 うわっ、似たようなこと考えてた。初対面の女性に結婚を申し込む人と同じ発想って……ちょっと自己嫌悪を起こしそう。

「さて……シュン。もう一度確認するが、お前とミリアさんは、何にも特別な関係はないんだな?」

「これで九度目……」

「いいから、ちゃんと答えろ。俺にとっちゃあ、大事な話なんだよ」

「だから、ボクとミリアは男女の関係じゃない」

「なら、俺が結婚を申し込むのも問題ないわけだな」

「ああ、好きにするといいよ。もちろん、ミリアがそれを受けるかどうかは知らないけどね」

「そこは心配いらねぇよ! 俺はこれでも一途だからな。振り向かせるまで粘り強く取り組むまでよ!」

 はいはい、どうぞご勝手に。

「むにゅむにゅ……シュン、さまぁ。待ってくださ~い……スースー」

 え、急に何を……って寝言か。何だろう、ボクが逃げ出した時の夢でも見てるのかな?

「あん? シュン〈様〉? おい今、ミリアさん……シュン様って言ったよな?」

 そこに引っかかるのか。まあ、普通は他人に『様』をつけて呼んだりはしない。うーむ、どうやって説明しよう? 「世界征服を頼まれていまして」と、本当のことを言ってもいいけど……信じてもらえるかどうか。仮に信じてもらったとして、すると今度はミリアの扱いがどうなるだろう。

 異世界から人間を召喚して、世界征服をしてもらおうとしているヤツなんて……とてもまともに扱ってもらえるとは思えない。ここは無難にやり過ごすのが一番だ。

「えーっと、ミリアはその……ボクの、メイドさん? みたいなもので。こう、身の回りの世話というか、生活の支援というか? そういうお仕事をしている感じ、かな」

「つまり、侍女ってことか? お前、そんなにいいところの坊ちゃんなのかよ。だが、侍女か……まさか、お前のお手付きってわけじゃ……」

「いやいや、まさかまさか! ボクは……女性との経験なんて、ない……ないですよ、はい」

「あ~……そうか。そいつは悪いことを聞いちまったな。そうだ、今度いい店を紹介してやるよ! リィンバームはそういう店も揃ってるからな! 可愛い娘がいる店を」

「いいえ、結構です!」

 はぁ……何が悲しくて、今日初めて会った相手に童貞宣言しなくちゃいけないのか。だんだん頭が痛くなってきた。

「ふにゅ……なら~、ワタシの~、ぜ~んぶ……シュンさまにぃ……捧げますよぉ……むにゅぅ」

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